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揺らぐ太陽の韻律  作者: みえさん。
第二章 月迦鳥奇譚
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「コウアトル?」

 ライラは怪訝そうに眉根を寄せた。

 男はライラの目の前のカップに飲み物をつぎ足しながら答える。

「そう、いくら温厚な魔物だろうと、人里近くにいて人を襲うのなら、退治しないわけにはいかないだろう?」

「まぁ、それはそうだけど……」

 人を集めているこの男は、最近エテルナード周辺の森に住み着いたコウアトルという名の魔物を狩るために人を集めていたのだと言った。

 神獣に近いコウアトルは温厚であり人を襲うどころか人前に姿を見せるのさえ稀だ。だが、過去に目撃や狩られた事例が皆無という訳ではなく、それを狩ろうとするならば相応の準備と人員が必要だ。

 彼は集団で魔物を狩る仕事をしているのだという。

 確かにそう言った一団や個人は少なくない。

 魔術師協会や、各国組合から出される報酬から生計を立てているのだ。

 報奨金の金額は減るものの、集団でいるために危険が減る。そのため普段は単独で行動し、大物を狩る時にのみまとまるのは珍しくない。倒した魔物によってはその身体が商売道具にもなるため、収入はそれなりにあるだろう。

(コウアトルは毒を持っていたわね。肝臓は魔薬の精製に使われる、牙は状態が良ければ売れるけど)

 ライラはちらりと周囲を見渡す。

 酒場に集まった二十人ほどの人。イディーの仲間だという。この人数で狩ったとして、相手が一体だけなら一人当たりの収入は微妙な所だ。短時間で済めば高収入になるが、命に関わるような仕事としては安いと思う。

 民間という体を取っているが、実際後ろ盾に何かあるのかもしれない。好事家、商人、魔術師協会、あるいは国自体。事情は様々であるが、狩る側の人間を支援する人もいる。

(ああ、だけど……)

 少し奇妙な感じがしていた。

 何か裏がありそうな予感がする。

「見ての通り魔法使いが少ないんだ。後方支援でいいから、君とユーカちゃんに頼みたかったんだけど……」

「ごめんなさい、彼女は今度のお祭りで開かれる‘大食い大会’の予選があるんですって。ずっと楽しみにしていたから」

「そうだってね。ここに来る前に会って聞いてきたよ。ずっと一緒にいるもんだって思ってたけど」

 ライラは苦笑する。

「お互いにやりたい事を犠牲にしないことにしているのよ。後方支援ならば私一人で十分よ」

 ふぅん、と男の目が鋭くなる。

「大した自信だね」

「一応、魔法協会ではそれなりの所に入っているのよ」

「へぇ、美人の上に強いんだ? 最高だね、君」

 男は薄く笑う。

 言い方がまずかったのだろう。どうも、大きく勘違いをされたようだ。おそらく彼はライラを魔術師協会所属の人間だと思っただろう。

 男の認識する「魔法協会」は魔術師協会のことで、ライラの言ったのは魔法協会。一般的に混同されがちだが、名称は似ていても大きな違いがある。

 それを認識するか否かで、ライラの言った言葉の意味合いも大きく違うのだが。

(まぁ、訂正するのも面倒だから、別にいいわよね)

 どうせ、説明しようとしまいと、あまり状況は変わらないだろう。

 要はライラの魔法がそれなりに使えるのだと言うことを知っていれば良いことだった。

「それで、協力は頼めるのかな?」

「いいわよ」

「報酬は基本的に山分けだけど、働かなかったら女の子でも甘く見ない」

「ええ」

「相手が魔物だから命の保障はないよ」

「それは当然でしょう?」

 どんな場合であっても、自分の身くらい自分で守るのが当然だ。命を狙われた要人ならともかく、こういう仕事をする以上当たり前すぎることだ。

「出発は?」

「出来れば今すぐ」

「準備は出来ているのね。コウアトルが相手ならば解毒剤が多い方がいい。その辺はあるの?」

「ああ。その点は抜かりはない。君の方の準備は?」

「私ならいつでもいいわ。単身で襲われた時対処出来るだけの能力は持っているつもりよ」

 よし、とイディーは頷く。

「後方支援のまとめ役は……キカ」

 呼ばれた男が少し面倒そうに片手を振った。

 そう言う面倒な事は嫌だ、他をあたれ、と言っているようだったが、イディーはそれを許さなかった。

「お前が仕切るんだ」

「彼女の方が適任と思いますが?」

 壁に寄りかかり、少し丁寧に答えた男の目は鋭い。エテルナード人よりも暗い茶色の髪と、浅葱色の瞳を持つ男だ。魔術関連者を示すように横の髪一房だけが不自然に伸ばされ三箇所ほどを括っていた。その顔の左半分は火傷をしたように爛れ赤銅色をしている。元々の肌の色が白いために嫌でも目立つ。

「それは俺が決めることだ、キカ。実力の知れた者が指揮をとる方が安心出来るだろう」

「つまり、信頼できないと?」

 ちらりと、キカの目がライラを見た。

 ライラは苦く笑った。

 おそらくキカとイディーは何度か行動を共にしているのだ。自分がイディーの立場なら同じ判断をするだろう。だが、はっきり言葉にされると微妙な気分になった。

 むっつりとした様子でイディーが答える。

「そう言うことを言っているんじゃない」

「言っているな。あーあ、魔法協会の魔法使いさんに失礼なことをする」

「キカ」

「あーはいはい、わかりました」

 やればいいんだろ、とキカはやる気のない風情で両手を上げた。

 それに対して怒り出すのかとも思ったが、イディーは「それでいい」と笑みを浮かべて見せた。

「……ふぅん? 急に鋭くなったわね」

 ライラは小さく漏らす。

 飄々していた先刻までとは違い、今は指揮官の顔をしている。回りの人間の態度から彼がこの一団の中心人物なのだろうと思ったが、少し疑っていたところもある。

 だが、今の様子を見ればやはり彼がリーダーなのだと頷けた。

 変わり身の速さこそが彼の持つ魅力。

 これに惹かれて人が集まる。

 皆を引きつける天性の才能。

(やっぱり面白いわ、この人)

 興味をそそられる。

 自分さえもその魅力の渦に巻き込まれる。

 男が背にしていた巨大な剣を鞘ごと、どん、と床に落とした。

 ざわついていた店内がしんとなる。

「よし、それじゃあ数が揃った! これより作戦を開始する! 降りるなら今が最後だ! これより先は抜けることも、怯えることも赦さない。勇気のある者だけが、俺に続け!」

 おお、という地響きのような鬨とともに、付いていく、一歩も引かない、という雄々しい声が混じる。

(このテンションには少し付いていけないけど……)

 ライラは軽く拳を突き上げる素振りをしながら苦笑いを浮かべた。


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