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「俺も同席させて下さい」
「却下だ」
息子の申し出にコルダはきっぱりと言い放った。
レントは今年十四になる。城内警護の見習い兵としてようやく昼の警備を任された程度のものだ。「ジュールの息子」と呼ばれ、一目を置かれるか、親の七光りと軽んじられるかそれは今後次第だろう。今はまだ七光りと囁く声の方が強い。
だからこそ焦っているのだろう。
ティナ王国十三王子の来訪をどこから聞いたのか同席させて欲しいと言ってきた。重要な場所に立ち合う事になれば自分の評価に繋がると思ったのだろう。
(だが、甘い)
「てめぇなんか、クソの役にも立たねぇ。万が一、十三が偽物で王族の命を狙った奴であったとしても、お前なんかが太刀打ち出来ると思えねぇ。せいぜい壁際で震えるのがオチだろう」
「万に一つの時は、俺が、殿下をお守りします」
「ほう、自分の身を盾にして時間稼ぎでもするつもりか」
コルダは息子を睨む。
その睨みにひるみもせず、レントは視線を返してきた。
「むろん、そのつもりです」
はっ、とコルダは鼻先で笑う。
「アホが。だから役立たずだって言うんだ。てめぇの命と殿下の命を比べるな。比較にもなりはしない。そもそも、おやさしい殿下だ。お前の命如きでも重く見て嘆き悲しむだろうよ。そうなったらお前は重荷にしかならん」
「でもっ!」
「黙れ」
突き放すように言われ、レントは唇を噛んだ。
コルダは淡々とした口調で言う。
「思い上がりも大概にしろ。話は終わりだ。これ以上の口答えは服務規程違反と判断する」
「……っ」
まだ、何かを言いたそうなのが分かったが、コルダは無視をして書類に目を通す作業に戻った。
半ば八つ当たりをするようにレントは扉を乱暴に開けて出て行く。
彼が立ち去ったのを見てコルダはやれやれと息を吐いた。
何様のつもりだ。「ジュールの息子」が。
『主』
レントが去るのを待っていたかのように足下で声が響く。
「遅かったな、ドルチェ。陛下を追えたのか?」
『申し訳ありません』
「そうか」
やはりと言うように頷く。
もともと期待はしていなかった。
『ですが、いくつか探って参りました』
「報告しろ」
『はい。城下に兵を集める者あり、との噂でしたが、どうやら魔の退治を行う様子です』
「魔?」
『コウアトルです』
コルダは眉をひそめた。コウアトルは大蛇に翼を与えたような魔獣でどちらかと言えば神獣に近い。人語を操り、温厚な性格から人を襲うことは滅多になく、人里に降りてくることすらないのだ。
「妙だな」
『ここ最近、人が襲われたと言う事例があります。襲われたのが旅人であったためか、城内に報告は上がってきていませんが』
「懸賞金はかかっているのか?」
『魔術師協会の方から出るようですが、集団で狩れば個々に与えられる報奨金など微々たるものでしょう』
「ふん、そうなると兵の力試しと考える方が普通か。……監視しろ」
『既に。……それと、もう一つ報告が』
なんだ、とコルダは影を見る。
影はその場で獣の形をとった。四つ足の黒い大きな猫のような獣。
その目は赤い。実のところ、この瞳は実際に形を映さない。気配を感じ取るだけの目なのだ。それも細かな気配を感じ取れる訳ではなく、人より多少優れている程度のものだ。近寄らなければ主以外の識別も出来ない。元々戦場向きの召喚獣だ。悪意を感じ取り敵を発見し殲滅させるのが本来得意とするところ。大気に溶け込み、自分自身の気配を薄めることが出来る以外では、密偵に向かない獣。それを敢えて使っているのだから文句は言えない。
『美しい女を見ました』
コルダは首を傾げる。
ドルチェの言う美しいというのは人の感性によるものではない。そうなれば精霊返り、つまりは精霊の特性を持って生まれてしまった人間のことだろう。
尋ねると、ドルチェは分からないと答える。
『そのようにも感じましたが、僅か竜の気配も感じました。恐らくは竜や精霊を呼び出せるレベルの召喚師です』
「それが?」
力の強くない竜だとしても、召喚出来る程となれば魔力はそれなりに高い。だが、そう珍しくは無いはずだ。わざわざ報告してくるとなると、他にも理由がある。
『会話自体は聞き取れませんでしたが、ティナの王室で使われる言語と同じ訛りがありました』
「ほう」
『かの国では精霊返りを王族の隣に置くのが通例です。あるいは、と』
十三関連か、とコルダは息を吐く。
イクトーラの新王即位に関わったと噂される十三王子。何のつもりでエテルナードに訪問したのかは知らないが、探っている、と考えた方が正しい。
あの国同様、ティナの力添えでエテルナードの玉座に座る者が変わったとすれば、新王はティナの息の掛かった状態になる。ユリウスは優秀であるが、王の器ではない。それが玉座に付けばティナの影響を受けるだろう。
それはある種、支配されたのと同じだ。
「追えるか?」
『近くに高位の風使いがおりましたから、難しいかと』
「お前が言う位だ。風の国の者か?」
『はい』
「珍しいな、あの国から人が出るとは」
風の国は閉鎖的な国だ。
外界との接触を完全に断っている訳ではないが、入国審査が厳しく、そして国民が敢えて外に出ることもあまり無い。実質的に国を閉鎖しているのとあまり代わりのない国だ。皆無ではないものの、風使いが国外に出るのは珍しい。
普通に考えればティナ王族側から要請があり、その要請に応じて風使いの力を貸しているのだろう。十三王子関連となれば、厄介な可能性が脳裏を掠める。
『あの気配、恐らくは風邪の国でも相当な上級者かと』
風は気配を隠す。
ドルチェにしてみれば一番厄介な相手だ。
増して上級となれば、ドルチェには探せない。
「分かった。監視に専念しろ。ただし城下を出るようならば深追いする必要はない。戦闘に巻き込まれて死なれたら俺が困る」
獣は笑うように口元を動かした。
『御意に』