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揺らぐ太陽の韻律  作者: みえさん。
第二章 月迦鳥奇譚
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「予選通過、おめでとうございます」

 金ごま饅頭を口につっこんだ瞬間「運営委員会」の腕章を付けた兵士に声をかけられユーカは彼らを見上げる。

「ほへんふーか?」

「はい! いやぁ、食べっぷりに見とれて声を掛けるの遅くなってしまいましたが、もうとっくに予選の規定を越えているんですよ。お疲れ様です、これが本戦への出場券になります。当日持ってきて下さいねー。あ、あとここにサインを……」

 兵士はやけににこにこしながら言う。エテルナード人らしい明るい金髪の青年だった。妙に上機嫌だ。

 対してその横に並ぶ黒髪の少年兵士は妙にむっつりとしていた。

 ユーカは饅頭をもう一つ口に押し込みながら台帳を受け取ってサインをする。

「貴女に賭けて正解でした! おかげで設けちゃいましたよ。あ、これ、予選出場代金の分、俺がお礼にお支払いします」

 言いながら彼はユーカの前にお金を置く。

 それっていけないことでは?

 と、微かに思ったが、返してくれるのであれば貰っておこうと思う。見たところ、実際そう言った賭け事をしている兵士が多いようだ。視線を巡らせると悔しそうに喘ぐ兵士や、逆にガッツポーズを決めるヤツまでいる。

(陽気っていうか、なんていうかねぇー)

 ユーカは皿に残っている饅頭を口の中に入れる。

 少年兵士がう、と吐き気を堪えるように口元を押さえた。

「でもどうして兵士その1は私に賭けたの? ふつー、こんな細い女の子が食べるって思わないでしょー?」

「いやぁ、貴女の風の国の人でしょ? あんまりに陽気な人だから、ただそう言う格好しているだけかと思いましたけど、本当に風の民じゃないかって賭けてみたんですよ。俺、風の国に知り合いいましてねー、その知り合いがまた随分と大食漢で……」

 兵士その1はべらべらとひたすら喋り続ける。

 もう逃げだそうとしていた少年兵士を片手で捕らえて、陽気な兵士その1は延々と喋り続けた。

「……というわけで、貴女に賭けたんですよ。いやー、ホント、良かった」

「本戦でも賭け事すんの?」

「しますよ! 国民から旅人まで! その日の為にお金貯めている人もいるんですからー。あ、俺、もちろん今日儲けた分、全部貴女に賭けますよ! 今年初参加ですもんね」

 にやり、と兵士その1は笑う。初参加であるから他の人が余り賭けないと踏んだのだろう。そのなれば儲けは大きい。

 なかなか強かな兵士その1のようだ。

「ねぇ、そう言えばさ、噂で聞いたんだけど、お祭りで何かお城から重大発表があるんだって? 王サマの婚約発表とか何とか」

「あー、そう言う噂、聞きました?」

 兵士その1は都合が悪そうに頭を掻いた。

「結構信憑性あるって風に流れているわよ。お城からの正式発表があったわけじゃないの?」

「していないんですよねー。まぁ、おめでたいことだから良いんですが……うーん、どこから漏れたんだろう」

「あなたじゃないの? おしゃべりな兵士その1」

「いっくら俺おしゃべりでも城内の情報は漏らしませんよ。……というより、俺は噂の方を先に知ったんですよね」

「へぇ、じゃあそっちの兵士その2も?」

「……コメントは控えます」

 黒髪の少年兵士はむっつりとして黙秘した。

 この様子だと、彼も噂の方から先に知ったのではないだろうか。

 ユーカは最後に饅頭を二つ口の中につっこみ、口をもごもごさせながら予選会場を後にした。

 城の兵より街に流れる噂の方が速い。それは上層部にいる誰かが、漏らしているとは考えられないだろうか。王が暗愚である、王とディロードの娘が婚約をした。その発表がお祭りである。城内で起こっていることが筒抜け状態になっている。

 昨日ライラが侵入したと言う話も、誰かが城内に侵入したと言う噂で一気に広まった。これに関しては軍部の方から軍事演習のために行ったという発表があったために大事になっていないが、正直、昨日の今日でこんなにも広まるとは思わなかった。

 実のところ、今日予選に出てこいと言ったのはライラだった。その代わり、色々な場所の情報を探ってきて欲しいと。

 収穫は少しあった。では、その情報を元に考えよう。

 一体誰が何のためにこんな事をしている?

 そもそも、どの噂が、どれだけ正しいのだろう。

(王に良くない噂も流れるって事は、王を失墜させたい人? 失墜して得するの誰?)

 ユーカは知る限りのエテルナードの要人の名前を挙げる。

 デュマ・ディロード総統閣下。王とノウラとの結婚が決まっているのだから、王が失墜すると困る。いや、結婚後、失墜すれば問題はあまりないだろうか。義理ではあれ、王の父親になるのだから。

 ネバ・ミーディルフィール猊下。レブスト教の最高位。先王の友人。噂では王を影から補佐している能吏でもある。王が変わったとしても特に地位に変化はない。穏やかな人で、あまり表立った所には出たがらない。

 コルダ・ジュール卿。主に財政を管理する文官。先王の時代からの能吏。その辺の兵士つついて吐か……教えて貰った情報では王を認めていないという発言が目立つ人。気に入らないからと言って面倒なやり方で王を貶めるとは思えないが、野心あってのことでも何ら不思議はない。

 ノウラ・ディロード姫。デュマの娘で、王の后になる人。政略結婚で、王と結婚するのが心の底から嫌なら、彼女が周囲を使って仕組んだと考えられる。むしろ彼女に対する嫌がらせが、こんな事態を招いているのかもしれない。

(あと、ユリウス殿下か)

 王の弟。控え目な性格だと聞くが実際の所どうだか分からない。兄を弑逆して王になりたいのかもしれないし、彼を王に据えて得をする人が、徐々に今の王から国民の信頼を失わせようとしているのかもしれない。

(ああ、でも、失墜させようとしているとは限らないのよね)

 あるいは王が暗愚であるのが事実で、王を諫めようとしているのかもしれない。

(犯人が私みたいなヤツなら間違いなく愉快犯だけどー)

「悪いけど、少し見てきてくれる?」

 声をかけるとユーカの回りにふわりと風が集まる。

「王様か、その弟あたり。魔城壁があるだろうから、無理はしなくていいよ」

 ざっ、と彼女の回りの風が一気に空に舞い上がった。

 術者の命令に従う召喚獣や呼び出した魔法とは違い、気まぐれで時々やんちゃをする風達だが、ユーカを危険に晒すことはただの一度もない。風の吹く場所ならばどこの風でも頼めば願いを聞いてくれる。

 それが風の国に生まれ、聖主と呼ばれる自分の力。力も、力故の立場も疎ましく思うことばかりだったが、風だけは嫌いになれない。ライラと出会って少しだけ力の事も好きになった。

(恩返しなんてガラじゃないけど、やっぱ力になりたいよね)

「なるほど、貴女はそうやって情報を集めるのですね」

「ん?」

 ユーカは振り向く。

 男にも女にも見えるが、本能的にそれが男であると判断する。綺麗な薄い青色の髪をした男で、年の頃は自分とそれほど変わりない。精霊返りだろう。珍しいことではないが、精霊返り自体、あまり見たことのないユーカにしてみれば、彼の姿は異様にすら映った。

「ユーカ様でございますね?」

 男は静かにそう問いかけた。

 ライラには負けるものの結構な美形だった。


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