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黒の魔法使い  作者: ハルシオン
第十二章
38/40

37.ミスティンカリバー

37.



 オークロッテ魔法学園、学園祭。

年に一度の盛大なこの催し物に各国から人が集まる中、ある魔法使いの企みが事態を大きく揺るがしていく。

救世主であるはずの「白」色の魔法使いが、学園の全教師および全生徒を洗脳の魔法に掛けた。

ひし形の大陸にひしめき合う他国の脅威から守るために。

「あの人を止めるんだ」

彼女の野望を阻止すべく、彼女をよく知る魔法使い達が立ち上がった。

元バディの後輩フレッド。

そしてフレッドの現在のバディ、シロ。


 以上、ざっくりとこれまでのいきさつをまとめてみた。

学園の最上階にてフレッドとシロが、「白」の魔法使いロロロと接触している頃、学園の正面玄関では大混戦が起こっていた。

雨雲と共にゴーレムの群れが攻め込んでくる。

これを迎え撃つのは二人の「青」の魔法使い達。

この学園のバディにして血のつながった兄妹でもあるサイダーとサラサ。

彼等のうちの背の高いほうが呪文を唱え終えると、ゴーレムに向かって激しく言い放つ。

「これで終わりだ! スーパーウォーターレイン!」

いつも以上に高いテンションで放った大技が、体長七メートルはあるゴーレムの大群を蹴散らす。

かつて第三章で相対した時に使用した水魔法「ウォーターレイン」を遥かに凌駕する規模の水球がゴーレムの体をバラバラに引き裂いていく。

「すごい」

思わず驚きの声をあげたのは、隣りで見ていた妹のサラサ。

魔法の名称こそ「スーパー」を付け足しただけだが、その名に恥じないあまりの破壊力には感心するしかなかった。

しかしゴーレムは表情一つ変えずに圧倒的物量でなおも進軍してくる。

「全然数が減ってないよ。もう一回」と兄を促す妹。

ところが彼女の兄サイダーは、輝きを失った腕輪を振りかざしながら言った。

「これで終わりだ! って言っただろ! 一回きりの大技だ!」

「かっこつけんなバカ兄貴! ぎゃーゴーレムがきたぁ」

悲鳴混じりの叫び声をあげてサラサが頭を抱えたその時だった。

しなって唸る植物の鞭。

地面を突き破って現れた無数のツタが、風切り音とともに縦横無尽に駆け回る。

ゴーレムたちはまるで箸を通された豆腐のようにすんなりと崩れていった。


 魔法使いの四色における力の上下関係を思い出してほしい。

「黄」色の魔法で造られた土の怪物ゴーレムは「青」の水魔法は吸収するが、大地に根を張る「緑」の魔法には弱い。

地面から這い出たこの植物を操る魔法使いの正体を、サラサは姿は見えずとも過去の経験から分かっていた。

「アイリーフお姉さま!」

「ミスティーッ!」

妹がハートマークを付けて名前を呼ぶさなか、兄の方は怒りマークを付けて目標の名前を呼んでいた。

「お前なんだろ! この雨を降らせてるのは! いつまでもコソコソと隠れてんじゃねぇ! 出て来いミスティ!!」

ゴーレムの影がまばらになった学園の正面玄関が静寂に包まれる。

耳に届くのは自分たちの息づかいと、シトシトと降り続く雨音だけになった。

すると目の前にポツンとある水溜まりが突如ゆっくりと波打った。

かと思いきや、蛙一匹すら潜れそうにないその水溜まりから前髪の長い男子生徒がぬっと顔を出した。

男子生徒はそのままずるずると少しずつ全身を現していき、最後は水溜まりの上に立ってみせた。

「なんかプルプルしてるよ」

サラサが指差す標的は人の形をしていながら風雨に揺れ、気持ち透けていた。

「また泡の分身かよ! そうやって逃げてたって何も変わらないって言っただろ!」

サイダーの呼びかけにミスティと呼ばれた水の分身は何も答えない。

一層強さを増す雨の音に、彼の怒号はかき消されていくばかりであった。

まるであの時のように。



「お前も説得しろよ!」

 早朝の広場にバカでかい声が響き渡る。

青いミディアムヘアーの魔法使いが、短髪レッドの魔法使いを責め立てている。

両者は正にこの時、ミスティの今後を巡って口論をしていた。

「なんでだよ」

「この学園で数少ない男子仲間なんだぞ!」

「はっ。ハーレム作りが目的の俺にとっちゃ、ライバルが一人減る計算になるな。ますます説得なんかしてやらねー」

フレッドが目指すハーレム楽園にはもちろん男は含まれていない。

加えて険悪な関係にあるサイダーの願いをも踏みにじれるとくれば、これはしたりと言った表情でその場を後にする。

「おいまてコラ!」

後を追いかけようとするサイダーを、今度は背後からミスティ自身が止めにかかる。

「いいんだよサイダー。僕のためにしてくれてるのはありがたいけど、もう」

「いいことあるか! 友達に! 相談もなしに! いきなり学園を辞めるなんて言われてよぉ!」

ビックリマークを付けるたびに大げさなまでの腕の動きを見せるパフォーマンス。

しかしこんなことで自主退学の考えが変わるほど、ミスティの決断も軽いものではなかった。

「ごめんね」

「ごめんじゃねぇ! 一体何があった! お前の魔法で何が見えたんだ!」

面と向かって立ち、ミスティの両肩をつかむサイダー。

その手は力強く、まるで彼の心まで掴まえようとしているようだった。

「僕は見てしまったんだ」

「なにを見たんだ!」


 ミスティは遠く離れた場所で起きた出来事を、水晶を通して見る魔法が使える。

第三章で秘宝が盗まれた際に、暗い部屋でずっと様子を見ていたのは何を隠そうこの少年だ。

水滴を飛ばしてそこに映る景色を水晶に投影させる「青」の魔法。

手元にハッキリと映し出されたその時の光景を彼は目撃してしまった。

とある「赤」色の魔法使いが、「黒」の魔法使いに変わる瞬間を。

凄絶。

なんて一言で語れるものではなかった。

今も網膜に焼きついて離れない光景。

耳を塞いでも反響し続けるこの世のものとは思えない叫び声、うめき声。

当事者である女子生徒が苦しみのたうち回る様は、十六歳の少年を絶望させるに足る破壊力を持っていた。

その時のことを彼に話したことはない。

言えば最後、世話焼きの彼はきっと大声で周りの人間に助力を求めるに決まっていたから。

ミスティは自分と同じ色を持つ同年代の友達に同じ思いを味わってなど欲しくなかった。


 その内向的な性格に目を付けられ、こうしてかつての友と対峙することになろうとは。

あれからお互いに髪が伸びた。

ミスティはまるでもう怖いものを何も見たくないかのように前髪を伸ばした。

対照的に伸びた後ろ髪をなびかせながらサイダーは魔法を放つ。

「ウォーターカッター!」

上下に別れた鋭い水の刃がミスティの水分身をズタズタに引き裂く。

人の形を留めきれず崩れ落ちていく分身の影に本体を見つけるや続けざまに魔法。

「ウォーターシュート!」

「バブルドーム」

足元からブクブクと膨れ上がる水泡が全身を覆っていく。

サイダーが放った水弾が表面の泡を突き破っていくも、それ以上の速度で内側から発生する無数の泡がバリアの役目を果たしている。

ついには魔力も底を付き、泡に包まれたかつての友を前にひざをついてしまった。

「どうしてだよ!」

より一層増した雨音にかき消されないくらい大声を張り上げるサイダー。

「お前はこんなに強いじゃないか! 勉強だって俺よりも! フレッドのバカよりも上だった! それだけの強さがあってどうして悪い方に向かっちゃうんだよ!」


「弱くなりたくないからだ!」

 遠くから。

とても離れた場所から、か細くも真に迫る声が聞こえた。

「僕はサイダーとは違う。いつもその場のテンションに任せて、困った時には大声を出してやり過ごすような君に、見たくもないものまで見えてしまう僕の気持ちなんて分からないよ!」

ミスティが叫んだ。

この雨がそうさせたのか。

彼の目から流れ落ちていたものは雨? それとも涙?

「バブルボム」

呪文を唱え終えると掌からマスカットサイズの小さな水球がポンと一つ、また一つと増えていく。

やがて一房のぶどうのように膨らんだ水の粒々は彼の手を離れ、爆発。

一粒一粒が泡の爆弾と化して、動けないサイダー目掛けて次々炸裂していく。


「アクアバリア」

 ミスティが放った泡爆弾はすべて、すんでのところで障壁に阻まれた。

サイダーはウォーター。

ミスティはバブル。

とくれば当然、この水の結界魔法を使った人物は絞り込まれる。

サイダーを中心にまるっとドーム状に張られたバリアは、彼の後ろで守られていた妹のサラサが唱えた魔法。

攻撃をすべて防いでなお維持された守りの中でサイダーは涙していた。

「サラサ! お前ってやつは…!」

そこまで言いかけたところで妹はばっさりと言ってのけた。

「勘違いしないで。私は兄貴のこと大ッ嫌いよ」

「はうっ!」

友達に続いて妹にまで辛辣なことを言われてしまったサイダーはもう心身ともにズタボロで地面に倒れこんでしまった。

もはや虫の息かと思われた兄の前に立ちふさがったサラサは、兄の友を正面に見据えて宣言する。

「でも、お兄ちゃんを馬鹿にする奴はそれ以上に嫌いよ。こんな兄貴でも私を大事に思ってくれてるんだからね」

兄を呼ぶ二人称がフラフラしているが、いずれにせよ言われた当人にとってはご褒美に値する妹の反応であったことには間違いない。

シスコンに命をかけている彼にとっては魔力が回復せずにはいられない時限イベント。

シスコンが吠える!

「ウォーターボール!」

苦し紛れに発射された水の球がミスティを襲う。

しかし、先ほどまで展開されていた魔法合戦からの余り有るスケールダウン。

ノロノロと飛んでくるそのスピードに魔法をぶつけるまでもなく左に身をかわすことに成功した。

魔法にばかり気をとられていたミスティは、自分の目の前に人影が迫っていたことに気付かなかった。


 ゴツン☆

水の球を隠れ蓑に接近したサイダーは渾身の頭突きをお見舞い。

両手で頭を押さえながら尻餅をつくミスティ。

「ちょっとは目が覚めたか! 前髪ばっか伸ばしてるから周りが見えなくなるんだ!」

グルグルと星が回る頭に、かつての友の声が落ちてくる。

その声は震えていた。

思えば最後に彼の姿を見たのはいつだっただろうか。

水晶を通していろんな景色を見てきたが、ずいぶん長い間友達と顔を合わせて話をしていない気がする。

妹。

笑った友達の顔を最後に見たのは、まだ見ぬ妹の話を聞かされていた時だったような気がする。

「来年は妹が入学してくるんだ! お前となら絶対仲良くなれるぜ!」

今はもう遠くに聞こえる友の声。

「もうそんな時期になったんだな」

今もなお続く鈍い頭の痛みをさすりながらミスティはつぶやく。

そして立ち上がり、同じ目線の高さで友に語りかけた。

「サイダーの気持ちは伝わったよ。だけど僕も、仲間のためにここで立ち止まるわけにはいかないんだ。だから…」

垂れ下がった前髪が依然としてミスティの目元を覆い隠している。

しかし雨の雫によって束ねられたわずかな隙間から、鈍く光る「青」色が見て取れた。

「分かった!」

それを認めたサイダーは一言だけ返事をした。

その答えを聞いて、ミスティは少しだけ笑ってイヤリングを光らせた。

「僕を止めてくれるかい?」

「当たり前だ!」

サイダーの力強く大きな声での即答にどこかほっとした表情を見せるも、すぐにミスティは距離を取って呪文の詠唱に入る。

一方のサラサも兄の下に追いつき、小雨になってきたのも束の間すぐにでも第二ラウンド開始の様相を呈している。

「バブルダブル」

「アクアライン」

両者、同時に魔法発動。

かたやあちらこちらの水溜りから大量に発生した泡の分身。

かたやサラサの魔法は水の光線。

一本の威力は低いものの、数十本のラインが目にも止まらぬスピードで分身達を蹴散らしていく。

そしてサイダーもまた最後の力を振り絞り、この戦いに身を投じていくのであった。



「青の魔法使いってのはどいつもこいつもネーミングセンスが酷いのはなぜじゃ?」

 この場に唯一居合わせた違う色の彼女がふと思った。

そんなことは誰にも分からない。

科学的な研究もされていません。


 とにもかくにもこの学園正面玄関の攻防戦は、唯一身を潜めて行動している「緑」の彼女が鍵を握っていることだけは確かだった。

相性でこそ優位に立ててはいるものの、敵ゴーレムの圧倒的な数を前にめげそうになっているのが本音であった。

それでも隙を見つけては、持参した木の実をポリポリと口に運び魔力の補給に努めている。

そして侵入を試みるゴーレム軍団のいずれをも水際で食い止めている。

学園の変人と名高きアイリーフらしくない行動だ。

一体誰に感化されたのだろうか。

「エルザ、無事でおれよ。そしてなるべく早く頼むぞ、シロ君や」

彼女はそうつぶやき、曇天の空を仰いだ。



 続く。

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