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黒の魔法使い  作者: ハルシオン
第三章
8/40

8.最悪の展開

8.


挿絵(By みてみん)サイダー&サラサ兄妹。



「可愛い女の子だと思ったか? 俺だよ!」

「失礼しまーす」


 勢いよく扉を開けて入ってきた二人組は、とても見覚えのあるお揃いの寒色系の髪の色をしていた。

どちらも「青」の魔法使い。

バディであり血のつながった兄妹で、かつてフレッドとシロを苦しめた二人組。



「おぅ、サラサちゃんが一緒に来るのか」


 フレッドの頬に一筋の雫が滴り落ちる。

後ろのシロも釣られるように顔がこわばる。

しかし彼女だけはますます明るく振る舞うのであった。


「はい。

出来る限りサポートさせていただきますんで、よろしくお願いします」



 女の子にここまで言われて引き下がるのは男じゃない。

そう言いたげな顔をして、親指を立てて返事をするのがフレッドという男だ。


「任せとけ。

サラサちゃんが危ない目に遭わないよう全力で前衛を務めさせてもらうぜ」





 ここで二章のおさらいだ。

「青」の魔法使い、サラサ。

透き通る水色ショートカットの美少女で、その性格は小川のせせらぎのように清らかで穏やか。

しかしひとたび嵐が吹けばその色はまたたく間に濁流へと変わる。

事実、魔法の力で演習場に広大な湖を作った先月の一件の張本人である。



 一年生でありながら火事場の馬鹿力とはいえあの水量。

色による相性だけでなく、やはり魔法は基本的に女性のもの。

男が訓練や道具で身につけた程度の魔力など、女が潜在的に有する魔力に比べればただ水流に翻弄されるがままの小石のように微々たるものである。





「ってあれ? お前いつの間に仲良くなったの?

ていうか女と喋れない設定を無視するなよ」


 そんな彼女となにやら良い感じに会話が弾んでいる相棒の姿をこの男が見逃すはずがなかった。

このシロという少年は女性が大の苦手で目を合わせることさえはばかられるほどの人見知りだ。

その男がこの水色の美少女と、ややぎこちなくではあるが男というクッションを挟まずに会話を繰り広げている。

この事実に一番びっくりしているのが当の本人でなくなぜかフレッドであった。



「設定とか言わないでください。

全くしゃべれないわけじゃないですし、授業で分からないところとか教えあってるんですよ」


 おずおずっと言葉を返してくるシロ。

目をつけていた女生徒と生意気にも仲良く談笑するその光景が彼にとっては不愉快であった。

すぐにでも頭を小突きたいところではあるがこの場の女子生徒達の目に免じ、その拳をゆっくりといさめながらも疑問を彼女に投げかける。


「そんなの俺に聞けばいいじゃん」



「フレッド先輩は怖いからイヤだし、兄に聞くのもイヤなんです」


 サラサの返答はばっさりだった。

やはり演習場での一件の傷跡は大きい。

もちろん湖の底に沈められた男二人のトラウマも計り知れないものがあるだろうが、彼女もまた被害者なのだ。

心に受けた衝撃はそう簡単には消えない。



 だって、女の子だもん。



「だからってそんな、」


 情けなくもサラサにすがるフレッド。

態度を一変させ、ずぶ濡れの子犬のような瞳を演じてみても彼女の反応は変わらない。


「とにかくその二人はもう私にとって論外だったんです。

消去法でシロくんが残ったの。ねー♪」



 首をかしげた可愛らしい仕草で同意を求めるサラサだが、条件反射でビクつくシロ。

どうもまだ完全に打ち解けてはいないようだ。





「そろそろ行きましょう」

 会話の途切れ目に三年生レイが口を挟む。


「よーし、じゃあ出発だ」



 こうして俺達の冒険は始まった。

目指すは西の森のうち捨てられた旧校舎。

おそらく過酷な旅になるだろう。

盗賊や獰猛な野生動物とも遭遇するかもしれない。

俺達の足代わりとなる馬達だって守って進まなくちゃいけない。



 でも心配するなよサラサちゃん、レイ姉さん。それと腰巾着。

危ないことはなにもない。

なぜならこの学園が誇る「赤」の最強剣士フレッドさまが同行しているのだから。

近づく不埒な輩はこの刀一本でばったばったとなぎ倒してくれるわ。



 それでも怖くなったり、寂しいと感じることがあればその時は遠慮することはない。

だまって俺の胸の中で泣きな。

大丈夫。

この四人パーティの中に、俺達の親密なひと時を邪魔する奴なんていないんだから――





「俺を無視すんな!」


 背後から、おなじみのビックリマークを付けて奴が声を荒げる。

そう奴こそが先月フレッドと対決した「青」の魔法使い。

サラサのバディであり、同時に血のつながった兄貴でもあるサイダー君。

冒頭以来ひさしぶりのセリフであった!





 そんなこんなで廃宿舎まで辿り着いたのだった!



「着くの早くね?」

「いいんだよ」


 何がいいんだよと訝しげな表情を浮かべるサイダーはひとまず置き。

大して敵と遭遇することなく目的地まで辿り着いたフレッド、シロ、サイダー、サラサ、そしてレイ一行。

たった四行のスペースの間も彼らは馬車に長時間揺られ続けていた。

ひさしぶりに地に足をつけ、誰の合図があったわけでもなくみんな思い思いにストレッチを始める。



 それにしても妙だ。

「人の気配が無いな」

辺りを見渡しながらフレッドがつぶやく。

「人の気配とかわかんのかよ!」

サイダー、つっこむ。

とはいえだだっ広い森の中、すでに到着しているはずの先発隊の姿が見えないのは確かだ。



「私は辺りを見てきます。

君達は宿舎の中で待機していなさい」


 そう言ってパーティのリーダー、レイが静かに歩き出す。

一人で大丈夫だろうかと不安な気持ちはあったが彼女は優秀な魔法使いなので問題はないだろう。

それよりもここまでの移動で疲れが溜まっている。

ここは素直にリーダーの指示を仰ぐことにした。



「あー、長旅で疲れたなー」

 積み上げられた石畳にどかっと腰を下ろしてフレッドが言う。

「ずっと座ってただけだろが!」

サイダー、再びつっこむ。

彼は移動中の馬車の中でもこうやってフレッドに釘を刺し続けていた。

でないとドンドン馬車の中が、フレッドの悶々とした熱気に飲まれてしまうからだ。



「俺みたいな高貴な人間は馬車の揺れとかが堪えるんだよ。

ほら、今もまだ揺れてる感覚が残ってるよ」

「たしかにそうですねー」

よいしょと腰を下ろしながらシロも相槌を打ち、場に穏やかな空気が流れようとしていた。





「ちょっと待って。これ、本当に揺れてない?」


 気になる言葉を発したのはサラサ。

「青」の魔法使いは周囲の環境の変化に人一倍敏感である。

かすかな振動でも波紋が起こる水の特性を持つタイプだからだろう。


 同じ「青」であるサイダーの意見は真逆だった。

「俺は何も感じないが!」

「そんだけテンション上げてたらそうだろうよ」

今日はじめてツッコミが逆になったフレッド。


「ウルサイダーもこう言ってることだし何もないって。きっと疲れが出たんだよ。

ひざ貸してやるからゆっくり休みな」

ぽんぽんと叩いてひざを差し出すフレッドの好意を、サラサは丁重に拒絶する。



 その時、大地が勢いよくせり上がる。

鳴り響く轟音。

轟く振動。

木の枝で休んでいた数十羽の野鳥達は激しい喧騒と共に飛び立った。

しかし地面の上にいる四人はあまりの振れに立つことさえ出来ない。

転ぶまい、

離されまいと必死になって大地にしがみつくことしかできない。





 振動が収まったかどうかという時。

巻き起こった土煙の向こう側から放たれる鋭い眼光を四人は感じた。

ドスン、という重い振動。

もう一度、ドスン。

徐々に徐々にその音が近づくにつれて、より強く視線が肌で感じ取れるのが理解できる。



 その巨大な歩く物体は、先ほどの衝撃で傾いた木々を持ち上げて現れた。

体長七~八メートルはあるだろうか。

ゴツゴツの肌。

いびつな体型。

全身土の色をした一つ目の怪物。

あまりの迫力と威圧感から一年生コンビ、シロとサラサは震えて立ち上がれなくなっていた。

その場から逃げることさえ考えられず、ただ視線だけが外れずこのデカ物を見つめていた。



「ゴーレムだと? どうなってんだよ」


 真っ先に立ち上がり、剣を構えたのが「赤」のフレッドだった。

負けじとほぼ同時に杖を構えたのが同じ二年生で「青」のサイダー!


「こんなでかいの相手にしてらんねえぞ!

土のゴーレムってことは召喚した魔法使いは『黄』色だ。相性が悪すぎる!」





 四色に分けられる魔法使いの色は、互いに相生相克の関係にある。

「青」は赤に勝ち、「赤」は緑に勝つ。

黄色に勝ち得る色は「緑」。

だが。

この場に緑の魔法使いはいない。

唯一同じ色で対抗し得る三年生のレイはまだ戻ってこない。



「だからって素直に逃がしちゃくれねえし、なんとかするしかないだろ。

それに俺の辞書に逃げるなんて文字はねぇ」


 勢いよく妖刀の鞘を投げ捨て、文字通り闘志を燃やすフレッド。

一ヶ月前のサイダーとの戦いで見せたのと同じ炎の剣だ。



 フレッドの炎はただ燃やしたり、壁を作って防御に当てるだけではない。

刀に力を込め、フン! と一振りすると複数の炎の矢が飛ぶ。

それらはまっすぐゴーレムの巨大な胴体に着弾したが、マッチ棒に等しい火ではこの化け物の進撃を食い止めるまでには至らなかった。





「やめろ! お前の火力じゃこの土は燃やせねぇ!」


 少し離れた位置からサイダーが静止をかける。

杖を下ろしたその両腕は、恐怖で動けない妹の両肩をがっちりと掴んでいる。

二人までの距離を確認すると少し安心したようにフレッドが命令する。


「サラサちゃんをつれて離れてろクサイダー」



 キライな奴にこんなことを言われて、黙っているサイダーではない。

「生意気なこと言うな! あと誰が臭いだ!

とにかく少しでも逃げ回ってレイさんと合流するんだ!」


 彼の説得に耳を傾けつつも、今度は自分の相棒のシロとの距離を確認し、再度ゴーレムと向き合うフレッド。

その瞳に恐れや迷いが全く無いわけではなかったが、

少なくとも勝つ気だけは満々に満ち溢れていた。


「見くびるなよ。

まだ手はある。

ここにいる全員が協力すれば、この怪物を倒すことができる」



 作戦を打ち立てている間にも、ゴーレムは一歩ずつ確実に迫ってきている。

ドスン、



 ドスンと。



 続く。

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