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揺らぐ太陽の韻律  作者: みえさん。
第二章 月迦鳥奇譚
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「この辺りかしら」

 地面を探りながらライラは小さく漏らした。

 近くにあった木切れで土を叩くように掘るとそれほどの苦労もなく小さな穴が空く。

 腰に下げた袋の中から小指ほどの大きさの四角両錐状の蒼い晶石を出すと、太陽に透かし愛おしそうに眺めてから土の中に落とした。

 中に収まったのを確認してから上から丁寧に土をかける。

 そこを中心にして十字状になるように四箇所、彼女は同じ作業を繰り返した。

 石は魔石と呼ばれる種類のものだ。

 ものによって含まれる魔力の種類と量が違うために色や形は様々である。

 こんな事で使うのは惜しいけれど、背に腹は替えられないとライラは思った。

 ライラが今土の中に入れたものはそう珍しいものでもないが、けして安いものではない。無論、彼女は値段を気に掛けたわけではなく、長い歳月を掛けて結晶化した石を一晩で消費してしまうのが惜しいと感じただけだった。

 例え強い魔力が無くても石は様々なものが結晶化したもの。炎が溶かし、時が育み、水が形成した様々な石たち。

 使うのは一瞬。

 それを申し訳なくも感じながら、犠牲にすることによって得られるものにたいして強い魅力を感じる。

「少し少ないけれど、これで大丈夫よね」

「何が大丈夫なんだ?」

「!」

 呼びかけられ、ライラはぎくりとする。

 イディーだった。

 少しほっとする。魔法に詳しくない彼なら、何とか誤魔化せる。

「下準備よ。保険をかけた、と言うべきかしら」

「保険?」

「万が一は考えたくないけど、撃ち漏らしたり呪文が間に合わなかった場合に作動するトラップみたいなものよ。発動条件は言えないけれど」

「へぇ、頼もしいね」

 イディーはにこにこと笑ってみせる。

 まるでその力を信頼しているとでも言いたげに。

 ライラは顔をしかめる。

 キカのようにあからさまならばまだ良い方だ。彼のように一見して友好的に見えるのにその実誰も信用していないというのは少し面倒だ。

 兄のような人が側にいなければライラも彼の笑顔や態度に騙されていたクチだろう。

 彼女の年の離れた三番目の兄は、一見温厚そうで優しい人に見えるが、その性格は激しく、人としてあらぬ方向に湾曲しているのをライラは知っている。他の兄弟達すらあまり気が付いていない様子だが、兄ほど性格の破綻した人間を今まで見たことがない。

 今は行方知れずになってしまった兄。故郷では彼を死んだと噂する者さえいるが、ライラは生きていることを知っている。旅をする目的の一つが、その兄を捜すこと。本来一番の目的だったはずなのだが、今は後回しになってしまっているのが現状だ。

 その兄の存在が無ければ、ライラはイディーを言動通りの軽い人間として疑わなかっただろう。それだけ彼は完璧に演じている。

 ナンパで軽薄そうで、戦いに於いては才能と人を集める魅力があるという男の像。

 関わらなければいいことだろう。

 だが、どうにも気になるのだ。

 イディー・ヴォルムと名乗ったこの男の正体が。

「どうも引っかかるのよね、あなたの笑顔」

「君の笑顔ほど蠱惑的では無いはずだよ? それとも俺に惚れてくれた?」

「……」

 ライラは無言で男を睨む。

 彼は唇をへの字に曲げた。

「う……心に突き刺さる冷たい目。でもそれも……」

「いいとか言い出すようなら、貴方のことを真性の変質者だと判断するけどいいかしら?」

「ぐ……」

 先に切り替えされ、イディーは言葉を詰まらせる。

 どうやらそう言うつもりだったらしい。

 ライラは息を吐く。

「冗談はそのくらいにしておきましょう。……キカはどうしたの?」

「他の連中に説明をさせている。君たちの言うように、何がいるとは説明していないが……本当にそれで良いのか?」

「ええ、その方が無難ね。今のうちに狩ろうという話になったら嫌だからね」

「判断するのは俺だ。問題はない」

「でも、人数が多くなるほど秩序は乱れやすくなるわ。軍でさえもが上に立つのが頼りなく見えればすぐに統率が崩れる。例え戦力が落ちても、信頼出来る少人数の方がよほどいいわ」

「へぇ? まるで、経験があるというような言い方だな」

「まぁね」

 濁すように笑う。

 隠すつもりがあるわけではなく、単純に説明が面倒だったというのに過ぎない。だがイディーの表情から訝ったような色を見て、ライラは息を吐く。

 また、何か誤解をされていそうだ。

「言っておくけど、私は軍属経験はないわよ」

「君が女という理由で統率を崩してしまったという話に聞こえたが?」

「小兄……二番目の兄の話よ。才能があるけど気弱でね、いつもそれで失敗していたわ」

「……悪い」

 イディーはすまなそうに言う。

 一瞬何を謝られたのかが分からなかった。

 だが、何を勘違いをしたのか思い至る。過去形で話をしたために、兄が戦場で命を落としたと思われたのだ。それは勘違いであるし、そもそもこちらから話を振ったのだから、別に謝る必要はない。

 変なところで気を遣う人だ。

「ああ、違うわよ。今は少し軍から退いているだけの話」

「そういうことか。しかし君の兄というのだから、美形だろうね。男には別に興味もないが」

「兄の顔の話なんてどうでもいい事よ。だけど、そうね、あまり似ていると言われた事はないわね」

「へぇ、じゃあ君の美しさは奇跡と言うことだね」

「私の顔なんてもっとどうでもいい話よ」

 造形の善し悪しでは良いという自覚はある。ただ、それに魅力を感じるか否かは別問題だ。どんなに造形が美しくても、周りがどんなに持て囃しても、持つ本人が価値を見いだせないのならば、あまり意味の無いことだと思う。

 まして、兄と自分の顔の話などもっとどうでもいいことだった。

 ライラは話を切り替える。

「それよりも少し仮眠をとった方がいいわよ」

 夜通し戦うことになるのだ。

 おそらく他の人はキカが順番で休むように言っているだろう。こんな森の中、近くに魔物がいる虞があるのに熟睡など出来ないだろうが、少しでも休ませているのといないのとでは長期戦になった時に結果が異なってくる。

 今のうちに休んでおくのが正解なのだ。

「君はどうする?」

「もちろん休ませてもら……?」

 奇妙な気配を感じ、ライラは空を見上げる。

 周囲の気配は午後の気の流れに変わって久しい。だが、まだ陽は高く、自然の状態でこんな気配を感じるはずがない。

 増して、ここはエテルナードだ。

「? どうした?」

 イディーが問う。

 本で読んだことはあったが、実際に立ち会うのは初めてだ。だが、この気配は多分間違いがない。

「孵化……する?」


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