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揺らぐ太陽の韻律  作者: みえさん。
第二章 月迦鳥奇譚
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 鬱蒼とした森の中を二つの影が走る。

 背に大きな剣を背負った大柄な男と、小柄な少女だった。

「孵化するって、どういう事だ?」

「分からない。だけど、この気配は確かに‘夜’の……っ」

「ライラ!」

 彼女はまるで何かで頭部を叩かれたかのように、額を抑えてよろめいた。バランスを崩し倒れかけた彼女を男が支える。

「おい、どうした大丈夫か!?」

「だめだ、動かすな!」

 鋭く言ったのはキカだった。

 キカの後ろには一団の姿があった。それに先に行くように指示を出すとキカは二人の近くに膝を付く。

「キカ」

「魔術干渉ですよ。どこの誰か知りませんが、あれを孵化させようとした輩がいるようですね。魔法使いに来られると面倒なことでもあるんでしょう、彼女の脳に直接魔力を叩き付けて脳震盪を……ああ、気を失った訳ではないんですね」

「当然よ」

 イディーに支えられた状態でライラはキカを引きつった表情で見る。睨むつもりはなかったが、酷い頭痛のせいで気が立っていた。

 一瞬大きな力が脳に直接入ってきたのが分かった。

 咄嗟に抵抗したから良かったものの、でなければ今頃気を失っていただろう。

 魔力で人の魔法や脳に干渉することを魔術干渉と呼ぶ。人によって感覚の差はあるだろうが、ノックも無しにいきなり寝室に入ってくるくらい失礼な事だと思う。干渉した方にされた方にも負担が掛かるために普通はやらないし、やりたいとも思わない。

 魔法使い同士の戦い、特に命のやりとりをするような局面では時折起こるために、油断をしないのだが、今の一瞬は完全に卵の方に気を取られていたために油断をした。

 ライラは軽く頭を振る

「誰だか知らないけど、頭にくるわ」

「まったくです。近くにいたってのに、俺の方は完全に無視ですからね」

「そこかよ。……それよりも、何があったんだ?」

 戸惑うイディーをキカはバカにしたように見下ろす。

「旦那は本当に魔法能力が皆無ですね」

「何だと!」

「……大きな声を出さないで」

 ライラは頭を抑えて抗議する。

 強い魔法や魔力に酔った時に起こる魔法酔いと似た症状だ。魔法酔いに関しては、お酒で悪酔いするのと同じような現象で吐き気や寒気をもよおす場合もあるが、今は頭痛だけの軽い症状だ。

 それでも大声を出されると頭に響く。

 ライラは頭痛で思考能力が低下した頭を軽く振りながらキカに状況を確かめる。

「魔法の心得のある人は気が付いたみたいね?」

「初めはあなたかとも思いましたがこの様子だと違うようですね。旦那の為に説明しておきますが、今‘夜’の力が働きました」

「夜の力?」

「‘聖なる闇の力’よ。闇と呼ぶには少し語弊があるけれど、他に呼びようがないからそう呼ばれているわね。夜の力というのは夜にその力が増すから付けられた通称よ」

「魔法を使う生物の大多数が夜に出産や孵化をするのはその力が必要不可欠だからと言われてますね。魔法使い達は夜に力が少し変質する。極端に変わるものでもないですが、夜の力の影響と言われていますね」

「それぐらいは俺も知っている」

 少しむっとしたようにイディーは言う。

 キカは鼻先で笑った。

「それは失礼。夜と言っても昼に無いわけではありませんが、エテルナードの昼は圧倒的に少ない。国土が光に傾いていますからね……動けますか?」

 問われてライラは頷く。

 助け起こされる形になりながら立ち上がり、鋭い視線を森の奥へ向けた。早く一団に追いついた方が良い。傭兵として腕の立つ者ばかりだろうが、見たところ強い魔法を使えるのはキカだけのようだった。相手がもしこちらに敵意があった場合、魔法使い相手にどれほど立ち回れるのか分からない。

「君たちが今夜と言ったのは、まさか人為的に孵化させるためなのか?」

「まぁ、そういうことよ」

 ライラは苦笑し頷く。

 本来は禁止されていることのなのだが、狩るか狩られるかの状況では言ってもいられないだろう。

 それにキカはともかくとしてライラが「魔術師協会」の規則を守る義理はない。

「へぇ、魔法知識はないのに頭の回転は速いですね」

 キカは揶揄するように笑う。

「嫌味か」

「褒めているんですよ」

「褒めても貶してもどっちでも良いから、早く行きましょう」

「歩みを止めたのはあなたが先ですが」

 もっともな言い分だが、キカに嫌味を言われる程のことでもない。ライラは彼を睨み付け走り始める。

「文句があるなら、この先にいる誰かさんに言って頂戴」

「まぁ、そのつもりですが」

「……何だか少し緊張感が足りない会話だな」

 突っ込みを無視しライラは森の奥へ急ぐ。

 人為的に力を注ぎ、孵化を早める。エテルナードの大気に‘夜’の力が少ないために、安全に使うためには夜を待つ必要があったのだ。

 それにそもそもあれは夜行性の生き物だ。

 孵化した後もその方が安全だろう。

 それを承知で力を注いだのなら厄介な相手だろうと思う。例えるなら水の中で火の魔法を使うようなものだ。不可能ではないが、弱い力であればすぐに打ち消されてしまう。それだけの魔力を備えているのだ。

 それは自分に干渉してきた一瞬でも推測できる。

 どういうつもりかは知らない。ただ、こちらに好意的には思えなかった。

「伏せろ!」

 突然キカが叫ぶ。

 声を聞くより早くライラはその場に屈み込んだ。一瞬遅れて庇うようにイディーの身体が覆い被さる。

 風を切るような鋭い音がして、頭上を何かが通過した。

 鋭く尖った青白い光。それは魔法で作られた刃。

 彼女たちの周りにある木々に向かって扇状に広がった。

 ずしん、と重いものが落ちる音がして、十数本の木が倒れ鬱蒼としていた森の見通しが良くなった。

 高くそびえていた巨木は簡単に切断され、ライラの身長と変わらない位の高さになっている。

 切り口は、恐ろしいほど鮮やかだった。

「反応は悪くないな」

 低い男の声。

 熟成された葡萄酒を連想させる赤紫色の髪。瞳は金。頬には鼻先を横切るように一直線に走る大きな傷跡が見えた。腰よりもやや下側にやや短めの剣が吊られている。

 魔法使いと言うよりは剣士のように見えた。

 ちらりと見た先には、ライラ達より前に到着した一団が倒れている。何人かはまだ動ける様子だったが、数人は気を失い、数人は蒼白になり戦意喪失しているように見えた。

 男は眼前に上げた手を下ろさずにライラ達の方を向いていた。

 指先から感じる気配で男が先刻の魔法を使ったことが分かる。

 ライラはイディーに庇われたままの体勢で男をじっと見上げた。

 男の金の瞳がそれを見返す。

 暖かみのあるはずの色なのに、人間を感じない冷たく凍えるような瞳。

「警告する。死にたくなければここから先に近付くな」

 低い声もまた、感情を殺したような冷たいものだった。


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