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揺らぐ太陽の韻律  作者: みえさん。
終章 奇跡を呼ぶ翡翠
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 夜になってもなお騒がしい城下町を見下ろして、国王は小さく笑みを浮かべた。

 バルコニーから見える街は明るく陽気な声をあげている。そこに広がる全てが彼の守るべき物であり、そして、守りたいものだった。

 自分の全てを犠牲にしても構わないと思っていた。この国の為、何より弟のために自身が犠牲になって済むのであればそれで良いのだと思っていた。けれど、それは違ったのだろうと思う。

 うぬぼれなのかも知れない。

 だが、自分がこの国の王であることが、国にとっても弟にとっても救い。自分が生きていなければ何の意味もないことを悟った。

「兄上、そのような薄着では風邪をひかれますよ」

「いや、大丈夫だ。外の熱気でむしろ暑いくらいだ」

「それなら良いのですが……」

 ユリウスは肩掛けを抱えながら近づいてきた。

 連日の騒動で少し疲れているのだろうか。白い顔がいつにも増して白く見えた。

 サイディスは弟の髪をくしゃりとかき混ぜる。

「……苦労を掛けた」

「いえ、私が至らないばっかりに兄上の思惑に気付かず迷惑ばかりおかけしました」

 弟は頭を垂れるように目を伏せる。

 その様子にライラの言葉を思い出す。

 僕にもう少し力があれば。

 ユリウスを真似て言った言葉。それと同じ言葉を今彼は言った。ライラは弟を一瞬見ただけであったのにユリウスの心情を兄である自分以上に理解していた。

 今もしサイディスがここに立っていなければ弟はもっと苦しみ自分を責めていただろう。誰かが彼の生ではないと言ったとしても彼は自分を責め続ける。それは彼の心に暗い影を落とし、長い年月を掛けて蝕んでいた事だろう。

 ライラはこんな所まで救ったのだなと、彼女がこの国を訪れた奇跡に感謝をする。

「お前は良くやってくれていた。俺の方こそ、お前に苦労を掛けてばかりだった。この国が今のように平穏でいられたのはお前がいてくれたからだ」

「いえ、全ては兄上のお力あってこそです」

「違う。俺はお前がいなければ国ごと諦めてしまっていたかもしれない。ユリィ、お前が俺を見限らず信じて付いてきてくれたから、俺は頑張れたんだ。……ありがとう」

 虚を突かれたような表情だった。

 彼は少し瞬いて、一瞬だけ目元を抑えた。

「……兄上がご無事で本当に、良かったです」

「ああ」

 弟の声は少し震えている。

 気が付かない振りをしてサイディスは空を見上げる。

 ついこの間新月を迎えたばかりの月はもう円に近い形になっている。照らし、見下ろす月は優しく微笑みかけているように見えた。

「父上が亡くなる直前の事だ」

「はい?」

 サイディスは月を見上げたまま言う。

「父上は王の血を絶やすなと言われた。ユクを枯らしてはいけないと。ユクは世界の始まりであり、芽吹かせるのは王家の血。……数多くある王国の中でエテルナードは一度もその血が絶えたことのない稀な国だ」

 歴史が捏造された可能性も考えなかった訳ではない。

 それでもエテルナードは創始から今の間、少なくとも冥府の王の遣いがこの国を訪れてユクを芽吹かせて以来、その血が絶えたことは無かったという。それが真実だと考えるならば、この国は王とユクの二つがあって守られて来た国だ。だから、そのどちらも絶やすことは許されない。

 だから父はいまわの際に言葉を残したのだ。

 父として言葉を残すよりも、良く治めよと王として大切なことを解くわけでも無かった。父はただ、エテルナードの王として、絶対に血を絶やしてはいけない、ユクを枯らしてはいけないと言ったのだ。

 恐らくそれが代々受け継がれてきた真実。

 身分や血筋に拘らなかった父が唯一「王の血」に拘った理由。

「俺はこの国の上に立つ者は誰でもいいと考えていた」

「兄上、またそのような……」

「国は生き物だ。変わることもあれば朽ちる事もある。治めようと思ったところで王一人には出来ることなど限られている。だから道さえ知り、それに賛同する人間達がいれば、誰が玉座に座ったところで同じだ。無論、資質ないものが治めればすぐに国はゆらぐものだが」

 自嘲するように笑ってサイディスは弟を見る。

「だがこの国は違う。玉座に座るのは俺かお前でなければならない」

 サイディスは傍らに立たせてあった剣を持つ。

 夜の闇に、仄かに光る剣。

 それはサイディスの手の中で光を増した。

「これと、ユクが何か因果あるかは分からない。だが、剣は誰が王家の血を色濃くついでいるのか理解している。この剣を扱える唯一の存在の俺たち王族は、ユクの為に存在している。玉座はその付属品に過ぎない」

 最初がどうであったのか分からない。

 おそらくユクを守る一族が、その血をもっとも分かりやすく守るために王族という形を取ったのだろう。王国であり、その王族であれば国の中でもっとも守られるべき存在。知識と、血筋を正しく受け継ぐために王家は有り続けた。

「レブスト協会の始まりの話を覚えているか?」

「王に裏切られ死んだ少女が呪いの言葉をはき続けたという話ですか? レブストが少女の魂を慰め、国を救ったという話です」

「そうだ。……その話、恐らくユクの樹の世代交代を示した話だ」

 分からないと、ユリウスが首を傾げる。

「俺は地下水道でその少女とおぼしき娘を見た」

「え……それは!!」

「俺にはあの娘が呪いを吐く者には見えない。……恐らく彼女は、ユクそのものなのだ。或いは伝承のように王と懇意にしていた娘なのかもしれない。それが何かの因果でユクを守る者になった。あの伝承にある時代、ユクは一度完全に枯れてしまった。そのために大地に様々な影響が出た」

 呪いと言われたのは恐らくその方が伝承として伝わりやすかったのだろう。レブスト教会が信仰を厚くするために王家と共に後から作り上げた話なのかもしれない。

 ともかくその時代にユクが枯れ、エテルナード全土に様々な影響が出たと考えると、話の内容が理解できる。当時の王と、あの少女、そしてレブストという誰か。それがユクの新しい種を芽吹かせそして王が国に有り続けることでユクの樹を守ってきた。

 真実かは分からないが、それがあの少女から受けたサイディスの印象だった。

「そして今、ユクは枯れそうになっている。月迦鳥が根の元で死に絶え、俺たちの力で支える故に今暫く保つことだろう。だが、さして猶予があるとは思えない。種が無い以上、俺はユクを生かす方法を探さなければならない」

「……やはりあの種は燃やすべきじゃなかったんです。写本と分離させる方法を探すべきだったんです」

「いや、それは違う。あの少女は俺にユクの写本を燃やして欲しいと言った。つまり、あれは写本と融合してしまった時点で、あってはならない存在だったんだ。ユクにとっても世界にとっても。それに……」

 言葉を促すようにユリウスがサイディスを見上げる。

 彼は僅かの沈黙の後に言う。

「万一俺の在位中にユクが枯れてしまうことがあったなら、と言われている事がある」

 弟はその言葉を聞いて怒るだろうか、それとも泣くだろうか。


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