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揺らぐ太陽の韻律  作者: みえさん。
第二章 月迦鳥奇譚
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「あれぇ? ジン早いなぁー」

 詰め所前で見習い兵士達相手に訓練をしていた様子のクウルは、隙を見て飛びかかって来た小柄な兵士の剣を斧の柄で受けながらのんきな声を上げた。

 ジンが詰め所の中にいる間、外から威勢の良い声が聞こえていたが、どうやら彼一人で十人ほどいる彼らを相手にしていたらしい。兵士達の殆どが肩で息をしながらへたり込んでいるが、クウルに疲れた様子は見られない。涼しい顔で笑っていた。

「取り調べはもう終わったー?」

「人聞きの悪い。別に嫌疑を掛けられているわけではない」

「あの状況で良く疑われなかったよなぁー、ノっちゃん効果は偉大だなぁ」

 ノウラというよりはデュマ閣下の力があったからだろう。

 例えそれが無くても奥の手がある。最悪の場合それを使えばよほどのことでもない限りジンが長期に渡って拘束されることはないだろう。もちろん相手がなりふり構わず強行してくれば別だが、その場合応戦したところで罪には問われない。自信があるのだから堂々としていればいい。後ろ暗いところもないのだ。

 だからこそ短時間の質問で解放された。

 幸い今回は何もなかったのだ。王も自ら何もなかったと宣言している。

 そもそもジンの行動は称賛されこそすれ、咎められる事はないはずのものだ。ただ、彼の肩書きが傭兵で、城内に入ったばかりというのが疑惑の対象となっただけのこと。まだ訝る者もいたが状況を聞かれただけですぐに放免された。

「お前、ノウラ姫の護衛はどうした?」

「んー? デュっちゃんがなー、ジンジンのそれ終わるまでここで兵士の稽古付けてくれってなー。ある種、実戦訓練みたいなー?」

「閣下が?」

 ジンは怪訝そうに見る。

 嘘を言っている様子はない。そもそも必要がない。

 ともすればどんな意図があってノウラから二人を離したのだろう。

「ま、何はともあれ訓練終わりだな、よっと……」

 クウルは受け止めていたままの兵士の剣をはじくように兵士ごと押しやる。

「きゃあっ」

 勢いよく押しのけられ、小柄な兵士はそのまま後方に飛ばされ悲鳴を上げながらしりもちをつく。

「…………きゃあ?」

「え? あれ? 女の子!?」

 二人が見返すと小柄な兵士は「しまった」と言う風に口元を抑えた。

 最近見習いとして入ったばかりの少年兵士ばかりだと思っていたクウルは慌てて彼女の前に手を差し伸べる。訓練のために兜をかぶっていたためにその顔まで見れなかったのだ。

「大丈夫? 怪我ない?」

 いくら女性でも兵士志願の人にその態度は、と咎めようとジンは息を吐くが、ふと、声に聞き覚えがあることに気が付く。鎧で多少分かりにくくなっているが、その背格好にも覚えがある。

 倒れた兵士以外の全員に場所を移動するように言い、彼女だけになったのを確認するとジンは大きく息を吐いた。

「……あなたは、何をやっているんですか?」

「……」

「なーにー? 知り合い?」

「ノウラ姫だよ」

「え? ノっちゃん!? ……あれ、ホントだ、ノっちゃんの匂いがする」

 彼女は兜を外す。

 エテルナード人特有の鮮やかな金髪が現れる。彼女は申し訳無さそうに肩を竦めて苦笑いを浮かべた。

「ばれてしまいましたか……」

「一体、何を?」

「あの、訓練を」

「そうやって時々混じっているんですか?」

 ノウラくらいの背格好ならば、少年兵と混じっていても分からないだろう。増して兜と鎧で固めてしまえば区別がつかない。

 それを利用して時々剣の訓練をしていたのだろうか。

 だとしたら相当な人だ。

「いえ、実は……こっそり抜け出そうと思いまして」

 彼女はこっそりと二人に告げる。

「抜け出すって、お城から?」

「はい。少し確かめたいことがあるんです。それでお二人に助力をお願いしたくて」

 二人は顔を見合わせた。

 ノウラはキッと、表情を引き締める。

「無論誰の許可も得てはいません。ですから、見つかれば咎められることもあるでしょう。それでも罪に問われることが無いことを約束します」

 ジンはノウラを見る。

 ノウラはその視線に、視線を返した。

 強い意志を感じる目だ。

「その程度の事なら問題はありません。ですが、何故わざわざ我々に?」

 彼女は少し困ったように眉をハの字に曲げた。

「私、命を狙われているんですよ」

「!」

「あらら……」

 さらりと言ったもののそれは重要な事だった。

 ノウラの護衛として雇われた以上、そう言うことを想定しているのだろうということが分かっていた。国民に正式に発表をされていないとはいえ、王の后になる人だ。どこから狙われてもおかしくない。だが、まさか本人の口から聞くことになるとは思っていなかっただけに少し焦った。

 どうやら彼女は見かけ通りの性格ではないようだ。

「今のところ直接凶手が現れた事はありません。けれど、城下をうろついているのを見つかればどうなるか分かりませんし、行く場所が場所だけに、私一人で自分の身が守れるか自信がないんです」

「で、俺たちに? 俺たちのどっちかその‘凶手’とやらだって思わなかったの?」

 もっともな問いに彼女は微笑んだ。

「信頼しています」

「そんな簡単に言うことではありません」

「今私に何かあったらお二人が真っ先に疑われますよね? 万一にもあなた方がそうだとしてもそんな危険な事をしてくるとは思えません」

「んー? でもなりふり構わずってこともあるかもしんないよ?」

 クウルはジンの肩を肘置きにするように組みながら言う。

 困ったような笑いを浮かべる。

「なりふり構わずするつもりなら、もうとっくにどうにかなっていますよ」

「なるほど」

 ジンはちらりと笑う。

 肝が据わっていると言うべきか。

「分かりました。護衛をしましょう。その代わり、ちゃんと着替えて下さい」

「あの、出来ればノウラ・ディロードという事を隠しておきたいのですが」

「なら、なおのことです。兵の姿でうろつけば目立つし、怪しまれます。……そうだな、便利屋見習いといった風がいいか…服はこちらで用意します。クウルと暫く待っていて下さい」

「あ、はい」

 ノウラはまるで上官から命令された兵士のように慌てて頷く。クウルはけらけらと声を立てて笑った。

「慣れてんなぁー、まるでお忍び経験あり」

 ジンは苦く笑う。

「……要人の護衛は初めてじゃないって言っただろう?」



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