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序章

    太陽が揺らぐ時

    世界に<ルーニャ>の歌声が響き渡る

    その韻律は

    救いをもたらす清浄の光か

    全てを滅ぼす暗黒の力か



   序章



 昔からエテルナードでは夜ユクの木の下で赤銅色の髪をもつ女と出会うと、死者の住まう冥界に連れ去られると言われている。

 その昔、銀の髪を持つ美しい少女がいた。

 まるで精霊のように美しい少女は旅の一座に混じり、歌い手として城を訪れた。その声はその麗しい姿形以上に美しく、人々を魅了した。

 それはエテルナードの若き王も例外ではなかった。王は彼女を想い、彼女も王の気さくな人柄に惹かれていった。それが周知の事実になるには時間はかからなかった。素姓の知れない少女を警戒し貴族達は猛反対をした。それは国を想えば当然のことであったが、引き裂かれた二人はそれでは諦めきれなかった。

 王は国を捨てる覚悟で少女に手紙を書いた。


 『今夜、ユクの木の下で会おう』


 手紙を受け取った少女は喜びユクの木の下で待った。しかし、来たのは王ではなく大臣の私兵だった。王の行動を知った大臣が王と少女を会わせまいと兵を差し向けたのだった。そして少女はそのまま殺されてしまった。

 王に裏切られたと思いこんだ少女はいまわの際に呪いの言葉を吐き捨てた。

 その言葉は何千年もそこに立っていたユクの木を一瞬で枯らし、少女の美しい銀色の髪は自らの血を吸って赤銅に染まった。息絶えたはずの口からは疫病と災いがあふれ出した。

 豊かな国であったエテルナードは、その日を境に滅びへと向かう。少女の口からあふれる災いに人々は次々と病に倒れ、荒れた大地には呪詛をかけられたように草木一本生えなくなった。

 もはやこの国には滅ぶより他に道がない。

 だれもがそう諦めかけた時、一人の男が現れた。

 男は自らを‘冥府の使い’(レブスト)と名乗った。

 彼は朽ちかけながらも呪いを吐き出し続ける少女の髪を撫でた。すると少女は呪いを吐き出すのを止め、その身体は塵となって消えた。男はさらに枯れたユクの木に持っていた杖を突き立てた。

 すると乾いていた大地には緑が戻り、絶えかけていた人々は生気を取り戻していった。

 そして人々が歓喜している間に男は姿を消した。

 人々は男に感謝をしレブストを祀る教会を建てた。そして二度と少女が呪いの言葉を吐かないように手厚く葬り城内の中庭に墓を作った。

 だが、時折少女は姿を現す。

 夜ユクの木の下に来たエテルナードの血を引く者を誘惑し、冥府へと連れ去っていくのだという。

 その小さな伝説はレブスト聖教会の設立の伝承から生まれた、子供に夜出歩かせないためのおとぎ話だとばかり思っていた。

 だが、男の目の前には赤銅の髪の少女の姿があった。

 ユクの木の下に佇む少女。

 白いローブを身に着け、長い赤銅の髪を風になびかせている。瞳は深い海の底のような青。美しい顔立ちで、白く輝くような左頬には血で塗られたような紋様が刻まれている。

(終わるのか)

 男は思った。

(死ぬのか、俺は)

 不思議と恐怖は無かった。

 こんな形ではないにしても、それは覚悟をしていた事だった。

 だが、まだ早すぎる。あと少し。あと少しで全てが終わるというのに。

 彼は悔やむように拳を握りしめた。

 こんなところで災いと出会わなければ、全て終わらせられたと言うのに。

「……待ってくれ」

 男は言う。

「全部終わったら、命でも何でもやるから、まだ待ってくれ」

 それは賭だった。

 真実彼女が災いの少女ならば言葉には耳を傾けず彼の魂を持ち去って行くだろう。それでも言葉にせずにはいられなかった。

 十数年、ずっと待ち続けたのだ。

 好機を。

 少女がゆっくりと動いた。

 男は少女から逃れるために後退しようとするが、足は地面に貼り付いたように動かなかった。

 少女は男の側まで近付いた。

 まだあどけなさを残す可愛らしい少女だった。その表情は悲痛そうに歪んでいる。人を冥府に連れ去ったり、呪いを吐き出すほど残忍な印象はない。否、それも悪魔のする擬態だろうか。

 男はじっと彼女を睨み付けた。

 少女はゆっくりと男の身体に手を伸ばす。

 その手は男の心臓部分に触れると青白い光を帯びた。

『……を』

「え?」

 彼女の口から漏れた言葉に男は戸惑った。

『……の、写本を』

「何だって?」

 高く澄んだ声だった。

 優しく全てを慈しむような声。掠れて大部分は聞き取れないが何かを訴えかけるようにくり返し唇を動かした。

『お願い、まだ間……う。………になる前に、ユクの………やして』

「ユクの……?」

『まだ……に合うから』

 少女は苦しむように自分の肩を抱いた。

「お、おい……」

 男は少女に手を伸ばす。

 しかし、その手は少女に触れることなく宙を掴んだ。

 透けていた。

 少女の身体はまるで霊体のように透け背後のものを全て映していた。

「お前……」

 少女は微笑んだ。

 悲しみの中、ようやく浮かべた笑み、そう言った風情の顔だ。

 その笑みを残し、少女の姿は消える。

 後に残されたのは男だけだった。

「ユクの……何だと?」

 男は呟く。

「それは、一体どういう意味だ」

 疑問に答える声はない。

 ただ虚しく夜の風の中に消えた。


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