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「ユーカ様でございますね?」
男に問われ、彼女は男を睨む。
「そうだけど、あんた誰?」
「……本当に女だった、良かった」
綺麗な男の顔が、すこし気が抜けたような顔になる。
良く聞き取れないユーカは首をかしげた。
「ん?」
「あ、いえ。私、ライラ様にお仕えするケイスナーヴという者です」
「んー? ああ、知り合いって人? あ、話聞いているよ、何かしっとりした感じの人だって」
「しっとり?」
「うん、何かこう過剰にぬめっとした感じの人だって」
「ぬめっ!?」
(あれ? 何か違った気がするけどま、いーか)
実際ライラは彼を「少し過剰な所はあるけれど、ウイットに富んだ頼れる人」と評価したのだが、どこをどう間違ったか奇妙な評価に変わっていた。
本気で「過剰でぬめっとした人」と評価されたと思いこんだ男は、口元を押さえて落ち込んだ風を見せる。
「ライラ様……私を今までそんな風に……」
「うわわわっ! 本当にしんなりしてる!?」
「……はっ! 申し訳ござりません! ライラ様は現在城下にいらっしゃりませぬようですから言伝をお願い致したく、参上仕りました」
「口調変だよ」
「ああっ、スミマセン、動揺してしまいまして」
ユーカは自分の事を棚に上げて、彼を「変な人」と評価する。
ライラの回りにはどうやら変な人の集合率が高いらしい。
ごほん、とケイスナーヴは咳払いをする。
「ええっと、お願い出来ますか?」
「おっけー♪」
「マヤ様方がこちらにお着きになりました」
「ああ、マヤ君が? シグっちも一緒?」
「ええ、………残念ながら」
「残念?」
「あ、いえ、こちらの話です。……マヤはともかくあの冷血はマヤを護れさえすれば良いとか思っているからな、クソ面白くもねぇ……ああ、そう言えばユーカ様は面識があったのでしたね」
中間早口でぶつぶつ言った部分はユーカの耳には届いていなかった。
ユーカはうん、と頷く。
「ライラの従弟くんと、それ守ってるツンデレでしょ? やっぱり暫く別行動?」
知らない人間が聞けばどんな二人だと突っ込まれそうなところだが、幸いにも面識のあるケイスナーヴはその説明を気にもとめなかった。
「ええ、その方が無難でしょう。行動を共にすれば目立ちすぎますからね。……それで、もう一つお願いしたいのですが」
ケイスナーヴがそう言った時だった。
先刻、ユーカが予選通過をするか否かで賭け事をしていた兵士の片割れの少年が、彼女たちから少し離れた位置で立ち止まる。
名を、レント・ジュールと言う。
本戦出場者である彼女に伝え忘れたことがあり捜しに来たのだが、精霊返りのような人物を見て覚えず立ち止まったのだ。女とも男とも付かない不思議な髪色をする者と、風の国の出身と言われて否定をしなかった長身の女。
昨夜、父親と父親を守護する召喚獣が話していた、精霊返りと風の国の者。言葉遣いにティナ王室訛りがあり、あるいは十三王子の関連であると疑われる人物達。
反射的にレントは物陰に隠れた。
堂々としていればいいはずだ。
見習いとはいえ、王宮警護を任せされる立場にあるレントがコソコソとする必要はない。だが、彼は二人の会話に不穏なものを感じたのだ。
一瞬だが「毒」という単語を聞き取ったのだ。
レントはじっと彼らの会話に耳を傾ける。
「あの方にお渡し下さい。意味はおわかりになるかと」
精霊返りが女に紙を渡す。
声は低いが野太くはない。
男とも女とも判断がつかなかった。
「一日で良くやったね」
「それが私の仕事です。……実のところ、初めから見当を付けていたんですよ」
「っていうと?」
「よく似たケースを知っていますからね。あの程度でしたら一日で身体から抜けますが、濃度と使い方によっては毒になりますよ」
「毒、ね……あー、何か気が進まなくなってきた」
「降りますか?」
「冗談。今更出来ないわよ、そんなこと」
精霊返りが笑う。
「あなたの存在は実に心強い。イクトーラのようにしてしまうのは心苦しいですからね」
イクトーラ、とレントは息を飲む。
ティナの二王子が関わって王が変わったと言われる国。同じ王室の十三王子が関わっていたとしてもそれほど違和感は無い。
それと同じようにするのは心苦しい。
それはどう言った意味だろうか。
「イクトーラのことはよく知らないけど、状況が違うんでしょう?」
「ええ。ですが、気は抜かない方がよろしいかと」
「りょーかい。まぁ、確かに頻繁に王様が死んだりしたら、今後動きにくくなるものねぇ」
息が、止まった。
レントは覚えず声を上げそうになるのを口元を押さえて飲み込んだ。
王の死。
今、彼女は確かにそう言った。
その言い方からは二つの意味がとれる。一つは、純粋に何かに巻き込まれて王が死ぬと言うこと。もう一つは、彼らがティナ王室関連だと仮定した上で考えると、自分たちに従わない王を抹殺したという意味でもとれる。
頻繁に、と言った。
それは明らかにイクトーラの王が逝去したことを考えているから出た言葉だろう。イクトーラの先王の死去に関わっている、そう明言したような言葉だった。
恐ろしい言葉を聞いた。
まだそう判断してしまうには早い。
けれど。
レントは後退る。
これは、誰かの耳に入れなければならないだろう。
誰の、と自問して、一瞬浮かんだのは父親コルダ・ジュールの顔だった。エテルナード内でそれなりの地位のある父。これが真実と判断すれば父は動き出すだろう。
(いや、駄目だ)
あの父の事だ。聞き間違い、もっと正確な情報を持ってこい、そう言い捨てレントの言うことなど真剣に取り合ってはくれないだろう。
(だとしたら、誰が)
他を動かせるだけの地位があり、些細な言葉でも真剣に取り合ってくれそうな人物。温厚で平等な性格のネバ猊下ならば、レントのような見習い兵士の言葉でも耳を傾け真剣に取り合ってくれるだろう。だが、レブスト教会の人間だから、特別な場合を除いて国政に大きく関わってこない。王の耳に入れるつもりなら間違いなく猊下に伝えた方が良いだろう。だが、こんな曖昧な話をいきなり王に伝える訳にはいかない。
まずは、誰か相談の出来る相手。
考える前にレントは城に向かって走り出した。
自分では判断出来ない。
なら、誰かに相談する他にない。
その判断は間違いではなかった。
ただ、それが悪い結果を引き起こす可能性を孕んでいることをレントはまだ知らなかった。