9.ソルトウォーター
9.
「ウォーターシュート!」
開幕早々にサイダーの水魔法が炸裂する。
妹をかばいながらの片手攻撃だが威力は十分だ。
大量の水を圧縮して固めた一撃がゴーレムの胴体に見事命中する。
体を構成する土が水分を含んで重くなる。
色が濃くなって、動きが鈍くなったのが確認できる。
その上からかぶさってくるのがフレッドの撃った火炎弾だ。
次々と着弾し、ゴーレムの体から水気を奪っていく。
「火だけでは燃やせない。水だけでも固まらない。
だったら火と水を交互に浴びせ続ける。
固めて燃やしてを繰り返せばどうなるか、それをこれから見せてやる」
フレッド達の置かれている状況はこうだ。
一番立ち回りの素早い「赤」の彼が刀を振り回してゴーレムをかく乱し、燃やす役。
サイダーとサラサの「青」の魔法使いバディは離れた位置から水を放ちゴーレムの動きを制限する。
この「赤」と「青」の即興の遠近コンビネーション。
そして無色のシロが互いの色のサポートに回るこの陣形は期待以上の効果を上げた。
するとゴーレムの動きに変化が現れた。
水を吸っては乾き、また吸っては乾きを繰り返したゴーレムの体がぼろぼろと崩れだしたのだ。
「いけるぞ、ラスト一発だ」
フレッドから合図が送られ、サイダーが渾身の一撃をお見舞いする。
「ウォーターレイン!」
かつてフレッドを苦しめた大技がゴーレムに大ダメージを与える。
水分を含んで固まっただけでなく、魔法の衝撃で無数の穴があく。
炎に焼かれた後の弱った土でなければこうはいかなかっただろう。
そこへ勇猛果敢に駆け寄る剣士の姿が。
炎を噴き上げる刀を構え、ゴーレムの体を勢いよく駆け上がる。
足から胴体、胴体から頭。
そして頭から空へ。
上空から炎の落襲。
全身を業火に包まれた土の怪物は真っ黒焦げになり、うめき声のような音を出してうずくまる。
「やったか!?」
猛烈な熱気を浴びながら、サイダーが思わず声を漏らす。
ちょうどその時、灼熱の上昇気流の中を突き抜けてフレッドが空から無事着地した。
そして威勢よくつっこむ。
「やったかとか言うな」
崩れ落ちるゴーレム。
土で出来た体に次々亀裂が入りボロボロと手足がもげ落ちる。
あやうくもフラグを立ててしまったサイダーだが、やがて黒い燃えカスを残してゴーレムは土に還った。
「おどかすんじゃねえ! ちゃんとやったじゃねえか!」
以上。
四対一とはいえフレッド達の完全勝利である。
「やったな! みんなで力を合わせた結果だ!」
サイダーはサラサの元へ。サラサはシロへ。
みんな思い思いの相手の所へ駆け寄り、円形を成して互いの働きを褒め称える。
祝勝のひと時。
しかし。
拾い上げた鞘に刀を納め、仲間の下に歩み寄るフレッドの脳裏に一つの疑問が浮かんでいた。
五分か、十分か。
かなり激しく魔法戦を展開していたはずなのに。
待ち合わせを要求してきた盗賊はおろか、先に到着しているはずの味方の魔法使い達が一向に現れないのはどういうことだ。
「それにしてもだ!
事前にレイさんに教え込まれたフォーメーションが活きたな!」
「レイさんのおかげで勝てたようなもんだね♪」
上機嫌で勝ち鬨を上げているのは「青」の魔法使い兄妹であった。
馬車の中でリーダーが教えてくれていた、強い敵に遭遇した時の陣形が早速役立った。
あの打ち合わせの時間がなければフレッドもここまで上手く立ち回ることはできなかっただろう。
「それにしても遅いねレイさん。どこまで行ったんだろ」
「あの人は、もしかしたら来ないかもな」
フレッドのつぶやきに場の空気が静まる。
いつもなら真っ先に女の子の元へ駆け寄って、スキンシップと称して肩もみを始めてもおかしくないこの男が神妙な顔をして立ちつくしている。
その意味をいち早く察したサイダーが思い出したように叫ぶ。
「別のゴーレムに襲われたってことか!
だとしたら早く助けに行ったほうがいいな!」
「そうじゃねぇ」
サイダーをテンションごと押さえ込む静かな威圧感。
その空気を肌で感じた一年生達からも急激に勝利の熱が引いていく。
すこし間をあけて場が静まりだしたのを待ち、彼は自分が抱いた疑問を提示する。
「ゴーレムは土の魔物だろ?
遠くで操っていた術者は『黄』色の魔法使いで間違いない。
そしてレイさんも黄色で、あの人がいなくなった途端やつが襲ってきた。
これって偶然か?」
土を操る味方のレイがいなくなったと同時に土の魔物が襲ってきた現実。
同じ黄色の魔法使いの仕業であるかもしれないという奇妙な共通点がもたらすもの。
それは、味方であるはずの彼女が隠れてフレッド達を襲撃したのかもしれないことを意味する。
人目につかないこの森まで連れてきて、人知れず始末するために。
「おい! 滅多なこと言うもんじゃねぇ!」
サイダーが今までにない剣幕でフレッドをたしなめる。
たしなめるというより、怒鳴りつけるという表現の方がふさわしいかもしれない。
レイが裏切ったかもしれないという疑惑。
その意味を噛みしめ、その味がどんなものかを知っているかのように渋い顔をしている。
「悪い。
どうも髪の長い女性を見ると疑いの目を向けちまう」
この場の淀んだ空気を換気するためあっさり折れるフレッド。
誰とも目を合わせず、罰の悪そうに頬を指先でかきながらつぶやいた。
「そっか、こっちこそすまねぇ」
そしてらしくもなくしゅんと謝るサイダー。
この時ばかりはいつものエクスクラメーションマーク→!←これ が消えていた。
ゴーレムの崩壊で巻き上がっていた土煙がようやく収まった頃。
ある男の曇った表情にいち早く気づいた彼女が心配そうに尋ねる。
「どうしたのシロ君?」
サラサの視線の先にいる少年シロ。
力なく杖を握り、うつむいて立ち尽くす彼を気に掛ける彼女の一言で他の二人もシロに目を配る。
「あ、さては一人だけ活躍できなくて拗ねてやがったな」
ここで相棒フレッドが茶化す。
自分がもらした一言で場の空気を汚してしまったせめてものフォローだったのだろうか。
しかしこの発言は彼をますます落ち込ませる結果となった。
シロは大きなため息をもらし、その場にしゃがみこんでしまった。
「しかたがないよ。シロ君はまだ色が決まってないんだから」
慌ててサラサが頭を撫でる。
よほど堪えたのか、女の子に触れられてるにも関わらずシロは動じるどころの様子ではない。
それをヨシとしたのか。
仲の良い弟をなだめるようなお姉さんぶった口調で励ます。
「フレッド! ちょっとは言い方を考えたらどうだ!」
そしてサイダーはいつもの調子を取り戻す。
先ほどまでの真剣な雰囲気ではなく、普段のハイテンションなサイダーだ。
「ごめんなさいフレッド先輩。
やっぱり僕なんていないほうが」
ヨシヨシと頭を撫でられながらの涙声でシロが言った。
小さな体をさらにちぢこませて怯えるように震えている後輩の姿。
その両脇では二人の「青」の魔法使いが鬼の形相で立ちはだかる。
「あー、それはなー」
予想外に精神的ダメージを負っていたシロに面食らい、さすがに罪悪感が芽生えたのか。
周りの視線に耐えられなかった様子で気まずそうにしているフレッド。
彼は知っている。
かつて美少女エルザと戦った時に見せたあの未知の現象がシロの魔法によるものであることを。
そして現実味を帯びた仮説を立てている。
それはシロが、四つの色のどれにも当てはまらないタイプの魔法使いであるということだ。
その仮説を本人にも、学園の教師にも話さずにいた。
もう二度と同じ悲劇を繰り返さないために。
その時だった。
ドスンという鈍い衝撃。
背中に伝わる強烈な痛みを受けてフレッドが前のめりに倒れる。
他の三人には一体なにが起きたのか視認できなかったが、その答えは彼の背後に隠れていた。
先ほどのゴーレムが頭と右腕部のみ再生している。
そして相変わらずの不気味な目線で照準を付け、後ろからフレッドを襲ったのだ。
腕を構成している土を飛ばしたのか、フレッドの背中には鋭く尖った土の塊が突き刺さっていた。
シャツに染み出す鮮やかな赤色模様。
背中から横腹を伝いポタポタと地にしたたる己の血液を見て、絞り出した声でフレッドがつぶやく。
「逃げろシロ、サラサちゃん」
駆け寄ってくる二人を突き放すように言い放ち、再び刀を抜くフレッド。
この場にいて唯一名前を呼ばれなかったサイダーも杖を構えながらやってくる。
「やけにあっさり倒せたと思ったらゴーレムめ!
最初から本気なんて出しちゃいなかったんだ!」
疲労困憊の連戦でも二人はまだ諦めず戦おうとしている。
なぜなら二人とも大の負けず嫌いだから。
しかし今はそれ以上に、自分達の後姿を見つめている後輩を守るために戦っている。
彼らに情けない格好は見せられないから。
その気持ちを踏みにじるかのように立ちはだかる土の怪物。
大地に埋もれていた左腕部を岩盤ごと持ち上げ、魔法使い目掛けて投げつける。
ガラガラと音を立てて落ちてくる大地が轟音と土煙を巻き上げて迫る。
魔力を消耗しきった今のフレッド達では太刀打ちできない圧倒的規模が全てを飲み込んでいく。
「シロ!」
地鳴りの最中、彼の名を呼んだ。
姿は見えないがその名を呼んだ。
ガス欠の火を吹きながら今にも消えそうな妖刀のともし火を見つめながら彼に向けて言葉を残す。
「もしこの瓦礫に飲まれても生きていられたら、お前だけでも逃げろ。
絶対にだ」
応えは返ってこない。
だがフレッドは続けて言った。
最後の力を振り絞って闘志を燃やし、刀を振り上げながら叫んだ。
「こいつには絶対に勝てないからだ!」
そして舞台は闇に包まれた。
続く。
この章は4部立てでお送りします。