表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒の魔法使い  作者: ハルシオン
第九章
30/40

29.一振りの格差

29.



 バディシステムへの疑問。

学園の教育方針により二年生と一年生が二人一組のペアをある意味強制的に組まされている。

その中にあって大多数の生徒がパートナーとは別々の属性を有している現状。

その組み合わせには一体どんな意図が隠されているのか。


 邪悪なる「黒」色を持つ少年シロは、仲間に掛け合って色々な回答を受け取ってきた。

ある者は友好な人間関係を築くため。

またある者はどんな状況に立たされても生き抜くため。

中にはキャッチボールどころか投げっぱなしのまま話を打ち切られてしまった者もいた。

だが話を聞いた全員に共通していたのは、皆何かしらの回答を出すことが出来たということであった。


 シロ自身の回答はまだ見えてこない。

だから少年は、いよいよ一番身近にいる彼が持っている回答が知りたくなった。

もしかしたらその回答が真実に辿り着く鍵になるのではないかと信じて――



 学園内をズンズン徘徊する「赤」の男子生徒。

食堂から中庭を抜け、そして渡り廊下へと差し掛かる。

彼の背中を追いかけながら後輩シロが痺れを切らしたように話しかける。

「教えてくださいよー」

「だから何をだ」フレッドは顔だけ振り向く。

「もちろんバディが別々の色で組まされる理由についてです。それとマジックアイテムに関するエピソードも」


 右手に持つ布に巻かれた妖刀を指差してみる。

この男は拾っただけと語るも、そんな簡単に入手できるレベルの刀じゃないことは誰が見ても分かる。

鞘から抜いただけで火が出る剣。

正当な金額で買おうと思えばそれこそシロの持つ高級品の杖に相当する値が付く業物のはずだ。

それを取得した経緯、是非とも聞いておきたいというものだ。


「二つもいっぺんに話せねーよ。せめて優先順位を決めろ」

 シロ、ほとんど考える間もなく人差し指を天に向けながら答える。

「じゃあ色の方からお願いします」

「わかった。しょうがないから話してやる。この刀を拾ったのは今から二年近く前のことになる…」


 つっこまないぞ。

先輩は天邪鬼な事をしてきたが下手に逆らわず、おとなしく話を聞くことにした。

だがフレッド、本気で話したくない様子ですぐにまた言葉を濁していく。


「あー、どーしよっかな。あんまり話したくねーんだよな」

「どうしてですか? ただ拾っただけのものだって…」

「あのな。拾ったといってもその辺の草むらに落ちてたわけじゃねーぞ。この刀はソルティエス地方のゲググ火山で拾ったんだ」


 ソルティエス地方のゲググ火山。

新出の横文字が続くが要は地名である。

覚えておけばどこかで役に立つかもしれないが、無理に覚える必要も無い名前だ。


「あそこって昔から火山活動が盛んで島に立ち入るのにも許可が必要でしたよね。入っていいんですか?」

「いいわけねーよ。でも魔法学園に入学するにあたってマジックアイテムが必需だったからな。しょうもないの持ちたくないし、でも金は無いし。だから活火山の中まで行って獲ってきたんだよ」


 大陸東の半島にあるソルティエス地方では海を峡んで火山を望むことができる。

夏休みの初めに行った海からは距離があり、火山灰が降りしきるこちらの海には誰も浸かりに来やしない。

あまりに火山活動が活発な為にその様子を一目見ようと観光客が押し寄せるようになり、その代わりに住人は徐々に各地へと移り住んで行った。

フレッドはそれを承知で火山にまで赴いてこの妖刀を拾ってきたのだという。

「普通死にますよ」シロも思わず感嘆の息を漏らす。

「そんだけ俺が凄いってことだよ。…っと言いたい所だがな、実はある人に助けてもらったから手に入れることが出来たんだ」

「ある人? 知り合いか誰かですか?」

「名前も素性もしらね。でもなんか俺のこと助けてくれてな。あの魔法使いがいなかったら本当に危なかったかも」


 両手をひらひらさせてお手上げしてみせる。

今でこそ炎の剣を所持しているが、その剣を手に入れるまでの道中は全くの無装備だったという。

生身の人間が活火山の内部を探検するなどエクストリームな自殺でしかない。

それを生還に導いたのは彼の大いなる野望も去ることながら、話に出てきた魔法使いの助力が特に大きかったようだ。


 シロは頭で考えた事を無邪気に尋ねた。

「その人は『赤』の魔法使いですか?」



 魔法使いの四色についての補足説明はこれで何度目になることだろう。

四つの色を説明するにあたりほぼ必ず最初に挙げられる事になる「赤」色。その属性は火。

この色に染め上げられた魔法使いは総じて情熱的であり、野心家である。

そして集団に混じればリーダーシップを発揮する人間に多く宿る色である。


 その特性を色濃く体現するフレッドの中には、どこか真反対の「青」色の性格が共存している。

熱い彼の内面にもどこか冷ややかな目で物事を見ているもう一人の自分がいる。

その性格が、後輩の問いに対しても思わず聞き返さずにはいられなかった。


「なんでそう思う?」

「だって普通火山の中に用事なんてないでしょ。フレッド先輩みたいに何か目的があって来たとしか思えません。そうなると『赤』の魔法使いかな? って」

「目的か。そういえば刀を手に入れた興奮で舞い上がってて全く気にしてなかったな」

「その人は魔法は使いませんでしたか? 強力な火の魔法を放ったりは?」

「いや、その人は…」


 フレッド、しばし思案。

今日はやけに細かいところにまでこだわってつっこんでくる後輩の目はギラギラしていて普段の彼らしくない。

その眼差しが「赤」の少年を惑わせた。

入手経緯に関しての説明したくない様子とは違い、話すべきか話さざるべきかを迷っている。

言葉を詰まらせた理由はやはり、火山で出会った魔法使いが見せてくれたある魔法が原因であるのだが――


 その時。

またもや学園のチャイムが空気を読んだ。

授業の終わりを告げるこのチャイムは休学中だろうと構わずに学園中に鳴り響いていた。

無機質な校内放送に助けられたフレッドはしめたとばかりに話を切り上げてうんざりな表情を作って見せた。


「あ、この話はここまでだ。もういいだろ。そろそろ帰れよ」

「まま待ってください! まだ色の話を聞いてません」

「色ぉ?」

「はい。どうして違う色同士でバディを組むのか、先輩の考えを聞かせてください」


 一難去ってまた一難。

「あのさぁ…」右の肘を曲げて手を腰に当てる。

「はい?」可愛らしく首をかしげる。

「さっきからずっと気になってたんだが……」長い沈黙のあとにハァーッと深い息を吐く。

「なんでしょうか?」


「なんでそんなこと聞きたがる?」

「だっ…、だからアップルちゃんの一件で」


 シロはこう答えるしかない。

もちろんこの対応は間違っていない。

現にアップルという「赤」の少女とのやり取りの中でこの疑問が沸いたのは事実なのだから。


 しかし。

本当にそれだけであったならば彼に尋ねるのがここまで後ろめたく感じることはなかっただろう。

昨年彼のバディを務めていた現三年生のロロロ。

フレッドが敵視する彼女からの同様の質問がなかったなら、ここまで色々な人に話を聞いて回ったりしていなかったかもしれない。

そして"彼女と関わってはならない"という、疑惑の目を向けてくるこの先輩からの言い付けを破っていた事実が発覚すれば二度とこの質問の答えを聞くことが出来なくなる気がしたのだった。


「魔法の基礎も出来てないくせに、理論に口を挟むなんて生意気なんだよ。黙って俺の言うことを聞いてればいいんだ」


 有無を言わせぬ物言いで押し切り、フレッドはその場を後にする。

しかし今日の積極的なシロはまだ負けじと食い下がってくる。


「あの、答えは?」

「今言っただろ。『黙って俺に付いて来い』、それが回答だ」

 振り向きもせずに立ち去りながらそう言った。


「分かりました。ところでみんなと話しててもう一個気になったんですけど…」

「まだなんかあるのかよ。さっさと話して俺を解放しろ」


 格好良く"黙って俺に付いて来い"などとは言ったものの、さすがに今日はもう勘弁してくれといった様子で疲れきってしまっている。

いまだ肌を焦がす夏の残暑。

肌にまとわりつく汗まみれのシャツ。

吹かない風――スカートを履いている女子生徒が歩いているのに!――

それ以上に今日のむさ苦しいまでの後輩のテンションの高さに、ここまで付き合ったフレッドの体力は限界に近づきつつあった。



「先輩はまだ夏休みの宿題済ませてませんよね?」

「はぁ!? 部屋にいる間にちょっとずつ計画的に進めて終わってるよ」ぶしつけな問いかけに、少し怒りを露わに答えるフレッド。

「そうなんですか。それはよかったです」

「夏休みの宿題を後回しにして最終日に地獄を見てるアホな奴とか。そんな絵に描いたようなバカだと思ってたか?」

「い、いやそんなことはないですよ…」


 シロは慌てて弁明する。

口ではキレイな御託を並べているがその表情は"意外"の一言で埋め尽くされていたので彼は後輩に語ってあげた。


「ハーレム教師になるという野望を達成するためにはこういう地道な努力も必要なんだよ」

「なるほどー」

「そして万が一にも宿題に追われてる女子がいたら手伝って恩を売れるだろ? 多少無茶な見返りだって要求できるだろ? だからこうやって歩き回って探してるんだよ。女子限定で」

「ふえー」

「わかったらさっさと帰れ。俺はそんなにヒマじゃねーんだ」


 こうしてフレッドは返事を聞かずに行ってしまった。

一人残されたシロは回れ右をして来た道を引き返して行く。

少年が抱いた疑問への答え。

「赤」の先輩フレッドを含め七人の魔法使い達から回答を得ることが出来た。

忘れないうちに歩きながらメモを取り、それでもやはりこの中に彼が求める納得はなかった。

そうして寮の部屋に帰り着き後ろ手で扉を閉めた途端、どっと疲れが押し寄せてきたのだった。


「はぁ…。結局手伝ってって言えなかった」


 机の上に乱雑に積まれた紙の山を見つめながら深いため息が漏れる。

その風圧で埃が舞い上がるほどに手を付けた形跡が無い塹壕からは各教科の問題集やプリントが顔をのぞかせている。

読書感想文にいたっては指定文庫の図書からして最初の数ページしか読んでいない。

原稿用紙はどこに消えた?



「どうしよう…」


 さあ、いったいどうすればいいんだろうか。

良い子のみんなはこんなことにならないよう計画的に宿題しようね♪


 嘆いたって後の祭り。

しぶしぶ机に向かいまずは折り目のついた問題集から始めよう。

しまい忘れたまま吊るしてある窓辺の風鈴がチリンと微かに鳴った。


 学園祭の時期が、近づいてきていた。



 続く。

挿絵(By みてみん)


予告。

あのキャラが帰ってきます!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ