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揺らぐ太陽の韻律  作者: みえさん。
第二章 月迦鳥奇譚
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11

「気に入りませんね」

 キカは吐き捨てるように言った。

 諫められ、斬り合いを思い留まったもののキカは隠すことなく言ってのけた。実際イディーの心境としても似たようなものだろう。

 彼の放った攻撃で死者こそ出なかったが、半数以上が使い物にならなくなった。もっとも、ライラに言わせればその程度の覚悟で来ていたのなら魔物の大群を見れば使い物にならなかったと推測できるために案外と早い内に人数を減らせて良かったと思っている。

「全部終わった後で後ろから斬られたらどうするつもりです?」

「さすがにそれはないと思うけど……」

 ふん、とキカは鼻を鳴らす。

「魔条痕を持つ奴など信用できませんね」

「魔条痕? あの傷跡か?」

「一番大きな傷じゃなくて、頬の方だけれどね」

 ライラはちらりとリオリードを見やって小声で言う。

 彼はこちらには攻撃しないことを約束した後、馴れ合うつもりはないとでも言うように一団から少し離れた場所で大きな岩をみつめていた。背を向けているがそのどこにも隙がなく、こちらが妙な動きを見せればすぐに応戦出来るというような緊迫した空気を消そうともしていない。

 リオリードの頬には三本の傷があった。

 最初に見えた一番目立つ鼻の上を横切るような傷跡の他に左目の下に縦に傷、左頬に斜めに切られたような傷があった。

 問題は頬の斜めの傷だった。

 他の傷は普通に武具で斬られたような跡だったが、頬だけは魔条痕と呼ばれる傷だった。

 魔法で付けられた傷。その中でも魔条痕と呼ばれるものは呪いに近い。本来相手を苦しめたり害をもたらすために使われる呪術だ。

 治癒の魔法の力を使えばよほど古い傷でない限りは目立たないほどにまで治すことも出来る。ただ魔条痕だけは消すことが出来ない。その傷を付けた術者が呪いを解かない限りは消えない。そして、解く前に術者が死ねば悪害こそ消えるものの傷は一生身体に残る。

 魔条痕を付ける呪術は複数あるが、殆どが禁止魔法に分類をされる。

 それを頬に持つ男。

 簡単に信用しろと言っても難しい話だろう。

 少なくとも誰かに呪いを付けられるほどの理由があるのだ。

「区別がつかんな。普通の傷と変わらないように見える」

「そうね。魔法使いでもちゃんと見ないと区別は難しいわ。でも、あの人隠そうともしないから」

「うん?」

「普通はあれだけ目立つ場合気配で覆うんですよ。分からないようにね」

「一種の目眩ましの術ね。それを使わずあんなに堂々としている人も初めてみたわ。……ところで、さっきの発言は自分を信用するな、とでも言っているの、キカ?」

 ライラが視線を向けるとキカは火傷の頬に触れて笑った。

 目は完全に笑っていない。

「ああ、分かっていたんですか」

「何だ、お前のそれも魔条痕なのか」

「正確には魔条痕の周辺の皮膚を焼いたという感じなのだけど」

 魔条痕は皮膚を焼いただけでは隠せない。

 それでも人がじっくり観察しないために目眩ましにはなる。

「昔俺を飼っていた変態が付けたやつですよ。うっかりぶち殺しちゃいましてね、傷を見えるのも嫌だから自分で焼いただけの話です」

 口調はさらりとしていたが、内容は酷いものだ。

 二人が何かを言い出すより早くキカが言う。

「そのせいで俺の頭はいかれてますからね、信用しない方が良いですよ」

 形容しがたい表情で言い切ったキカは持ち場に着くと言い残してその場を立ち去る。

 イディーは肩を竦める。

「無神経が過ぎたか」

 確かにキカは苛立っているように見えた。だが、それはこちらの無神経に対する怒りには思えない。そもそも、話を持ち出したのはキカであるし、嫌なものは嫌とはっきり口にするような男だ。呆れたのだとしても、嫌味の一つ吐き捨てていってもおかしくない。

 嫌味のように言い捨てたセリフはどちらかというと自嘲的なものだ。

 存外に彼は悪い人ではないのかもしれない。

「ところで、君たちの言っていたのは本当にあれのことか? 俺には巨大岩にしか見えないが」

 イディーはリオリードが見つめる先にある巨大な岩を指し示す。

 形こそ随分と整っていたが、それは確かに彼の言うように岩にしか見えない。焦げ茶のゴツゴツした岩肌でぴくりとも動かない。とてもそれは生き物のようには見えなかった。

 だが、確かにそれがここに住み着いた魔物。いや、聖獣と言うべきか。

「あれが、月迦鳥よ、間違いないわ」

 正確には孵化する準備が整ったために、親が作り出した繭のようなもの。出来れば繭を作る所を実際に見たかったのだが、ここまできてしまえば今更だろう。

「全員で俺を担いでいるのではないか?」

 くすり、とライラは笑う。

「何のために?」

 まるで彼は自分が誰かに騙され奸計にかかる可能性を考えているようだ。自分で傭兵を名乗っておいて良く言う。

 そもそも、彼が傭兵というのは些か信じがたい。

 不慣れな様子は無かったが、立ち居振る舞いが人と少し違った。

 おそらくこの国の騎士か貴族か。そんな類だろう。

 城の方で傭兵を集めているという話を聞いたから、おそらく彼は使い物になるような人材があるかどうかを確かめるためにこうして訓練まがいの事をしているのだ。知っているのか知らないかは別として、キカも審査員まがいの事をさせられているのだろう。

 ライラはそう判断していた。

 それはイディーが誰かと言うこと除いてはおおよそのところ正解だった。当たらずとも遠からずの判断をされているとも知らず彼は頭を掻いた。

「君は俺と違って随分と知識があるようだね」

「知識だけはね」

 ライラは苦く笑う。

「それにしても、分からないのはあの人」

「うん? リオリードとか言う奴のことか?」

「そう。今は月迦鳥が繭を作っているから近付いても平気だけど、その前に近付いたなら攻撃されてもおかしくないのよ。ほら、コウアトルが襲ったと言う話あったでしょう? あれは結局月迦鳥が卵を護るために幻術使って攻撃したわけだから」

「あの男がいたことがおかしいと?」

「夜の力を注ぐにはある程度近付く必要があるからね」

 言うと分からないと言う風に彼は首を傾げる。

「君も同じ事をしようとしていたのだろう?」

「夕暮れ位に一時的に安全に近づける瞬間があるの。それを待って入るつもりだったのだけど、あの人どうやって近付いたのかしら」

 戦闘が起こった様子もない。

 そのうえ夜の力を使いながらこちらに魔術干渉までしてきた。てっきり複数人いると思ったが、いたのはリオリード一人。彼の気配は他の人間と大差なく、並はずれて魔力が高いわけではない。だが、夜の力を使った一瞬は確かに爆発的な魔力を感じたのだ。

 少なくともそれだけの訓練を積んでいる人なのだ。

「あ、しまった……」

 ライラははたとして呟く。

 怪訝そうにイディーが問う。

「どうした?」

「あの人に文句を言うの忘れていたわ」

「魔術干渉のことか? この状況で随分余裕があるね」

 イディーがちらりと笑う。

 彼女は肩を竦めた。

「こういう事はちゃんと意思表示しておいた方がいいのよ、まぁ今更だけれど。……ああ、始まるわ」

 ライラは雨の降り始めを確認するかのように手の平を空に向けてかざした。ゆっくりとその手の平に光が降りる。

 甘い蜜のように濃厚な魔法の匂いがした。


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