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「では、これから南方へ?」
ケイスナーヴに問われ、ライラはブーツの紐を結んだ。
祭りが終わり、これから様々な島を巡ってみると言い出したマヤとシグマと別れ、ライラ達はケイスナーヴの店で出発の準備を整えていた。
「ええ、イクトーラを経由してサラブまで。叔父様の話では兄さん南に向かっているようだから、探してみるわ」
祭りの始まる前の市でクウルが見つけたものは兄が目印として落としていったもの。少なくともこの近くまでは来ていたのだ。風の国の時と同様に、彼はライラをどこかに導こうとしているのだろう。
恐らく南方。
目印を探しながらサラブまで向かってみるつもりだった。どちらにしても、南方面には向かってみようと思っていたのだ。
ケイスナーヴはユーカの方を見て言う。
「ユーカ様もご一緒に?」
「うん。少なくともライラのアニキ……えっと、セルディさんだっけ? 見つけるまでは一緒にいようと思ってんの。サラブの美味しいものとかも食べたいしー」
「あちらは羊肉などが美味しいそうですよ。果実も充実しているそうです」
「え? ホント!? じゃあ期待できそう」
嬉々と言ったユーカは食べ治め、と言わんばかりにケイスナーヴの料理を口に放り込む。その様子をニコニコと見守るケイスナーヴは嬉しそうな表情をしていた。まるで、孫を見る老人のようだと思ったが、言わないでおいた。
「ケイス、悪いけれど今暫く……」
「心得ております」
皆まで言わずとも分かります、そう言いたげに彼は頷いた。
何故なのか分からない。塔の扉を開いて、実際に暁の戦士を呼び出せたのかは分からない。ただ、ライラは男と出会い、そして女の姿も見た。
それが誰なのか顔すらも覚えていないけれどなぜだか懐かしい感じがした。
そして皆が目を覚ました時に、ユクの樹はそこにそびえ立ち新しい葉を付けていた。
町中の気の大半は枯れてしまっていた。しかし、郊外に現れたユクの大木は城下を見守るようにそびえ立っている。
どういう事情でそんな風になったのかまるで分からない。
そして、その状態が長く続くのかもわからないのだ。だから、ケイスナーヴにもう暫くここにとどまって欲しいと思っていた。ケイスナーヴならば万が一の時にライラに知らせることが出来るし、魔法協会の方へ連絡を取ることも、ティナ本国へ飛ぶことも出来る。そう言う判断を彼も分かっているのだ。
「意外だねぇ、ケイス君‘私もお供しますっ!’とか言い出すと思ったけど」
「南方サラブは砂の国。私は普通の方よりも水を必要としますので、足手まといにしかなりません。でしたら、こうしてお役に立てる方がずっといい」
ライラは目を細めた。
「ケイス」
「はい」
「貴方を足手まといに思ったことはないわ」
「嬉しいことを言って下さいますね」
「本気よ。貴方がいなければ私はここにいなかったと思うわ」
城から出ようとも思っていなかった。
フウ……ヒュードの死を嘆き立ち治ろうともせずにあのまま城内の奥で「呪われた姫」として一生を過ごしたのだろう。城から出ようと思った元凶を作ったのは兄だが、彼がいなければ追いかけようとは思わなかった。
感謝している。
「……私は仲間には恵まれていると思うわ」
「私はライラ様の‘仲間’にはなれません。けれど、一生味方でいることを約束します」
「そんな約束、しなくても良いわ。信じているもの」
「ライラ様……」
彼は酷く嬉しそうな表情を浮かべた。
むう、とユーカが膨れる。
「ね、ね、ライラ、私は!?」
「何そんなところで対抗心燃やしているのよ。……ユーカは、友達、でしょ?」
「む、ちっがーう」
「うん?」
「親友だよん」
ライラは破顔する。
「そうね」
というわけで、とユーカが立ち上がる。
「親友様からの助言~!!」
「助言?」
「そ。……ジンくんも一緒に連れて行った方がいいと思うの」
ぶは、っと、隅でずっと黙り込んでいたジンが飲み物を吹き出す。突然名前を出されて驚いたようだ。おそらく彼女はジンにもそんな話一度もしていなかったのだろう。
「な、何だ突然」
「ジンくんはサラブの人なんでしょ?」
「ああ、まぁ」
「だったら、道に詳しいし、女の二人旅より男がいた方がずっと安全だと思うの」
「確かに、そうだが」
「そう言うわけで、特になんか目的無いんだったら、私たちの旅に同行してみなぁい? つーか、同行しろ」
最後は命令形だった。
ジンはちらりとライラを見る。
ライラは小さく笑う。
「私も、一緒にいてくれた方が心強いけれど」
もし他に目的があるのなら、と言外に言うと、慌てたようにケイスナーヴが怒鳴った。
「い、いけません!! ライラ様! 結婚前の姫様が、殿方と旅などと………!! せめて、護衛を雇って下さい!」
「んー? 護衛の男の方が危険じゃないの? ほら、変な気起こしそう」
「で、では女性の」
「女三人旅にしてどーすんのよ。ジンなら分別あるし、まじめくさってるし、自覚症状皆無だし」
「何のことだ?」
「………何の話をしているのよ」
ジンは何のことを言われているのか分からなそうに、ライラは半ば呆れてユーカに言う。ほぼ同時というのが自分でも何とも言えない。
「とーにーかーく! ジンの意見は? 付いて来てくれるの、くれないの!?」
詰め寄られてジンは頭を掻く。
「別に構わない。どっちにしてもサラブへは一度戻るつもりだった」
「よーしよし、じゃあ決定ねぇ。……ケイス君、ユーカちゃんが付いているから、安心してよ」
言って不安そうにケイスナーヴが言う。
「信頼しない訳じゃないんですが、面白そうと言う理由で何かやりそうで、非常に心配なのですが」
「にゃははは」
「否定して下さい、お願いですから」
ケイスナーヴは疲れたように諦めたように、ため息をつく。
「……お気を付け下さいね、ライラ様」
「ええ」
「それと……ジン、てめぇ、ライラ様になんか変な気起こしてみろ、その……」
「ケイス」
その先を察したライラが窘めるように言うと、ケイスナーヴは肩を竦め黙った。
彼の言葉の先にライラは残虐な言葉を予測していたのだが、本人は品のない言葉を口にしようとしていた。
そんな差違を知らず、ライラはジンに向かって笑いかける。
掛け値のない、どこか可愛らしさを感じるような笑顔だった。
「これからよろしくね、ジン」