34.ホーリーフレア
34.
「シロ君」
オークロッテ学園祭の幕が上がった。
多くの人でごった返す学園内をあっちにフラフラ、こっちにフラフラ。
なかば先輩と喧嘩別れのような形になってしまったが不思議とあまり罪悪感もなく。
何を見て回るでもなくその足は待ち人のいる三階の教室を目指して動いていた。
「シロ君」と二回目の呼び掛けでようやく彼は背後の人影に気付き振り向いた。
そこにいたのは同学年で共通の趣味を持つ女子、メローネ。
やっと気付いてもらえたことへの嬉しさからか優しい笑顔で彼女が話す。
「ひさしぶりだね。良かったら一緒に回ろ?」
好きな女の子からのデートのお誘いだ。
たとえグループ行動であろうと、男子なら誰もが夢見る学園イベントである。
後ろには彼女のバディの先輩、モカがくっついている。
そしてその後方にはなぜかアイリーフ先輩もいた。
緑の先輩のバディである黄色の一年生の姿は見えない。
黄色の一年生、エルザは物陰にいた。
レンガの柱の影からこっそり広場の様子を伺う彼女に、ここにも背後から近づく人影があった。
「あ、エルザちゃんだ」
突然の呼び掛けに目を丸くして振り向くエルザ。
「えっと…、サイダーにサラダちゃん」
「サラサだよ!」とハイテンションの兄のように名前の間違いを指摘する。
兄妹揃って学園祭見物とは珍しい。
しかしその兄妹を見慣れていない彼女にとってはさほど珍しい光景に映らず、視線はすぐに元の広場の方へと向く。
「フレッド君と話してるのって、前に森に同行してた人?」
視線の先にいるのはフレッド。
そして彼と対面で距離をとっている女子生徒が一人いる。
「レイさんだよ」とサラサが答える。
「あの人ずっと行方不明になってたっていうけど帰ってきたんだね」と、エルザが確認の意味も込めて口走る。
「え、なにそれ」
「え、なにそれ」
エルザ、思わずオウム返し。
「え、なにそれ」
釣られてサラサもオウム返し返し。
二人の話が噛み合わない。
レイという女子生徒が行方不明になっていたこと。
シロとエルザは覚えている。
サラサは覚えていない。
「レイさんが行方不明って、お兄ちゃん知ってた?」
「なんの話だ!?」
妹からの質問に、一緒に森に出かけたはずの兄サイダーまでもが忘れてしまっている。
もちろんこれまでの話を振り返ってみれば分かるとおり、三年生のレイが行方不明になっていたことは不変の事実である。
両者の証言の食い違いの理由は、この後明かされます。
「森でゴーレムを差し向けたのはあんたか?」
開口一番。
挨拶もそこそこに早速事情聴取をはじめるフレッド。
彼は森で起きた一連の出来事をはっきりと覚えている。
「まさか。それよりゴーレムを相手に頑張ったそうだね」
こちらも話が噛み合わない。
肝心のレイ自身、自分が行方不明になっていたことを覚えていない様子。
「まぁいい。あんたがクロでもシロでもやることは同じだ」
そう言って妖刀に手を掛けるフレッド。
スーッと音も無く鞘から引き抜くなり、次の瞬間には刀身が彼女のどてっぱらを貫いていた。
「ちょっ!」
遠くから眺めていたエルザ達はこの突然の事態に驚きの声を挙げずにはいられなかった。
話し声が拾えないことを差し引いても、フレッドが理由もなく一方的に人を刺したようにしか見えなかったのだから。
「いきなり何を…」
そして攻撃されたレイ本人も動揺を隠すことが出来ない。
かと思いきや。
目を見開きながら思わず刺された腹部に手を伸ばすや、フレッドが仕掛けた攻撃のトリックに気付く。
落とした目線はすぐに彼の方へと向き直される。
彼女のその威圧的な眼差しを確認するなり彼は言ってのけた。
「俺は髪の長い女は信用しないって決めてるんだ」
自身の胴体を二周りさせてなお余りが発生するほどの長髪の持ち主レイ。
そして彼の先輩にして彼が最も危険視しているロロロもまた風にたなびくほどのロングヘアー。
ロロロが初めて姿を現した第四章にもそのものズバリなタイトルが添えられている。
詳細は割愛させてもらうが主にこの二名の存在が、フレッドにこのような決意をさせた要因になっている。
フフフと低い笑い声。
刀で自分を刺した相手を目の前にして、レイは一歩も退くことなく立ちはだかる。
つり上がった口元。
依然として腹に突き立てられたままの刀に腕を伸ばす。
その手を勢いよく払うと刀もろともフレッドの姿がユラリと揺れた。
「はじめから気づいていたのか。この魔法は用心している相手の心をもすり抜ける効果があるのに」
「伊達に一年間あいつとバディ組んでねーよ」
と、ここでネタばらし。
陽炎剣。
熱を利用して幻を見せる、「赤」の魔法を利用したフレッドの必殺技。
もちろん本当に貫いたわけではなく、胴体を突き抜けた妖刀の切っ先にも血は一滴も付いていない。
一歩二歩とレイが詰め寄ると、彼の姿はろうそくの火のようにゆらゆらと揺れ出す。
二人の位置が重なると煙のようにたちまち彼の姿は消えてしまい、やがて虚像の後方十メートルの位置にフレッドの実体が浮かび上がるように出現した。
「お前等、なに企んでやがる。さてはあの地震もあんたの仕業だな」
森で別れたあの日以降、オークロッテ一帯で頻発していた地震。
あの地震が自然現象でないとするならば、発生させ得る事が出来るのは「黄」色の魔法使いしかいない。
そしてこれまで不自然な行動を取っていたレイの背後にいる人物の正体にも彼は気付いている。
「なるほど。全部お見通しと言うわけか。
だったらもう隠し通す必要はないね。
察しの通り、私は森で君達と別れて以降ずっと学園に戻っていない。
この地域一帯に根を張り巡らせる為に各地を回っていたからね。
そしていざ学園に戻る際にも、ロロロの魔法のおかげで誰もこの違和感に気付くことは無い。
これから何が起きるか楽しみにしてるといいよ」
魂胆がバレていることを悟ったレイは、これまでの経緯をペラペラと喋ってくれた。
実に分かりやすくて助かる。
そういえばかつて秘宝奪還の任務に着いた時にも、これまでの経緯とこれからの作戦内容を分かりやすく話してくれたことがあった。
そして意味深な台詞を最後に置いて、彼女は踵を返して広場を後にする。
「なに勘違いしてやがる」
フレッド、再度抜刀。
しかして今度は幻影ではない。
疑いが確信に変わった今、もう手を抜いてやる理由はない。
「逃がすわけねーだろ」
斬った。
いや。
背後から左肩めがけて切り下ろした刀は、彼女の肉を裂いたかと思いきや硬い何かに阻まれて止まった。
骨ではなく、皮膚でもない。
切れた服と彼女の肌との間になにかがある。
妖刀はその物質に食い込んだままピクリとも動かせない。
それならばと魔力を込めてみせるも炎すら出せない。
両手で柄を握り必死で力を込めるフレッドを横目に、レイは涼しい顔で言った。
「勘違いしてるのは君の方だ。チャンスを与えてもらっていることを自覚するんだね」
その時、レイの足元後方から湧いた水。
地面の隙間からブクブクと水泡が湧き上がり、その泡の中から一人の男子生徒がぬっと姿を洗わした。
野暮ったく前髪を伸ばしていること。
そして背中を曲げたうつむき姿勢のせいでその生徒の目元を確認することはできない。
そんな彼が、抑揚の無い声で彼女に報告をする。
「準備終わりました」
「ミスティ!!」
物陰から突如上がる叫び声。
その声に続いて例のハイテンション男、サイダーが飛び出してきた。
慣れずにずっとじーっと広場を眺めていたせいか、いつもよりビックリマークが一つ多い。
バカみたいにデカイ声と、鬼の形相で迫るむさ苦しい顔にフレッドびっくり。
レイも驚いた様子でビクンと肩を震わせる。
けれども水泡と共に現れた青い髪の男は一切の動揺を見せず。
全速力で向かってくるサイダーを一目見るやすぐに視線を逸らしてレイの右肩、つまりフレッドの刀がめり込んでいない方の肩に手を置く。
そこからはまたあの水泡がブクブクブクと凄まじい勢いで湧き上がって彼等の全身を包んでいく。
刀を阻む手応えがなくなると同時に再度斬り付けた時、すでにレイ達はそこにいなかった。
残されているのは足元に滴る水溜まりのみ。
「逃がした」
水面に映る自分の顔を眼下に、悔しそうな一言が漏れる。
「ちょっとちょっと」
真っ先に飛び出したサイダーから少し遅れて、二人の女子生徒がフレッドに尋ねてくる。
「一体全体なにがどうなってるのよ」と、エルザはまず状況の説明を求める。
「今そこ水溜りみたいになってたよ」と、サラサはレイ達が消えた地面を指差している。
「どうやら『青』色の共犯者もいるらしい。心当たりは…、あるみたいだな」
ミスティ。
聞き慣れない単語を大声で張り上げてやってきた男を見ながらフレッドは言った。
当の本人はその言葉が聞こえていないらしく、二人が消え去った後の広場をキョロキョロと見渡している。
「エルザちゃんに頼みがある」
刀を鞘に収めながらフレッドが言った。
「なに?」
「あのバカを探して、引きずってでも俺の所に連れてきてくれ」
探し人の名前が彼の口から出てこない。
とはいえ心当たりは一人しかいない。
全てが謎だらけの中で、どうしても一つだけ確かめたかったその言葉を飲み込んでコクリとうなずくエルザ。
一方その横では「青」色のこの男が大声で叫んでいた。
「まさか…! お前の仕業なのか! ここに戻ってきてるのかミスティ!」
「お兄ちゃんうるさい」
続く。
本来は「洗わした」じゃなくて「現した」が正解なんですけど。
漢字変換で最初に出てきたことと、描写としては洗剤みたいな泡がイメージなのでヨシとしました。