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黒の魔法使い  作者: ハルシオン
第十一章
36/40

35.打ち上げ花火の絆

35.



雷気(サイト)


 黄色の魔法使い、エルザの呪文。

雷系統に属する彼女の魔法は電気を精製して放つだけが能じゃない。

人間の体からは常に微弱の電気が流れている。

エルザはその電流をレーダーのように探知し、対象の人物が今どこにいるのかを探し当てる魔法を使う。


 ところが現在、電波が受信できない環境にいる模様。

「ここしばらくシロ君の気配がまったく読めないの。人がいっぱいいるせい?」

電波が込み合っている可能性を疑うエルザ。

しかしフレッドは分かっている。

「ちっ、まんまと術中にはまりやがって」



 白色の魔法使い、ロロロの術中。

光ある所には影ができる。

しかしあまりに眩し過ぎる光は、時に影もろとも対象物を遮ってしまうことがある。

ロロロと会う時間が増すごとにシロは強過ぎる光の影響を受けてしまっていた。


「映画どうだった?」

 またしても二人は、人が出払っているあの教室で待ち合わせをしていた。

彼女が羽織っている淡い水色のコートが窓から入り込むそよ風でふわりとたなびく。

「すごく良かったです。ロロロさんも一緒に見に来ればよかったのに」

「ありがとう。でも人混みって苦手なの」

フレッド達が置かれている状況など露知らず。

暢気にシロは憧れの女性との二人きりのシチュエーションを満喫していた。

その女性が机に腰掛けながら話す。

「素敵なお話でしょ。善も悪も無い。圧倒的な力で全てをまとめて、最後はみんなが笑っている」

今この大陸の各地で争いの火種がくすぶっている。

東西に分かれた二つの巨大国家、イリスア帝国とウルスラ民国。

互いに領土拡大を目論む両国の戦いの犠牲になるのはいつも弱き者達だ。

さらに北方にはその二国をも制する力を持つと囁かれている大国が天険に守られそびえ立っている。

「そうですね」


 教室にしばしの沈黙が訪れた。

シロにとって、それはとっても素敵な時間に感じた。

大好きな女性と同じ部屋で過ごし、同じ空気を吸い、同じ映画の価値観を共有し合う。

それでいて不思議と緊張を感じることもなく。

なんて居心地が良いんだろう、などという感想は次のロロロの一言によってかき消される事となる。


「魔法使いなんてものが存在しているから、いつまで経っても争いがなくならない」

 彼女の突然の発言に、シロは目を丸くした。

「えっ?」

「魔法。それ即ち、悪魔の方法。

たかがヒトが自然現象を意のままに操り、道理を捻じ曲げて無理を通す。

そんな魔法使い達がこの世界にのさばってていい理由なんてあるはずがないんだ」

シロは魔法使いだ。

火を操るフレッドは魔法剣士と呼ぶのが一般的だが、魔法使いかただの人かと問われれば前者だ。

そして発言者であり、聖女だの救世主だのとさまざまな呼び名があるロロロだって同じく魔法使いだ。

まるでそんな自分たちが滅びてしまえばいいとでも云わんが言葉に戸惑い、どう答えればいいのか分からずオロオロしているシロを横目に彼女は言った。

「だからって私達が滅びなきゃいけないの? 冗談じゃない。

私はこのオークロッテを、他のどの国に攻めこまれても負けない強い国に作り変えてみせる」


 ロロロの言葉を、シロはつい最近聞いたばかりだ。

左手に抱えている映画のパンフレット。

その物語の中に登場した、悪い魔法に支配された大臣と同じように。

「いじめられるくらいならいじめる側になれ」とはフレッドの教えであるが。

この大陸に置き換えるといじめる国といじめられる国の二種類が存在していることになり、後者のままではいたくないという彼女の心境が分かりひとまずホッとしたのであった。


 しかしロロロという女子生徒はいつだってシロが考えもしていないことを言ってはアッと驚かせてきた。

だから今日も仕掛けてきた。

「前に話した質問の、シロ君の答えを聞かせて」


 バディが違う色同士で組まされている理由。

夏休みに彼女から出された宿題であり、その答えを探すために色々と調べ回ったものだ。

知り合いの魔法使い達からいっぱい意見をもらった。

以前レイの介入によってうやむやになったまま数日が経過し、それでも答えを見つけることが出来なかった。


 先程とは打って変わっての気まずい沈黙。

ロロロはそれをシロの回答と受け取り、机から立ち上がった。

「私が話した回答は覚えてる?」

くるっと振り向いて尋ねてきた彼女にシロはおずおずと言った。

「勝手に教え合うと『黒』の魔法使いを生む危険性があるから…」

「あんなの建前だよ。

すべての色を混ぜ合わせると『黒』になり、戦いに最も適した魔法使いがたくさん生まれる。

いろんな色の魔法使いが集まれば強い魔法がたくさん生まれる、他の国が容易に踏み込むことの出来ない強い国に生まれ変われる。

だから創設者エルはこの学園を作ったのよ」


 意外ッ!

かつて宿題と称して出されたその答えにもっとも近かったのはなんとアイリーフの絵の具理論。

そして魔法使いにとっての最大の弱点は一人でいること。

戦闘中自ら無防備状態を作り出す呪文の詠唱を、群れれば群れる程に妨害される確率が低くなるからだ。

ロロロは続けざまに言った。

「色は揃った。

『黄』色のレイがオークロッテの地下一帯に大きな空洞を作った。

『青』色のミスティが水を循環させる。

『赤』の担当はシロ君もよく知っている子だよ」

いつからそこにいたのだろうか。

シロの背後に「黄」色のレイが。

その斜め後方に――シロにとっては初対面だが――「青」色のミスティが立ちはだかる。


「僕はその作戦に従えません」

 背後からの二つの視線と、目の前にいる全てを見透かすかのような視線から外れることなくシロは言い放った。

彼女が具体的に何を始めようとしているのかは分からない。

けれどもロロロ達がしようとしていることは、学園祭を楽しみに集まった多くの人達を危険に晒す行為であるということは直感で分かった。

そうなったらここに来ているはずのアップル。

いやアップルだけじゃない、今ここにいる三人以外の危険が危ない!


 自らの行いを否定されつつも、シロの成長をロロロは素直に嬉しいと感じていた。

初めて会った時の、か弱い少女のような面影はもうない。

少し背が伸びて、少し肌が日に焼けて、ほんの少し逞しく見えるようになった。

そんな彼にこそロロロは隠さずに本当のことを伝える。

「ごめんねシロ君。作戦に必要なのは四色だけなの。

そこにわたしのホワイトが混ざることで準備が完了する。『黒』の魔法は必要ない」


 てっきり作戦に組み込まれているものと思っていた「黒」の魔法がまさかの戦力外通告。

「それじゃあ、僕はなんでここに呼ばれたんですか?」

次から次へと繰り出される彼女の予想外の言葉の数々に翻弄されるばかり。

考えをまとめることだけで精一杯なのに、にも関わらずロロロはトドメを刺すかのように言った。

「シロ君のブラックはせっかく混ぜ合わせた四色を台無しにしちゃうの。敵にしたくないから手元に置いておきたかっただけなの」


 グラリと何かが崩れる音が聞こえた気がする。

絶対の信頼を寄せていたはずの女性に、忌み嫌われながらも自分にとって誇れる唯一のものともいえる魔法の力を否定されてしまった。

「そんな。やっと僕の本当を分かってくれる人だと思ってたのに」

声に抑揚が入らない。

視界が霞んでいく。

足は震えている。

涙は出なかった。

その理由は分かっている。

ずっと前から知っていたからだ。

だけど気づいていないフリをして日々を過ごしてきた。

でも、憧れの彼女に面と向かって拒絶されたことでようやく本当の意味で理解できた気がした。

そのことを再確認するという意味で、シロは涙が出なかった理由を自然と口に出してつぶやいていた。


「僕は誰からも必要とされていない」


 その言葉を引き金にして場の空気が一変した。

シロの周囲に発生した黒い闇のカーテンのようなものが彼の姿を覆い隠す。

物理的なものではなく一目で「黒」の魔法であることが分かった。

しかしまたしても呪文も唱えずに。

エルザの電撃を打ち消した時や、秘宝奪還の任務でゴーレムを撃退した時と同じでなにがどうなっているのか分からない。

分かっているのは先の発言が意味する内容。

そしてこの黒い闇のカーテンの隙間から漏れ聞こえてくる聞いた覚えがある声だけだった。


「あの子よ」

 あの日の保健室で、蔑視の眼差しと共に降り注いだ声。

思えば「黒」の魔法使いとして認知されるようになってからシロの学園生活は一変した。

魔法が使えない落ちこぼれの男子から一気に危険度MAXの人物へと。

「いるだけで迷惑な 周りがどんな風に思ってる 厄介極まりない」

夏休みを目前に控えた食堂で耳元で聞かされていた三つの声が重なってやってきた。

その内の一つが半年間一緒に生活してきたバディの声であること。

彼なりに気を使ってくれていたのは分かっているが、それはバディだからであってシロという個人を見てのものではない。

これが本音なのだ。

「さぁおいで、赤くて小さなお姫様」

「またねシロお兄ちゃん」

打ち上げ花火が夜空を彩ったあの日の景色まで垣間見えてきた。

三日間という限られた時間の中でたくさんの思い出を作ったアップルと、そんな少女を迎えに来たルービックスおばあちゃん。

もしかしたらあの日の別れを悲しんでいたのも自分一人だけで、彼女の方は新たな環境にひそかに心を躍らせていたのかもしれない。


「もうすぐだよ。シャクちゃん」

 次の隙間から覗き見えたのはロロロの姿だった。

淡い水色のコートを羽織っている彼女は場所を移し、開けた空間に佇んでいる。

傍らにいるのは彼女の腰くらいの背丈の女の子。

すぐにその場所は特定できた。

オークロッテ学園校舎の屋上にそびえ立つ円柱状の塔。


「いましたわー!」

 またもや聞いたことがある声。

しかしさっきまでよりハッキリと鮮明に聞こえる。

目の前にモカとメローネがいて、そしてバディの先輩が二人の後ろから近づいてくるのが見えた。

いつの間にか黒い闇のカーテンはどこかに消え去ってしまっていた。



「ロロロにやられたか」

 先程まで話し込んでいた教室から、少し離れた渡り廊下の隅で座り込んでいるシロのことを見下ろしながら彼の先輩が言う。

他の女子二人とは違い、しゃがみ込んで目線を合わせようなどという配慮が一切無い。

それどころかすぐにこの場を後にしたい様子の彼はまたも頭上からキツイ言葉を落としてきた。

「ロロロを止めにいくぞ。立て」


「夢じゃなかったんだ」

 シロはまず、蚊の鳴くような声でつぶやいた。

あの教室でのやり取りから一体どれほどの時間が経っているのか分からないが、もはや時計を探す努力をするのも億劫だった。

腕時計はしていないしポケットの中には携帯電話も入ってない、てゆうか魔法大陸にそんな便利な機器があるかよ!

依然として周りの景色がぼんやりしていて思考もうまく働かない。

もう何もしたくない気分。

そもそも自分なんかが何をしたって意味が無いという気分だった。

しかしそんな思いとは裏腹にいきなりゴツイ男の手が降りてきて、ガシッと荒々しく彼の左腕を掴んだ。

彼の体ごと引きずり上げようとするその手から逃れようともがいてみるも男の手は離れない。

なので、シロは右手でその手を掴みおもいっきり爪を立てた。

反撃に怯んだ隙にバシッと払い除けてようやくシロはその手の正体が何者であったのかを確認した。

そこにいたのは腰に刀を差して赤い頭をした、シロのバディの先輩フレッドだった。

フレッドがそこにいることを確認するなりシロは顔を伏せ、まるで自分自身に言い聞かせるかのように声を張り上げた。

「僕のことなんてほっといてください! どうせ僕は誰からも必要とされてないんだ!」


「いまさら気付くな」

 フレッドは手厳しかった。

「貴方という人は! ちょっとは慰めるフリでもしてあげられませんの」

モカも大概だった。

そこで同学年のメローネがなんとか前に出て落ち込んだ友人を励まそうと試みるが、その健闘は虚しく阻まれてしまった。

もはや目の前の景色がぼんやりとしか映っていないシロ自身によって。

「だってフレッド先輩はちっとも僕のことを認めてくれないじゃないか! 僕はこんなにがんばってるのに! こんなに苦しんでるのにっ!」


 シロの独白。

不幸な星の元に生まれてきた自分。

それは魔法学園に入学して自分が邪悪な「黒」の魔法使いであることが判明する以前の話にまで遡る。

体が弱くて運動が苦手。

まるで女みたいだと同学年の男子達にからかわれ、家に戻れば他の姉妹達から馬鹿にされた。

そしていざ魔法学園に来てみればバディの先輩は事あるごとに厄介な奴と組まされたと愚痴をこぼす。

だったらもうどうなったって構わない。

エルザでもメローネでも気に入った相手と組めばいいじゃないかと、もはや投げやりな態度を隠そうとはしなかった。

「誰も僕のことをわかってくれない。ロロロさんはそんな僕に進むべき道を示してくれたんだ。僕の居場所を明るく照らしてくれたんだ」


 それなのにどうして。

ロロロに見放されたショックでシロの頭の中は真っ白になってしまっていた。

彼女の「白」の魔法が、「黒」である彼の精神を覆ってしまっている。

彼女が言う絵の具理論に例えるなら、全ての色が混じり合って生まれる黒色を唯一変化させることができるのは白い絵の具だけ。

「赤」と「青」の先輩方が常に対立しているように、対極に位置するカラーがもたらす影響は非常に強いのだ。


「そうか。それが本音か」

 後輩の心の叫びを聞き、フレッドもうつむいてしまった。

これまでにもシロは何度か反抗的な態度を示したことがあったが、ここまで真に迫った抵抗は未だかつて無いことだ。

爪を突き立てられて痛む右手をかばいながら、少なからず動揺が走った。


 ガッ。

次の瞬間、フレッドは怪我をした右手でシロの胸ぐらを掴んでその軽い体を勢いよく持ち上げていた。

そして一蹴。

「甘えんな!」

抵抗する間もなく恫喝されながらも、未だ光が宿っていないシロの瞳を彼はまっすぐ見つめながら言った。

「もうお前の泣き落としは見飽きてんだよシロ。

俺はな、例えばメローネちゃんの頼み事なら命を投げ出しても構わない覚悟を持っている。だがお前みたいにウジウジ後ろ向きな奴はどんなにツラが可愛かろうが騙されてやんねえよ」

鬼気迫る二人。

その傍らで突然名前を出された「緑」の少女はその告白に喜ぶに喜べず、なんとも困ってしまった様子。

そしてこの場にいて唯一名前を呼ばれていない「黄」色の女子生徒もまた、なんとも渋い顔を浮かべてしまった。


 そんなことはお構い無しにフレッドの口撃は続く。

「ふざけんなよ。自分一人がツラいとか思ってんのか。

苦しい思いして生きてるのが世界中でお前だけだとでも本気で思ってんのか。

誰のおかげでお前は追い出される事なくここに居られてると思ってんだ。

あの時も…」

思い出される西の森での激闘。

結果的にはシロがゴーレムを撃退したことになるのだがそれまでの経緯、フレッドやサイダー達が守ってくれなければ生き延びることは出来なかっただろう。


「あの時も…」

 性格の悪い二人組に嫌がらせを受けていた時もフレッドに助けられた。

後日知らされたことだがエルザも陰ながら協力してくれていたらしい。

それだけじゃない。

みんなで海に行った時も、アップルのことで悩んでいた時も。

シロの周りにはいつも助けてくれる誰かがいて、なのに自分が誰かの為にしてやれたことなんてとても少ない。

「あの時も! 全部。お前は何も成し遂げちゃいない。

全部そばでお前を助けてくれた奴等がいたからだろうが。

そんなことも気付かねぇで、俺の忠告を無視してあの女に会ってやがったとはな」

そう言ってフレッドは掴んでいた手をぞんざいに放した。

支えが無くなり、それでも倒れまいと足で踏ん張るシロ。

だがその努力及ばずデンと尻餅をついてしまう。

痛かった。

色々な意味の痛みが彼の全身を覆っていた。


「来いシロ! お前は今までどおり俺の後ろを付いて回る金魚のフンでいろ。

居場所が欲しいなら俺のとこにいろ。俺が暗闇を照らす打ち上げ花火になってやる」

 そこまで言い切ってから、フレッドは背中を向けて来た道を引き返していく。

「じゃあ突き飛ばすなよ」なんて言っちゃあいけない。


「魔法の基礎も出来てないくせに、理論に口を挟むなんて生意気なんだよ。黙って俺の言うことを聞いてればいいんだ」

 ロロロから出された宿題の答えを求めてフレッドに質問した、あの日の彼が寄越した回答が思い出される。

黒い闇のカーテンはどこにも見えない。

今、シロの目に見えているのは仲間達の姿と、あの時彼が言い放った言葉の本当の意味。

フレッドは面倒くさがって適当なことを口走った訳じゃなかった。

先輩が前を走っててくれるんだから、その背中を追いかけながらゆっくり自分なりの答えを探せばいいんだ。


 目が覚めた。

一気に視界が晴れて、心配そうに見守るモカとメローネの表情が伺える。

その向こうに先輩の姿が見える。

どんどん遠ざかっていくその背中を見失わないように、シロは元気よく返事をして立ち上がった。


「はいっ!」



 続く。

この章と次の章(最終章)は4部構成になります。

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