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「……樹が」
中央通りを抜けると徐々に異変に気付き始めた。
全てではなかったが、街の樹が枯れ始めている。
街全体がユクの樹で覆われているとライラが言ったのを証明するかのように同じように立ち枯れをしているように思えた。
「そんな……月迦鳥の力で暫く猶予があったのではないんですか?」
ノウラの言葉はそのままライラの疑問でもあった。
月迦鳥の亡骸は養分になる。その養分は成長を助ける為の養分ではなく、生き物の生命力とも言えるもの。彼女がユクを最後の場所に選んだのなら、彼女はユクの養分となり、枯れるはずだった樹に暫くの生命を与えるはずだった。
それなのに何故枯れ始めているのだろう。
「まさか、そんな付け焼き刃ではどうしようも無いほど朽ちかけているのか?」
サイディスの言葉にユリウスが応える。
「そんなことは無いはずです。古木が理由もなしに一気に枯れ始めるだなんて聞いたことがありません」
「理由があれば枯れるのか?」
「誰かがよほど力を消費させるか、或いは誰かが樹を枯れるようにし向けているかどちらかです。でも、朽ちかけているとはいえ相手はユクの樹、そう簡単に枯れるとは……」
「ライラ、あれ!」
いつの間に目を覚ましたのか、空中を舞っていたユーカがユリウスの言葉を遮るように言う。
夜の暗闇の中で光が集まり始めている。
それはまるで星が落ちているような光景だった。城壁の外の一点に向かって流れ星が集まるように光の帯が集まっている。
「あれは月迦鳥が羽化したあたりだな」
サイディスは表情を強ばらせる。
尋常ではない光の量だ。
「あの光……なんだ?」
ジンの疑問にケイスが眉を顰める。
「光? そんなものがどこにあるって言うんですか?」
「見えないのか?」
「幻覚でも見ているのでは無いですか? 光なんてありませんよね、ライラ様」
同意を求めるように振り向いたケイスナーヴを否定するようにライラは首を振った。
ライラの目にも見えている。
けれど、ケイスナーヴには見えていない。
尋ねるように見るとユリウスもノウラも首を縦に振った。
見えているのだ。
少なくとも、あの声を聞いた人は。
理由は分からない。
サイディスやユリウスだけならば王家という条件が整っているために理由が分かる。だが、何故ライラやユーカ、ジンにまで見えるのだろう。そして、ケイスナーヴに見えない理由は?
分からない事ばかりだった。
走って町中を抜けると閉じられた門で足止めをされた。
あくびを一瞬かみ殺していた門番は持っていた槍を構え凛とした声で対応する。
「夜間の外出は原則禁止されています」
「俺でも禁止か?」
「……?」
門番は突然偉そうに行ってきた男を不審そうに見る。
これだけ末端の人間は城に雇われていたとしてもしっかり主の姿を見たことはないだろう。金髪と言うだけで国王と見分けるのは難しい。むしろ彼らにとってはノウラの方がよほど身近だったのだろう。
彼女の姿を認めて目を丸くする。
「え? ノウラ様? こんな夜間に一体……それにこの男は」
「言葉を改めて下さい、国王陛下です」
一瞬何を言われたのか分からなかったらしい。
門番は目を瞬かせる。
それもそうだろう。普通の門番ならば夜間に国王自ら走って外に出ようとは思っていないだろう。
「へ……?」
驚いた様子の男は慌てて頭を下げる。
「あ、も、申し訳ございませんでした! ですが、何故このような時間に……」
「いいから門を開け。急用だ」
「ですが……」
まだ続きそうな押し問答にライラが苛立つのが早かった。
急いでいるというのにこんなところでいちいち説明をしているわけにいかないのだ。
「ケイス!」
「はっ!」
返事をするが早いかライラの命令内容を素早く察知したケイスナーヴが動く。
一瞬だった。
ケイスの手が降り上がったかと思うと、門番の首元に小さな針が刺さる。くらりと門番の身体が揺れる。
どさり、と彼の身体が落ちる。
「……ライラっ!」
さすがに破天荒な国王もこの異常事態に咎める声を上げる。
しれっとした表情でライラは答えた。
「この方が早いわ。大丈夫、ケイスの使う針は毒ではないから」
「はい。私は毒には詳しいですが、使用に関してはライラ様に禁止されていますから、暫く眠る程度のものです。何の問題もありません」
「そう言う問題ではない気がしますが……」
ユリウスは唖然としながら言う。
ライラは倒れた門番の服を探り、小さな通用口を開くと思われる鍵を取り出す。
「……ティナの王女殿下というより盗賊だな」
「にゃはは、言えてるー。私はそっちの方が好きだけど」
ユーカは付け加えることを忘れない。
ライラはサイディスを睨む。
「文句なら門番に顔を知られていないどっかの国王陛下に言って頂戴」
言って門を鍵で開けるライラを見て、ジンが息を吐く。
「壊さないだけマシだろう」
「まぁ、それはそうだが……」
「ライラには前科があるんだ」
急いでいる状況で鍵の束から鍵を見つけるのが面倒で魔法で吹き飛ばした経験があるのだ。
そのことを言っているのだろう。
ライラは不機嫌に言う。
「不要な破壊活動はしていないわよ。たまたまその方が早かっただけで。……そもそもあれはジンも同罪じゃないかしら」
がちゃりと通用口を開けてライラは外に出る。
文句は言ったものの止めはしなかった共犯者達がその後に続いた。