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黒の魔法使い  作者: ハルシオン
第十章
32/40

31.解凍シマシマパン

31.



「あれ? シロはどこ行った?」


 シロが立ち去った後の赤組の教室内で、そわそわしている男がいる。

それはつい先刻、公衆の面前で彼のことを怒鳴りつけた彼の先輩フレッドに他ならなかった。

シロとのいさかいのことなどすっかり忘れてしまっていたかのように問いただしてくるこの男に、隣りで作業をしていた女子生徒が返答する。

「さっき怒りながら教室出てったよ」

「そっかー。あ、そこの白いペンキ取ってくれない?」

そう言って答えだけ聞くや、ケロッとした態度で作業に戻る。


 フレッドが学園祭に積極的な理由。

それは彼の出身地が祭りが盛んに催される地方であることも去ることながら、同色同士で協力し合う学園祭のシステムにも関係がある。

フレッドは大の女好き。

それとは裏腹にバディという関係上、男の後輩と行動を共にすることが多い。

全学年から女子生徒が集結するこの機会はフレッドにとって数少ない出会いの場となり得る。

一緒に行動できるのは「赤」組の女子生徒に限られるものの、まだ準備中であるにも関わらず現在の教室の様子を見よ。

前も隣りも横も、後ろを振り返ってみても女子だらけ。

これはもうある意味ハーレムが形成されているといっても過言ではない男女比率である。


 彼が嬉々として、枠からはみ出した赤色を白いペンキで修正している頃――



 目が回りそうだ。

視界がぐるぐると回転し、意識がはっきりしない中でもシロの瞳は彼女の姿を捉えていた。

ロロロに魔法の色を聞いたとき、彼女はまるで想定外の答えを返した。


「白」


 いきなり呼び捨てにされ、思わず思考停止するシロ。

に、

「実際に見せたほうが早い」とロロロは右手を掲げ、手首にはめられたシルバーの腕輪が魔法反応を示すと――



 気が付くとあたりは、先程まで二人がいた中庭の噴水脇ではなくなっていた。

日が傾き始め、若干薄暗くなったとある教室の一角。

魔法によって移動してきたロロロの色は、奇しくもそれを目の当たりにした彼の名前と同じだった。


 救世主、聖女、賢者、指導者、女神。

それらが「白」色の生を受けた歴史上の者達の数々の呼び名。

彼女らは人々から尊敬され、畏怖もされ、神聖なる存在として崇め奉られてきた。


 ロロロは「白」。

それは「黒」の魔法使い以上に稀有な、六番目の色を持つ魔法使いの属性。



 あまりの出来事にめまいがしそうになるのをこらえるシロ。

一瞬にして地点移動を行なった反動か、足元もふらつきそうになる。

そしてようやく焦点が定まりだした彼は慌てて頭を下げ、開口一番に謝罪した。

「ごめんなさい。そんな凄い人だなんて知らなくて馴れ馴れしく」


 とかく遠慮しがちな性格のシロ。

シロでなくても、学園の魔法使いなら誰だって彼と同じ行動を取ったであろう。


 しかし彼女は、シロの頭を見ると申し訳なさそうな顔をした。

「謝らないでよ。むしろシロ君と話せてすごく助かってるんだよ」

 ぽんと肩に置かれた手。

その手は冷たくて小さかった。

「今日だって教室の空気に耐えられなくて逃げ出して、ずっとシロ君のこと探してた」

「僕のことを?」

顔を上げて聞き返してくるシロの眼を見て、ロロロはまたいつもの優しい表情で言った。

「私のことを分かってくれる数少ない仲間だもん」



 ここで注釈を入れよう。

黒の魔法使いは特殊な場合を除き、後天的に「黒」に変化する場合がほとんどである。

もともとは四色のいずれかだった者が魔法を使い続けるうちに色が濁り、黒く染まる。

つまり魔法使いなら誰もが「黒」の魔法使いに変わり果てる危険性を孕んでいるということ。


 それに対して、色が決定した後から「白」に変化したケースは確認されていない。

白の魔法使いは生まれたときから白の魔法使いとしての未来を宿命付けられている。

さらに「白」は魔法を使い続けるうちに四色のいずれかに変化する場合がある。

つまり、歳月を重ねるごとに白の魔法使いの数は激減していくのである。



「この色のおかげで友達なんてできなかった。

慕ってくれる人はいたけど、それと同時にこの力を利用しようとする人間もいっぱい見てきた」


 魔法使いは大陸の支配者ではない。

機械に囲まれた生活をしている者。薪を割って生活している者。限られた資源を他の国と奪い合っている者。

それら全部が一緒くたになっているのがこの大陸だ。

歴史の深い国も出来たばかりの国も全部まとめて、この小さなひし形の大陸に押し込められている。

自然、他所の国との衝突は絶えない。


 全ての魔法使い達の頂点に立つ「白」の魔法使いは決して恵まれた立場にはいない。

あまりにも特異なその存在は戦争の兵器にも、外交の道具にもなる。

魔法の技術を欲する他国民の手によって拉致される事件も、依然としてあるのだ。


 そんな彼女に、シロはどんな言葉を掛けてあげればいいのか分からない。

あの男ならなんて答えたのだろう。

一年前、彼女の隣りにいたあの男は優しい言葉の一つでも掛けてあげたのだろうか。



「教えてあげよっか」

「はい?」


 また心を読まれたのかと思いきや。

一転、シロについての話に切り替わっていた。

「シロ君の魔法の正体は闇だよ」


 魔法使いの四色+α。

「赤」は火、「青」は水といった具合に魔法使いは自らの色から連想される属性を有している。

珍しい「白」と「黒」も、性質は他のスタンダードな四色とさほど変わらない。

色のイメージどおり光と影、陰と陽。


 第一章のエルザ戦では電撃を吸収し、第三章ではゴーレムを消し去った黒い霧の正体は闇。

詳しい原理の説明は省くッ! が、およそ普通の魔法使い達には出来ないことが「黒」のシロには出来る。


「何度も使って薄々気付いてはいましたけど、やっぱりそうなんですね」

「私のは光。さっきのテレポートみたいなのは光の速度で移動しただけだし、原理を把握すれば他にも応用できるんだよ。

そしてそれはシロ君も一緒。他にも色々見せてあげるよ」


 そう言いながら、彼女は服の裾から見慣れた紙袋を取り出す。

この際ロロロは何も言わなかったがこれも「白」魔法の応用で、離れた場所に置いてある紙袋を瞬時に自分の手元に呼び寄せた。

決して服の中に隠し持ち続けていたのではない。


「あ、そうだ。結局答えはみつかった?」


 そして思い出したように話題を変え、以前シロに出題しておいた問題の回答をせがむロロロ。

なぜ、学園の教師達が違う色同士の魔法使いをバディとして組ませているのか。

一見するとデメリットばかりが目立つこの学園のバディシステムの疑問を彼女は提示する。


 今までにまとめた話を総合するとさまざまな説が出てきた。

違う色、つまりは違う系統同士で知識を深め合うためだったり。

相性が悪くても仲良くすることで様々な危険が回避できるためだとか。


「フレッドは何て言ってた?」

 ふむふむと頷きながら聞いていたロロロが尋ねてくるので、シロはありのままに答えた。

「余計なことを考えずに言うことを聞けー。って」

あはははははは。教室中に笑い声が響く。

「フレッドらしいなぁ。一年前も『貴女の力は借りません』ってつっぱってたんだよ」

大きく口を開けて笑う彼女に、今度は逆にシロが質問してみる。

「ロロロさんはどう思ってますか?」


 その時ようやく彼女は紙袋からカチカチのパンを取り出した。

机の上に無造作に置かれたそのパンは霜が降りていて、触れずとも凍っていることが見て取れる。

彼女がその場から手をかざすと、暖かい空気の流れが出来ているのが感じ取れる。

フレッドの荒々しい炎が生み出す熱気とは違う、穏やかで安らぐ暖気。

居心地の良い陽気にまどろみそうになる中でロロロは質問に答える。


「四色の魔法は程度の差はあれ専門性が高い。だから生徒同士でうかつに教え合うことを禁じているんじゃないかな?」

「どうしてそんなことを?」

「だって学園の教師より生徒の数の方がはるかに多いもの。生徒達が結託して、強力で危険な魔法を勝手に教えあったりしだしたら大変なことになると思わない?」

「生徒達が強く成長する分には好ましいんじゃ…?」

「その結果、悪い心を持った魔法使いが増殖していったとしたら?」


 互いに疑問符を付記した意見の応酬。

そのやり取りはロロロの言葉で終わりを迎えた。

魔法を覚えるだけなら魔法書さえあればいい。

教師を雇って学園を運営して魔法を教える場があるのは、魔法の習得に際しての事故を減らす為にある。


「もしかして学園が推奨するバディ制度は、黒い魔法使いを生み出さないためのシステム?」

 バラバラに飛び散っていたピースがシロの中で一つの塊になりつつあった。

そして彼女が先程机に置いたパンを見て、彼はもう一つの可能性をも感じていた。


「もしかして回答と解凍を掛けているのか?」


 そういえば彼女はいつもパンを食べているな。

ロロロが生み出す陽気に当てられ、白くカチカチに凍っていたパンは次第に小麦色へと変貌していくのを見ながらシロはそんなことを考えていた。



「なんだロロロ。こんなところにいたんだ」

 開け放たれていた教室のドアから大人びた女子生徒の声が届いた。

そこでシロの思考はまたもや停止を余儀なくされる。


「ぢょっ!?」


 目を丸くするとはまさに今の彼の状況を言うのだろう。

あまりの不意打ちに自分でも聞いたことのないような声が出てしまう。

隣りのロロロはのんきな声のままだが、それでもシロの突然の奇声に不意をつかれて困惑した様子だ。

「えへへぇっ。どうしたのシロ君、変な声出して」

「いやいやいやいやいや!? なんで、どうして貴女がこんなところに?」

間髪いれずにシロは指摘する。

思わず指を差しながら。


 そんな彼のことなど気にも留める様子も無く、その大人びた女子生徒はツカツカと教室の中に進入してくる。

シロやロロロよりも高い背丈。

スカート着用の女子生徒が大多数である学園内では珍しい黒のスラックス姿。

だがなによりも圧巻なのは、そのスタイルの良い身体にぐるぐると巻きついているある物の存在であった。


「ひさしぶりねシロ君。具体的には第三章ぶり」




 というわけです。

次のお話に進む前に正体を予想してみてくださいね。



 続く。

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