7.ピクニックに行こう
7.
「素晴らしい輝きだ」
月光に照らされた部屋に一つの人影あり。
掌に収まるその輝きを見つめる眼差しは、それとは対照的に薄黒く濁っている。
その煌めきを見失わないよう両手で優しく包み込み服の中へしまう。
辺りが闇に飲まれる頃、その人物の姿も静かに消えていた。
「というわけで、盗まれた秘宝を探してもらいたい」
魔法学園の教師アカヒゲに呼ばれた二名の生徒。
一人は二年生で、魔法使いでありながら異国の刀を使って戦う「赤」の剣士フレッド。
彼の後ろについて入ってきたもう一人は一年生。
しかし入学からひと月が経過しようというこの時期になって未だ魔法使いの「色」が判明していないシロ。
魔法使いの色は戦うためだけの属性にあらず。
その色は外見だけでなく、性格や物の考え方などの内面にも深く影響を及ぼす。
「なんで俺がそんなことしなくちゃいけないんだよ。
しかもこんな、魔法も使えない奴と二人旅だなんて危なすぎる」
燃え盛る炎のように遠慮がないフレッドは下級生や教師にも分け隔てなく物申す生徒。
「だまりなさい」
これに同じ「赤」の教師アカヒゲが威圧感を持ってたしなめる。
名前や色のとおりこの男もまた心に熱い情熱を灯して教職に就いている。
口元には渋いヒゲも生え揃っているが、
だが黒毛だ。
そのヒゲを指先でもてあそびながら教師は言う。
「これは君たちへの救済策でもあるのですよ」
これまでの問題点をおさらいしてみよう。
一、入学二日目からバディの後輩と一年生を学園の敷地内で戦わせる。
一、その翌日には別の一年生を刺激し、演習場の土地をダムに変えた。
さらにこれまで職員室に「赤の二年生がひどい」と女子生徒達から多数の苦情が寄せられている。
ここだけの話、
シロが来る前からも彼は何かと揉め事を起こす学園の問題児であった。
二年生に進級させても改善の兆しが見られないフレッドに、ついに学園側も重い腰を上げたということだろう。
それでも学園は、生徒に無理難題を押し付けたりはしない。
黒いヒゲを上下に動かしながらアカヒゲ先生が付け加える。
「もちろん君達二人だけに行かせたりはしない。
レイ君入りなさい」
ヒゲの合図を聞くや一人の生徒が奥から姿を現した。
「わ゛っ!」
その人物の姿を見た途端フレッドがのけぞる。
シロもリアクションこそは薄いものの目を見開いて固まってしまう。
「す、凄い髪型」
教師アカヒゲに招かれて入室した女子生徒。
彼女の黄土色の髪の毛がまるでツタのように自身の体に巻きついている。
両腕はフリーだが服の上から体の周りを二回り。
全部まっすぐに伸ばしたら軽く地面に届いてしまうだろう。
「三年のレイよ。色は『黄』色の土系統」
大人びた声に落ち着いた物腰。
少し失礼な言い方ではあるが、どっしりとした印象を与える女性だ。
「あ、あぁ土か。それは助かったな」
黄色の土と聞いた途端フレッドは安堵の表情を浮かべる。
互いに作用しあう魔法使いの四つの属性。
四色の上下関係において、黄色は「青」に強く「緑」に弱い。
フレッドが持つ「赤」とは対等に位置する付き合いやすい相性なのだ。
ちょっとちょっととシロが呼ぶ。
一ヶ月たっても彼の女性に対する付き合い方は変わらない。
初対面の女性と話すときなどは原則的にフレッドが間に入らないと会話にならないのだ。
そんなシロがいつも以上に肩をすくめて尋ねてくる。
「黄色って確か、入学当初に知り合ったエルザさんと同じ色ですよね」
黄色の魔法使いエルザ。
シロと同じ一年生でありながら強力な雷の魔法をバンバン扱う美少女である。
詳しいことは第一章に記されているため説明は省くが、
結果的にシロは彼女にコテンパンに痛めつけられた経緯がある。
それ以来電気や「黄」色の人間に対して異常におびえるようになってしまっているのだ。
「一口に黄色と言っても色々と系統があるのよ。
赤は火、青は水といった具合に分かりやすいのに対し、
黄色はさらにそこから雷と土の二種類があるの。
厳密には雷と土の両方ともを扱える三種類に分けられるんだけどね」
フレッドの影に隠れるシロに優しい口調で語りかける三年生レイ。
彼女はさらにそこから今回のミッションについての説明を始める。
「今回盗まれたのは学園の秘宝『コスモプラネット』。
惑星を模した形の貴重な宝石であり、それ自体が強大な魔力を蓄えたマジックアイテムなのよ。
古くは学園の創設者エルが女王から寄贈されたものを代々守り続けてきたんだけどね。
物が物だけにこれまでの歴史上たくさんの盗賊や魔法使い達に狙われ続けてきたとされているわ。
五重のヘキサロックをかけた秘密の部屋に安置されていたのだけれど、いったいどうやったのか一晩のうちに奪い去られていたらしいわ。
そしてその部屋には犯人が残したと思われる書き置きがあったの。
西の森の奥に学園が昔使っていた宿舎があり、コスモプラネットにかけられたロックを解除できる人間をそこに連れて来いという要求よ。
必要な手順を記したメモと鍵は用意してもらったわ。
あとは私たちが先に出発したチームと合流して実行犯達を捕まえる。
もちろん危険な任務だから戦闘になったら私と先発隊の面々が相手をする。あなたたち下級生には周囲の見張り仕事をしてもらうわ」
熱心に状況を説明するレイ。教師アカヒゲが口を挟むまでもない。
フレッドとシロはふんふんと頷きながら彼女の話に耳を貸している。
…ぶっちゃけ。
二人とも彼女の髪型のインパクトが強烈過ぎてそれどころではなかった。
「着替えるの大変そうだ」
「脱がすの大変そうだな」
などと、
それぞれ自分勝手なことを想像させてしまうほどの破壊力が彼女の巻き付き髪には内包されていた。
とにかくやることは決まった。
秘宝の名前は長くて書きにくいからコスプラとでも略そう。
フレッドとシロがやるべきことはこのレイという女生徒に付いて行き、盗人を捕える手伝いをすること。
「なんにせよ三年生が一緒なのは心強いな。
レイさん。道中は俺達が貴女の盾になるから大船に乗った気でいてくれよ」
フレッドの威勢のいい言葉に笑顔で答えるレイ。
不安げな表情を浮かべるシロを引っ張って退室しようとするフレッドを教師アカヒゲが止める。
「待ちなさい。
君たちと同期のバディがもう一組同行するから、まずはこの部屋で打ち合わせだ」
「もう一組?」
その言葉を聞いてシロの表情が若干ではあるが晴れる。
それ以上に喜びを隠せない様子なのがフレッドであった。
「おうおう、数が増えるのは良いことだ。
魔法使いは群れれば群れるほど強くなるから頼もしいな」
そう言ってますます上機嫌になって舞い上がる。
「また女の子が増えるわけだしな!」
内なるフレッドの顔がそう叫んでいた。
女好きの彼にとってはしょうがない。
圧倒的女子在籍率を誇る魔法学園において、自分たちのようなイレギュラーを除けば通常は女子が二人増える計算になるのだから。
そう、通常は――
そのバディはほどなくやってきた。
彼女らはまるで扉の前で話を聞いていたかのようにタイミングよく入ってきた。
そしてバディの片割れは集まったメンツを見回すと、声を大にして言い放つ。
「可愛い女の子だと思ったか? 俺だよ!」
見覚えのあるシルエット。
聞き慣れたその声を聞くや否や、二人の頭上にもくもくと雨雲が立ち込めてきたのであった。
続く。