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揺らぐ太陽の韻律  作者: みえさん。
第二章 月迦鳥奇譚
26/109

12

 孵化がはじまった。

 ぴしり、と何かに亀裂が入るような音と供に目の前にある月迦鳥の繭にひびが入る。同時に出来た隙間から誘惑をするような甘い匂いの混じった光が吹き出すように空に向かう。

 それはまるで粉雪のようにキラキラと輝きながらゆっくりと地上に降り注いだ。

 今まで岩肌のようだった繭はまるで磨かれた月長石のような不思議な輝きを帯びている。入った亀裂さえも美しく煌めいて見えた。

 ゆっくりと。

 まるで踊りを楽しむかのように繭の中から鉛白の翼が広がり出てきた。

 二枚の明るい翼は人の倍はありそうな程の壮大さがあった。

 ゆっくりと、人の形をしたものが繭の中から顔を上げた。

「親よ」

 ライラの声に頷き、彼は呆然とした様子で月迦鳥を見ていた。

 彼女が親と呼んだ月迦鳥は人の概念で呼べば天使か妖精のように見えるだろう。翼を除いた大きさは人とそれほど変わらないか少し小さいくらいだろう。二枚の白い翼を持ち、顔と身体の形は人。髪や纏う衣服の代わりに羽毛のような柔らかな毛で覆われている。

 月迦鳥はゆっくりと目を開いた。その目はオパールのような虹色。顔にも表情が無いために神々しくさえ見えた。その無感情な瞳が、観察をするように間近にいたリオリードを見つめた。

 だが、それも一瞬だった。

 月迦鳥はゆっくりと丸まるように壊れかけた繭の中に蹲った。

「歌わないな」

 孵化する時に親が歌を奏でるように鳴くために迦鳥と呼ばれると聞いた。

 人では聞こえない声で鳴いているのだろうか。

「……準備をして、イディー」

 似つかわしくない険しい声を聞いてイディーは隣に立つライラの方を向く。

 彼女の手にはいつの間にか黒い鞘に収まった剣が握られている。

 その目は既に月迦鳥ではなく他の方に向けられていた。

 彼女の視線の先を追う。

「来るわよ」

 そこには無数の魔物の姿があった。

 引き寄せられるようにこちらに向かっている。この周囲にいた全ての種、いや、この辺りに生息していないはずの魔物の姿さえ見えた。

 その魔物たちが一斉に牙を剥いた。

 イディーは剣を構える。

 殺気に気が付いたように繭に向かっていた一匹が方向を変えイディーに向かって来る。それに続けとばかりに十数匹はいそうな大群が一気に躍りかかって来た。

「っ!」

 先に襲いかかった数匹は初めの一刃で切り捨てた。不思議なほど手応えが軽かった。

 返す一撃でまた複数もねじ伏せるが、さすがに囲まれた状況で後方から迫る一群までに手が回らない。多少の傷はやむを得ないだろう。

 眼前に迫る魔物たちを切り伏せながら衝撃も覚悟した時だった。

 良く通る女の声が高々と響いた。

「“焼き払え”!」

 瞬間膨れあがった魔法が彼女の持つ剣から放たれる。

 刀身は炎の色のように赤く輝き文字通り周囲を囲んでいた魔物たちを焼き払った。短い悲鳴を上げ焼け焦げた魔物たちの身体がバラバラと地面に落ちる。

 形こそ剣だったものの、ライラの剣は魔法使いが使う杖のような魔法の媒体となるものなのだろう。それを使って、彼女は次々と魔法を放っていった。

 男もまた同様に魔物を倒していくが、少女の倒す速さには追いつかない。

 普通、魔法というものは呪文を詠唱して組み上げ、発動呪文を唱えることで効力を発揮する。彼女の場合発動呪文に相当する言葉こそ発していたが、詠唱呪文は殆ど唱えていなかった。威力こそ弱いものの、広範囲に作用する性質をもった魔法がこれほど詠唱呪文が短いはずがない。

 彼女の異様な魔法慣れを感心する。

 魔法を放ってから次の魔法まで、多少の時間はかかったが、それも普通の魔法使いたちの詠唱呪時間の半分以下なのだ。無駄がないぶん彼女の攻撃は早く、そして的確だった。

 本来なら、彼女がイディーの支援をするはずなのだが、今は真逆だった。彼女が魔法を放つまでに必要な時間をイディーが稼ぐ、そんな感覚だった。

 だが、それでも自然と笑みがこぼれる。

 戦いやすい。

 目の前の敵を斬り戦ううちに頭上や後方の敵たちが一掃される。タイミングも狙いも的確だった。まるで、今までこうして何度も戦ってきたかのような感覚。

 それに、少し分かってきた。

 イディーはちらりと足下を見る。

 転がっているはずの魔物たちの死骸がない。そして、切り捨てている感覚はあるのにもかかわらず、何かそこにはないものを斬ったかのような感覚。

「まるで幻と戦っているようだ」

 強い魔力を持った月迦鳥を狙う魔物、がこんな雑魚ばかりであるはずがないその意味を含めて言うと、呪文を放ったライラが笑う。

「ご明察。でも、本物もいるから気を付けて」

 全てが繋がる。

 月迦鳥を狙った何かは幻術を使い邪魔者を足止めし自らが雛を狙う算段だ。繭のすぐ側に陣取ったリオリードは初めから雛を殺さないつもりだったと言った。つまりあの場所にいるのは幻術を使っている魔物本体が近付いて来た時に倒し雛を護るため。

 ライラに近付くなと言ったのは危険と判断したからではないだろうか。彼女を危険から遠ざけるつもりならば、魔術干渉を彼女だけにした理由も、男が切り倒した木々が彼女の背丈ほどであったのも説明が付く。世の中には女性の旅人や剣士なども多いが、女が戦場に出て命を落とすのを良しとしない男は意外と多い。

 ただ解せないのは自分にも近付くなと言ったことだ。

 真意が分からない以上は近付かないのが得策ではあるが、

「伏せて!」

 ライラが叫ぶと同時に持っていた剣を仲間のいる方に向かって投げつける。それは戦っている仲間たちの中心に落ち地面に突き刺さる。

 反射的にイディーは身をかがめた。

 その側に座り込んだライラが空に向かって手をかざす。

 刹那、投げた剣とライラの周辺を囲むようにドーム状の魔法の盾が現れる。

「“踊れ 紺青の槍”!」

 叫ぶようなキカの声と供に上空に巨大な魔槍が現れる。

 海より深い青色の鋭い魔法の槍。

 それは回転をしながら強い魔力を周囲にまき散らす。降り注ぐ激しい光は逃げる間も与えず上空にいた魔物たち、地上を徘徊していた魔物たちを一掃する。その魔槍一本でおそらく半数以上の魔物が消え去っただろう。

 ライラが魔法の盾を使わなければ被害は仲間たちにまで及んだだろう。

 それを咎める気分にはなれなかった。

 イディーの目はその魔槍の力を浴びても尚も消えること無かった数匹を捕らえていた。他の魔物たちとそれほど変わらず、むしろ頼りなくさえ見えるそれらは、確かにキカの攻撃を受けたように見えた。しかし息絶える事無く撃ち漏らされて生き残ったという素振りで高らかに鳴いた。

 魔槍の攻撃が止み、ライラの盾が消えると同時にイディーはその中の一匹翼の生えた犬のような形をした魔物に向かって走る。

 斬りつけた瞬間、多々良を踏むようにそれが飛びすさった。

「やはり、お前か」

 素早い動き。

 だが追えぬ速さではなかった。

 二撃目を繰り出す。首元を狙ったが、逃げるためか攻撃するためか。空に向かって羽ばたいたために前足を切り捨てた。

 誰かの……おそらくライラの放った魔法がイディーを取り囲むように新に生み出され始めていた幻術の魔物たちを一掃する。

 足を切りつけられた魔物がうめきを上げながらも獰猛な牙を向けて来た。

 躊躇無くイディーの剣が喉元を付く。

「悪いが一対一では負けを知らない」

 言葉を向けられた魔物は、人の言葉を理解するほど頭が良かったのだろう。だが、既に理解することは無かった。

 剣自身ではなくその剣が纏った強い光の気配が魔物の喉元を貫いていた。

 月迦鳥を狙った一匹の魔物が潰えた瞬間だった。



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