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正直なところ、もっと簡単に狩れる相手だと思っていた。
狩ることが目的と言うよりは、使える人間がどれだけ集まっているかを知りたかったのだ。それに何より、ライラという娘が妙に気にかかったのだ。
声を掛けた時は純粋に女の魔法使いが欲しかっただけだった。実力はともかく、外見そのものが象徴になる女が。
しかし、城に賊が侵入した時、彼女たちは城壁の周囲にいた。侵入したのが彼女たちか否かは別として、関わっている可能性を考え、共に行動を取れば何か見えるのだろうかと思い距離を測りながら彼女を観察していた。
頭の回転が速い上にこういった団体での戦闘に関しても慣れている様子がある。自分が「エテルナード国王サイディス」であると気が付いているか否かは微妙な所だが、少なくとも向こうもこちらを気に掛けている様子を見せる。
(油断は、禁物か。顔は奇跡みたいに綺麗だからモロ好みなんだが……言ってられねぇな)
甘く見ていると痛い目を見るだろう。
今は協力し合う関係ではあるが、いつ敵になるとも限らない。
「……そう言うわけで、夜まで待つのが得策だと思うわ」
ライラは簡単に説明をした。
曰く、この先にいる魔物は孵化を待っているのだという。
人を襲ったコウアトルはその魔物が見せる幻術。人の使う幻術とは違い、実体があるために人が傷を負うことも、命を落とすこともある。幻術を使い、コウアトルを呼び出すだけの魔力を秘めた魔物の中で、この時期に天の力だけを消費し孵化させる魔物は一種類しか知らないと彼女は言った。
「君の知らない魔物ということは?」
「あり得るわ。でも、魔術師協会の情報を信じれば間違いは無さそう。そうよね、キカ?」
「ええ、まぁ」
キカは曖昧に返す。
イディーは彼を睨む。
「お前、ここに何がいるのか知っていて黙っていたのか?」
「結果は同じになりますからね。どちらにしても、狩りに来たでしょう。コウアトルを狩ろうとしている連中だ。少なくとも腕に覚えがある」
「だからといってお前」
「はいはい、そこまで。こんなところで言い争いは止めて。体力の無駄よ。ともかくあなたがリーダーよ、ここで卵を狩るか孵化を待つか、判断は任せるわ」
イディーは息を吐いた。
孵化を待っている魔物。彼女のいう言葉を信じれば孵化は今晩という。何故分かるのかと問えば彼女は曖昧に笑った。卵から孵ればその匂いに誘われて様々な魔物達が集まってくる。翼が乾くまでの間、おそらく一晩中魔物が次々と襲ってくるというのだ。孵化の前に卵を破壊すれば回避出来るものの、当然親に阻止をされる。
一体と、複数対。
一匹でも取り逃せば城下が襲われるという危険性、体力的な問題を考えれば当然一体を狩る方が容易い。もちろん、その一体の力は強い。だが、彼女たちは狩れないわけではないと言った。
「私は気が進まないわ」
「俺はどっちでも構いませんけどね。手間を考えれば一匹を狩る方が楽でしょう」
「孵化した後、親がこちらを襲う危険は」
尋ねるとキカはあっさりと頷く。
「ありますね」
「そうね、間近で戦闘をすれば、親がこちらを雛を狙った敵と判断してもおかしくない」
「でも、お前らは夜を待った方が良いと」
「俺はどっちでも良いんですよ。ただ、彼女が言うなら反対する理由がないだけですよ」
「……? どういう意味だ?」
ちらりとキカがライラを見る。
彼女は面倒くさいと言う風に顔をしかめた。
「ああ……ええっと、最終目的が一緒なら、魔術師協会は魔法協会の意思に従うのが暗黙の了解になっているのよ」
「?」
「ともかく、あれを狩らずに済むのならそれに越した事はないわ。こっちを敵と判断する可能性は五分五分ってところね」
それは確立として高いのだろうか、低いのだろうか。
「本当は人里で卵を孵すようなものじゃないから、私たちの事情で殺すのも気が引けるのよね。でも、リスクを考えて先に狩るというのなら、協力するわ。すっっっごく、気が進まないけど」
最後の所だけは強く言われた。
ここまで気が進まない、と言われるとこちらまで気が進まなくなってくる。
どうやら彼女は本気で卵を狩らないという判断をして欲しいようだ。
キカもそれを反対しないと言うことは、結果的にどちらも変わらないのだろう。
「一つ聞くが、一晩中魔法を使い続ける体力はあるのか?」
瞬間鋭い視線がキカから放たれる。
同時にライラもイディーを睨め付けた。
侮辱したとでも思われたのだろうか。それにしては反応が過剰すぎる。
引きつった笑いを浮かべてキカが頭を押さえる。
「……悪いことはいわない。ひとまず彼女に謝ってといたほうがいいですよ」
「ん?」
ふぅ、とライラは息を吐く。
「いいわよ、どうせ知らないのだろうし。でもね、あなた魔法使いを雇うつもりなら、もう少し勉強した方が良いわよ」
「どういう意味だ?」
ライラが更に鋭い視線で睨む。
つい、堪えきれなかったと言う風にキカが吹き出す。
「私にそんなこと、説明させないで頂戴。……ともかく、どうするの?」
「俺はいつもリスクの低い方を選ぶ」
「そう」
彼女は嘆息するように頷く。
「だが、賭け事も嫌いじゃない」
「うん?」
「夜まで待ってみよう」
そう言うと、彼女は優しい笑みを浮かべた。
「ありがとう、嬉しいわ」
彼は硬直する。
動けなかった。
彼女はおそらくイディーが自分の意見を通した事で喜び微笑んだのだろうが、その微笑みの美しさに捕らえられて動くことができなかった。
彼女は綺麗だ。街を歩けば覚えず振り返ってしまうような綺麗な顔立ちをしている。その瞳は宝石のように美しく、細い絹糸のような髪は淡い金。着飾った王侯貴族と並んでも引けを取らないほどだ。文句が無いほど綺麗だと思うが、それは逆に完璧すぎて親しみに欠ける。
そのはずなのに、彼女が自分に向けた微笑みは自分の全てを抱擁するような優しい笑み。
見惚れるというのはこういう事を言うのだろう。
哀しくもないのに泣きたくなる。
「イディー?」
「あ……え?」
「どうしたの、何か問題でも?」
彼女は怪訝そうに問いかける。
彼は平静を装って笑う。
「いいや、君の笑顔、魔法でもかかっているのかと思って」
「……そう言う話は間に合っているわ」
ナンパ目的の言葉と思われたのだろうか。
彼女はイディーを睨み付けると彼らから離れて言った。
ぽん、とキカの手が肩に置かれ、イディーは苦笑した。
「見事に振られましたね」
「お前、あの娘、どう思う?」
「綺麗な女ですね。別に俺は好みと言うわけではありません。観賞用の顔は好みではないんです」
「贅沢な………いや、そう言う意味ではない」
分かってます、とキカは笑う。
「魔力は高いようですね。そして知識も豊富だ。正直、あれだけのヒントで答えを導き出すとは思っていませんでしたが」
「そう言えばお前、何故黙っていた?」
睨むと彼は肩を竦め両手を上げて見せる。
「蒸し返すのは止めましょう。俺は確かにあんたに雇われてはいますが‘この件で’協力するとは言っていませんからね。あんたの目的達するに、別にここにいるのが何であろうと変わらないと思いますが?」
ちっ、とイディーは舌打ちをした。
食えない男だ。
「まぁいい。結果的にはあまり変わらないだろう」
「俺を信用するんで? 途中で逃げるかも知れませんよ。急に寝返って後からぐさり、とするかもしれませんよ」
「言っただろう。俺の身に何かあれば総力上げてお前を追う手はずになっていると」
「はん、そうでしたね」
男は口の端を引きつらせた。
キカはイディーの正体を知っている。自ら明かしたのだ。正体を明かしたのは彼を信用したからではなく、簡単に抜けられなくするためだ。キカに抜けられると困る。卑怯だと蔑まれても構わない。
それで全てが終わるのなら。