28.スイッチマジック
28.
「マジックアイテムを見せてほしい?」
食堂で口論を続ける「青」の兄妹と別れてから後。
当てもなくプラプラと散歩を続ける二人の前に、またも懐かしい生徒が顔を覗かせた。
そこからは先程と同様の展開に話を持っていく。
サイダーとサラサにした質問と同じ事をこのバディにも尋ねてみようというわけだ。
「私は家に代々受け継がれているロザリオよ」
「私は妖精が宿ると言われている本です」
「一遍に言われても誰が誰かわかんねーよ」
フレッドの質問に同時に答えてくれた二人の女子生徒。
これでどっちがどっちか分かってもらえたら嬉しいのだが、そうもいかないので説明しよう。
最初に答えたのがモカだ。
モカ=アルティナ。二年生、「黄」色の魔法使い。
首に掛けられたペンダントを襟の中から取り出して見せてくれた。
キズ一つない綺麗なその十字架は、三色のフラワープリントワンピースをバックに胸元で光り輝いている。
そして後に答えたのが「緑」の一年生で、モカとバディを組むメローネだ。
大事そうに両手で抱えている古めかしいその書物が彼女のマジックアイテム。
牛革を用いた装丁が、重厚かつ深い歴史を感じさせる。
そこから先は「青」の一件と同様に、それぞれのマジックアイテムを持つに至った経緯の話になった。
話を振ったフレッドが催促をしたわけではない。
魔法使いにとって、自らが所有する魔法具には大なり小なり思い入れがあるものだ。
人によってはそのエピソードを誰かに話したかったりもするし、聞いてもらいたかったりもする。
彼らの問いかけが彼女達のその欲望を刺激してしまったのはある意味成り行きと言っても良い。
「我がアルティナ家は母も祖母もそのまたご先祖様々から『黄』色が続く由緒ある魔法使いの家系ですわ。
だからこそ首飾りなんですのよ」
「だからこその意味がわからん」
後ろ手で尻をかきながらのフレッドの問い。
「そう来ると思ってましたわ」
やれやれ、しょうがないなぁといった様子で言葉を綴るモカ。
マジックアイテムの話をするのがそんなに嬉しいのだろうか。
今日の彼女の話しぶりは、フレッドに対するいつもの素振りとは明らかに違っている。
「この世の全ての生き物は、大地から離れては生きてゆけない。
ジャンプすれば一時的に離れるけど重力ですぐに戻される。
鳥達だって、止まり木もない空をずっと飛び続けてはいられないわ。
だからこそ体から離れることのないこのロザリオが家宝として代々受け継がれてきたのよ」
マジックアイテムがもたらす恩恵が形状に左右されるのは前回説明した通り。
水を使役する「青」の魔法使いに循環を表すリングが適しているように、「黄」色にとってはネックレスがそれに該当する。
所有者の体という名の土台に、鎖と言う名の重力で繋がれた首飾り。
大地と人の関係を如実に象るその形状が黄色の魔法使いには最高の装備足り得るというわけだ。
「風も常に体にくっついてると思うけどな」
地面にあいた穴を見つけたら木の枝でほじくり返さずにはいられない男、フレッドのあげ足取り。
『大地から離れられない』という彼女の発言に対してのあげ足取り。
彼の言い分通りならば「緑」に最適な形状もネックレス、ということになるのだが…
「そこ、うるさいですわよ」
「あと魚は? あいつらは地面に着かずにずっと泳いでられるじゃん?」
「だから五月蝿いですわ」
『鳥は地面から離れて飛べない』発言にも同じ要領で噛みつくフレッド。
モカはそんなクラスメートを厄介そうな顔を浮かべながらあしらう。
二人とも、結局はいつもの関係のままなのだが。
それでも以前より幾分は改善してきていたりする。
お互いのバディへの接し方を巡って口論になったあの一件がきっかけとなったのは推察に難くない。
顔を会わせるたびに衝突していた彼らのやりとりにもなんというか、どことなくゆとりというものが感じられるようになったのだ。
「どうしてツバメなんでしょうね?」
そこへ。
思わぬ場所から飛んできた質問。
にらみ合いを続けていた二人の二年生はお互いに正面の敵から視線を外し、その声の方へ顔を向ける。
そこにはモカの首に掛けられたマジックアイテムを真剣な様子で見つめる少年の姿があった。
「鳥なんてどれもこれも同じ形なのにどうしてだろう? …あれ? みんなどうしました?」
彼女の胸元で輝きを放つそのロザリオを、腰を屈めて食い入るように見いるシロ。
周りの視線に気付き顔を上げるや、その場の魔法使い達全員に照準を付けられているこの状況に思わずたじろぐ。
フレッドは若干呆れ顔で、彼の質問に対し質問でもって呼び掛ける。
「それはこっちの台詞だ。なんでそんなこと気にすんだ?」
順序が逆になってしまったが説明しよう。
モカが首から下げている銀のロザリオ。
これ。
実は十字架ではない。
十字架を模した、両翼を広げたツバメをデザインしたアクセサリーなのだが。
そのことについてシロはなぜ数多ある鳥の中でツバメなのかが気になった。
彼にとってはなんとなくその場で頭に湧いただけの小さな疑問に過ぎなかったのだが、先輩に何故かと問われ思わず考え込んでしまった。
考え込みながら、それと同時に自分自身の変化に戸惑っていた。
この場合は二つの意味合いで。
一つ。
なぜツバメのアクセサリーが気になったのか?
ツバメであろうがカラスであろうがそれは単なるデザインの違いであり、そこには家柄や所有者の好みの問題も絡んでくるかもしれない。
マジックアイテムとはそういう物である。
もう一つ。
少なくとも以前までの彼ならば疑問に思っても軽々しく口に出したりはしなかっただろう。
声に出さず。
周りの意見を聞かずに頭の中だけで推理を展開し、独自の答えを探していたはず。
シロはそういう性格の少年だった。
それがどうして、こうも容易く何処かへ行ってしまうものなのかと驚きを隠せずにいたのだった。
話は戻り。
この問いには流石のモカも口ごもり、照れ隠しにサイドのロールした巻き髪を指先で弄りながら語る。
「あまり詳しくは知らないけど。
アルティナ家には扉の装飾から食器一つ一つに至るまでスワロウの家紋があしらわれているから、ツバメに由来するエピソードがあるのかもしれませんわね。
今度手紙でも出しておくことにしますわ」
フレッドへの対応から一変。
しおらしく振る舞う黄色の先輩に気を使わせまいとシロは飛び上がって弁明する。
「やっぱりいいです。なんとなく気になっただけなので。変なこと聞いちゃってごめんなさい…」
「はいっ。じゃあここかーらーのー」
場に流れる変な空気を俺が変えてやるぜ! とでも言い出しそうな勢いでフレッドが続いた。
彼の熱い視線に当てられた少女はふぇっ!? と上ずった、悲鳴にも似た声を出して目を丸くする。
えっとね… とおろおろし出すも小脇に抱えていたその書物を手に掴み。
優しいまなざしで待ってくれている三名にもよく見えるように持ち直しながら周りに呼びかけた。
「私は本が好きだから」
両手に持ってずいっと体の前に差し出す。
擦り傷ひとつなく輝いていたモカのロザリオとは対照的に、その書物は凄まじく年季の入った代物だった。
表紙には爪で引っかいたような跡。
コーヒーをこぼしたような染みがあるページ。
端の一部が破れてしまっているページ。
さらには落丁や、ページそのものが破り捨てられてしまっている箇所まである。
糸やテープで補修した形跡が残されているその本をパラパラとめくりながら彼女はこう続けた。
「この本の題名は『シルフィーナ』。風をつかさどる妖精の力が込められているんだよ」
「それも母から娘へ渡されてきた本なの?」
語尾を可愛らしくした似合わない台詞で質問を出すフレッド。
首をかしげて顔を覗き込んでくる彼の目を見ながらメローネは顔を赤くして言った。
「ちょっと違うけど。これ、おばあちゃんのお下がりなんだ」
先ほどの形状の話に戻ろう。
「緑」の魔法使いが"風"と"植物"の二つの系統に分かれている設定を思い出して欲しい。
その中の風系統に属しているメローネにとって、本という媒体は相性が良いマジックアイテムとされている。
夏の暑い日に、教科書をうちわ代わりに扇いだ経験は誰にだってあるだろう。
机に置いてある本が窓から入ってきた風によってめくられていく光景を見たことがあるだろう。
さらに書物の主原料とも言える紙は木から作られていることはご存知の通り。
このように風と親和性が高く、植物を原料に作られたアイテムは形状面では文句のつけようが無いほどに「緑」の魔法使いとマッチする。
つまり書物とは!
風と植物。
二つの系統をひっくるめた「緑」の魔法使い全般に適しているマジックアイテムなのだ。
さらにメローネは顔を赤らめながら話し続ける。
彼女もまた、自分のマジックアイテムのことを人に話す時にはいつもより元気がいい。
「私ひとりっ子でね。
小さい頃は今よりも人見知りが激しかったから友達も少なかったの。
その時におばあちゃんがこの本を読んでくれたんだ」
さっきの話に戻るが、それならそうとまた別の疑問が湧くというもの。
相性が良い系統のマジックアイテムは人気も需要もあるから目移りするくらいラインナップが揃っていて、どのお店に行っても割引等の優遇が付く。
型落ちしたモデルを狙えば同じようなタイプのマジックアイテムはいくらでも出回っている。
にもかかわらず、どうしてボロボロになったこの本を持ち続けているのか?
メローネはさらに語る。
「おばあちゃんは『シルフィーナ』を読んで、風の妖精を見せてくれたの。現れた三人の妖精さんは私と一緒にいっぱい遊んでくれたんだ」
勘の鋭い読者はもうお気付きだろう。
その答えは単純明快。
メローネの「シルフィーナ」を含む、いわゆる召喚書と呼ばれるマジックアイテムはとっても珍しい。
と言ってもこの本に封じられているのはさほど稀少価値の無いありふれた低級妖精。
シルフィーナ自体は妖精召喚の入門書としてどこの店でも取り扱っているほどの人気商品。
前述の珍しいはマジックアイテムとしてではなく別の部分に掛かってくる。
同じようなアイテムならいくらでも見つかる。
だが全く同じアイテムはこの世に二つと無い。
同じ種類の妖精はいるが、同じ個体の妖精はいないのだから。
メローネが祖母の使い古しのシルフィーナにこだわるのにはちゃんとした理由がある。
「だからおばあちゃんからもらった時はすっごい嬉しかったなー。
はーっ。いつか私も三人を呼び出せたらいいなー」
少女はそう言って満面の笑みを湛えながら本を抱き寄せる。
そしてキラキラ輝く瞳で空を仰ぎ見る。
乙女チック文学少女メローネの願い。
それは幼い頃に出会った思い出の妖精を自分の力で呼び出し、その頃の感謝の気持ちを伝えたかったから。
なのであった。
「やっぱりメローネちゃんは癒されるなぁ」
少女を眺めていたフレッドの気持ちはこの一言に尽きてしまう。
さて。
ロザリオと書物。
二人の魔法具を見せてもらったところでいよいよ本題に入る。
アップルとの一件と、ロロロからの宿題ついでに出された質問。
教師によって半ばシステマティックに決められたバディの組み合わせは、あまり理に適っていないのではないかというシロが抱いた疑問。
その問いに、まずはやはり先輩であるモカから回答することになった。
「違う色同士、互いに知識を深めるためですわ」
彼女は自信たっぷりにそう言った。
さらにモカは眉毛を元気よく釣り上げながらこう続ける。
「同じ色だけのコミュニティでは偏りが出来てしまうでしょう?
バランスよく成長していくためにあえて先生方がそうされてらっしゃるのですわ」
モカの回答もまた、実に彼女らしい理論によって導きだされたものだった。
魔法使いでありながらあまり魔法を使用することがない平和主義の彼女のことだ。
魔法の習得効率に囚われることなく、あくまで人の視点で考えられた回答を出してくれた。
教師の行いが全て正しいとでも言わんばかりの盲信ぶりも含めて非常に彼女らしい。
「偏った結果がこれってことか」
そしてまたしても穴をほじくるフレッド。
いつものように彼女の全身を見渡しながら発したその男の台詞についにモカの、これまで堪えていた何かがプッツンしてしまったようだ。
「ムキー! 貴方はいつも一言余計ですわ~」
心無いフレッドの発言に、今日一番の強い剣幕で抵抗するモカ。
ちょっと涙声になってしまっているではないか。
手を差し伸べるべきかおろおろするシロを制して、ポンポンと優しく肩に手を置いたのがバディのメローネだった。
そのまま緑の彼女は、赤と黄色の二人の先輩を見比べながら自分の意見を話し始めた。
「違う色同士って、あんまり仲が良くないことが多いでしょ。
相性が悪くても仲良くしましょう、ってことなんじゃないかなって私は思うです」
違う色同士での仲が悪い例は上述の通り。
もちろんシロとサラサのように違う色同士での仲が良い例もたくさんある。
あるにはあるが、魔法使いの四色が孕む力の優劣関係がそれを難しくしている面は厳格に存在する。
その垣根を取り払い、みんな仲良くしようというのがメローネの出した回答だった。
「さっすが。争い事がキライなメローネちゃんらしい優しい回答だな」
フレッドのおべっか。
うつむいて恥ずかしがるメローネ。
これに対し、再び頭に浮かんできた疑問をすぐさま言の葉に乗せる者がいた。
フレッド。
ではなくて、またもやシロだ。
「相性が悪い者同士をわざわざくっつけるメリットって何だろう? 同じ色は同じ色同士で固まっていたほうが良いような気がする…」
「なんだ? 『僕、メローネちゃんの答えじゃ納得できない!』って顔してるな」
フレッドの刺々しい物言い。
大好きな可愛らしい少女の貴重な意見を即行で批評する後輩に腹を立てた様子の彼は、シロの反応を待たずに追い討ちを掛ける。
「大体なぁ、同じ色だけで集まろうってことになったらお前…」
そこまで言い掛けたところでフレッドは口を閉じた。
閉じることに成功した、とでも言うべきか。
思わず声に出しそうになったその一言にシロは気付く様子も無く。
さらに間の良いことに校内にチャイムが鳴り響く。
「メーちゃん。そろそろ行くわよ」
「はーい」
すっくと立ち上がるモカ。
泣きそうだった顔はいつの間にか引っ込んで、メローネに歩を進めるよう促す。
シロは、自分のわがままに付き合ってくれた二人に改めて感謝の言葉を送る。
「すみません、呼び止めて長話をしてしまって」
そしてフレッドは話の流れに関係無い部分に食いつく。
「つーかその呼び方良いな。俺も今度からメーちゃんって呼んでいい?」
「夏休み最後の宿題が残ってるの。じゃあね」
背丈の近い先輩に手を引かれ、見送る二人に手を振って別れの挨拶。
フレッドの問いには言葉を述べず、笑顔だけ見せる回答に留まった。
「良いところあるじゃん。あいつ」
残されたフレッドは、二人の後ろ姿を眺めながら感嘆の声を漏らす。
「後輩の宿題を見てあげたり。それに名前の件も。初めて会った時からだいぶ印象が変わりましたよね」
思い出す第五章での魔法対決。
先攻を取ったシロは先に投げ飛ばされたので直接のやり取りには立ち会っていないが、やはりあの一件がそれまで他人行儀だったバディのその後の在り方に変化を起こしたのは間違いない。
「変わったよ。あいつも…」
フレッド、またもや何かを口にしかけたすんでのところで踏みとどまる。
そしてやはりそのことに気付くこともなくシロは相槌を打つ。
「そうですね。後輩の宿題を見てあげたりとか」
「なんで二回言う?」
「フレッドくーん! シロー♪」
入れ替わり立ち替わり。
遠くから彼らの名を呼ぶ声が飛んでくる。
元気が良くて高いキーのよく響く少女の声。
二人の元へ近寄ってくる懐かしいその声の主の正体とは…。
「続く」
「一回言ってみたかったんだこれ」
フレッド、突然の意味不明な言動。
ニシシと歯を見せたいたずらっ子特有の笑顔を作る。
そんな彼の隣りに立つシロは困惑。
「なんですかそれ?」
と尋ねることしか出来ない。
などという寸劇を繰り広げているうちに先ほどの声の美少女はもう目の前に来ていた。
彼女もまたフレッドによく似た、八重歯を覗かせた小悪魔の笑みを浮かべていた。
「ういっす。海ぶり~」
右手をピッと立てて挨拶してきたのは金髪のエルザ。
相変わらず白い肌と青い瞳が見る者の目を奪う美少女ぶり。
光沢のある自慢の長髪はさすがに季節柄うっとうしいのか、上げてピンで止めている。
後ろからはバディのアイリーフもついて来ていたが、無言のまますたすたと通り過ぎて行ってしまった。
「よぉ、別の黄緑コンビ。ちょうどいいや。
マジックアイテム見せて」
ひさしぶりに再会して早々に投げやりな頼み方。
しかしエルザは二つ返事で喜びながら承諾してくれた。
ハンカチを取りだし額ににじむ汗にトントンと押し当てる。
そして親指を立てた右手と、小指を立てた左手を見えるように差し出しながら言った。
「ピンキャの指輪だよ。
右手が『エンジェルズライト』。左のは『デビルズレフト』」
両手の指をクロスさせた可愛らしい仕草で指輪を見せつけてくる。
右の親指にはラッパを吹く天使の指輪。
左の小指には槍を構える悪魔の指輪が嵌められている。
ピンキャ。
もとい、ピンキーキャットとは若い女子に大人気の新興ブランド。
マジックアイテムはもとより財布や文房具から香水衣類に至るまで、若者の心を掴んだキャッチーな雑貨を幅広く手掛けている。
会社のロゴにも採用されているイメージキャラクターの猫は、ブランドの柵を飛び越えて大陸中に広まるほどの知名度を集めている人気者だ。
『魔力と女子力よくばりアップ!!』をキャッチフレーズにどんどんファンを増やしている。
…と。
そんな裏話、男子はとことん興味がないわけで。
「でもエルちゃん、普段は右手の指輪しか使ってないよね」
フレッドの指摘。
エルザはわざとらしく顔に出してその喜びを表現してみせた。
そしてそのことに全く気付いていなかったシロ。
「右手の指輪は弱い電撃用。
コントロールしやすいし燃費もいいからメインに使ってる」
黒髪の少年を横目にどうだと言わんばかりの表情で解説。
つまりコストパフォーマンスに秀でているってことだ。
ちなみに彼女は右利き。
利き手に頻繁に使う方の指輪を装備しているというわけだ。
「じゃあ左は強い電撃?」
「うん。左のは威力が強力だけどパワー消耗が激しくてコントロールも難しい雷用」
こうなるとシロの身にはどうしても気になる事項が浮かんでくるというもの。
好奇心に耐えかねて、肩をすくませつつも恐る恐る尋ねてみる。
「僕に向けて使ってきた電撃の中に左手で使ったやつは…?」
怯える少年にエルザはまたもや八重歯を見せて笑いながら答えた。
「一回もないよ。全部弱いやつ」
さらに彼女は笑顔で語る。
夏休み初日にみんなで行った海。
そこで襲ってきたあの巨大イカを黒焦げにした電撃についても、命中精度を要求されたため右手の魔法を使ったのだという。
これにはシロも驚愕の一言に尽きてしまう。
「えぇーっ… 右手の電気でもあんなに強烈なのに、左のはどんだけ凄いの?」
するとそこへフレッドが口を挟んできた。
「あんまり強すぎると肌が荒れるから使わないんだよね? 第一章で言ってたじゃん」
「もー。なんでそんなことばっか覚えてるかなー」
これにはエルザ、本気で怒りつつもどこか照れくさそうに振る舞う。
説明しよう。
魔力とは正に人間の生命力そのものなので、使い切れば疲労で動けなくなるし様々な病気が誘発されたりする。
肌荒れもその中の症例の一つだ。
しかし「黄」色の魔法使いエルザの場合は特にそれが顕著に表れる。
その理由は彼女が人一倍オシャレに気をつかっているというだけでなく、彼女が放つ電撃魔法の性質に秘密がある。
秘密と呼ぶほど大仰なものでもないのだが。
単純に使いすぎると周りの空気が乾燥して、その発生源にいる魔法使いは肌も髪もひどく傷付くというだけの事だ。
魔力どうこうに関わらず肌荒れの原因を生み出す魔法使い。
これもまた、「黄」色が孤立しやすい理由の一つであるのは言うまでもない。
「まぁね。そういうのもコミコミで左の魔法は使いたくないんだ」
「魔力も湿度も大量に消費されるからだな」
納得の出来たところで次のステージに移ろうではないか。
先刻まで話し込んでいたバディにも尋ねたあの質問を振る。
「それじゃあ次の質問。
二人は黄色と緑でバディを組んでるけど、どうして違う色同士なのか分かる?」
魔法使いの四色、すなわち「赤」「青」「緑」「黄」色。
学園内における各色の生徒数の内訳はほぼ同数と言われている。
学年によっては特定の色が多かったりもするようだがトータルではどの色も大体1/4ずつの割合だそうだ。
この質問にはエルザも思うところがある様子。
えっとねーと再びハンカチを額に押しあてながら回答しようとする。
と、そこへ。
横から凄まじい勢いで割り込んでくる二名の人影。
シロ達を制したそいつらはエルザの前に立つと、姿勢を正して礼儀よく挨拶を励行する。
「エルザ姉さん! 夏休みの宿題終わらせてきました」
「ん。ご苦労さま」
台風一過の如くそのやり取りは終わりを見た。
そうしてヘコヘコと頭を下げて退散していくその女子生徒を、シロは以前どこかで見たことがあるように感じた。
フレッドと共に会ったことがある顔だ。
具体的には第六章ぐらいで出てきたような顔だ。
「おいおいエーちゃーん。結構あくどいことしてんだなー(笑)」
フレッドは一瞬呆気に取られつつも、生徒を脅して宿題をやらせていたエルザをやいのやいの囃し立てる。
断っておくがこれは責めているわけでは決して無い。
もしも君なら、学校随一の美少女が裏で恐喝事件を起こしている事を知らされてどう思う?
この男は幻滅どころかむしろ歓喜する。
『いじめられるくらいならいじめる側になれ』と後輩に助言するような男なのだ。
テンションを上げて盛り上がるフレッドを前に、エルザはやんわりと否定する。
「違うって。なんかあいつらが『やりますやります』って近寄ってきたんだよ。
で、話の続きは?」
「切り替え早っ!」
まさに電光石火。
流石は雷の属性を持つ「黄」色の魔法使いといったところか。
同じ色でも、やはり土系統のモカとは性格に大きな差が出るものだ。
大まかには土タイプは大地のようにどっしりとマイペースに構える性格が多く、雷タイプは電流の如くハッキリと直感的に動く性格が多い。
そんなエルザが考えの末に出した、性格も性質もまるで違う別色同士がバディを組まされている理由はこうだった。
「使い分けじゃね?
私も指輪を二つ使い分けてるし。二種類あればAが駄目でもBが試せるじゃん」
「サイダーさんと似てるな」
シロは真っ先にそう返した。
すると途端にこの男が眉と口元を吊り下げ、露骨に嫌そうな表情を浮かべる。
「エリーちゃんとムサイダーが一緒の答えってなんかイヤだな」
エリーちゃんと呼ばれた彼女は説明を続ける。
「魔法に限らずそうじゃん。たとえばー」
そう言いながら胸ポケットに指を入れ、ごそごそと何かを探すエルザ。
食い入るように身を乗り出すフレッド。
シロもまた、少し離れた場所からきれいなその指を見つめる。
彼女の細くて白い指が摘まんでいたものは一本の薄ピンク色のリップスティックだった。
「ほら。リップだってポケットとポーチの両方に入れとけば片方使い切ってても平気じゃん」
スペア(予備)を持つという発想。
「青」のサイダーが述べる強敵と戦うための合理的な意見に加えて、片方のミスをカバーする効果をも狙う視点。
手に持ったリップをフリフリ動かしながら回答してくれたエルザに、フレッドはさらに近寄って称賛を送る。
「エルザっちは可愛い小物とかいっぱい持ってるね。さすが女子高生」
「まーね♪ てかさっきから呼び方が統一されてないけど何があった?」
「メローネちゃん。もといメーちゃんの事でちょっとね」
そう言って、出会ってから試行錯誤し続けていた彼女のあだ名の件の説明が始まる。
あだ名で呼ぶのは高い信頼関係がある証拠だとフレッドは思っている。
彼はエルザのことを相当気に入っている。
そしてエルザがフレッドのことを気に入っている事は誰が見ても分かる。
しかしどのくらいのレベルで気に入っているのかまでは見えない、というより彼女が巧妙に隠している節がある。
友達として好きなのか、友達以上の男として見ているのか。
彼女の心が知りたい。
知ることが叶わないのならばせめて好感度を上げたい。
彼なりのささやかな願いが、あだ名という新たな仲良し要素を藁をも掴む感覚で手繰り寄せたのだった。
どこまで話したか。
和気あいあいと弾む男女の会話。
そこに一本の横槍(非物理)が飛んできた。
「リップなんて一つ持っとけば十分なんじゃない? そもそも無くなりそうになる前に新しいのに変えておけばいいのに…」
またしてもシロは頭の中の疑問点を口に出していた。
意識してではなく、ほとんど無意識で。
その証拠に、背後でバチバチと火花を鳴らすエルザの存在にも気付かずに思案を続けている。
やがて。
やけに聞き覚えのある耳障りな音に勘付くやぴいっ! と大慌てで飛び退き涙目で声を震わせる。
「文句があるならハッキリ言えば?」
またしてもエルザは、それまでのフレッド用のトーンを封印して威圧的な声を出して威嚇する。
さっき現れた二人組もきっとこんな風に脅されたのだろう。
なんて事を考えながらやれやれといった仕草でダメを押すバディ。
「ったく。そんなんだからお前はモテないんだよ。
で、占い師さんの意見は?」
促すフレッド。
彼の見やる方角に太く育った木が一本伸びている。
そこの幹から、枝とは違う濃緑色の何かがぴょこんと飛び出しているのが見える。
あれはいったい何だ?
少し近づいてみた。
すると先程この場を通り過ぎていったものと思われていた彼女が木陰に座り込んでうたた寝をしているではないか。
枝のように飛び出していたのは結った彼女の髪の毛だった。
そんなこんなで最後にアイリーフ。
眠気まなこをこすりながら大きなあくびをする少女からは、微かに植物の澄んだ匂いがする。
海で会った時は五ヶ所で結っていた髪の毛が今日は二ヶ所ほど増えている。
くちゃくちゃに結ばれた髪の束とその箇所。
日によって数が変わるその頭は占いの結果に従っているせいだとか、単にその日の気分だとか噂されているが真相は謎。
アイリーフは魔法使いとしては珍しく固有のマジックアイテムを持たない。
その辺りに落ちている木の枝や葉っぱにかすかに宿る魔力を操って魔法を行使するタイプ。
学園で彼女が"変わり者"と呼ばれている原因にも一役買っている。
そんなわけでマジックアイテムの件は聞かないこととした。
最初から「学園のバディが違う色同士でばかり組まされている理由を教えてください」とストレートを投げる。
「わしは『緑』。エルは『黄』色。二色を混ぜ合わせると黄緑色になる」
「ん?」
回答するに当たって挿入された前置きに一歩身を乗り出し構えるシロ、そしてフレッド。
二人の持つ色を絵の具に見立てて混ぜ合わせるという独特の発想に非常に興味をそそられる後輩。
先輩の方は、モカに続いてバディをナチュラルにあだ名で呼んでいる部分に食いついた。
「そしておぬしらは『赤』と『黒』。混ぜ合わせると何色になると思う?」
「黒。」
「黒色です」
ほぼ同時に答えたバディ。
二人の視線を集めるアイリーフ。
絵の具理論によって導き出された彼女の回答。
シロの投げた直球に、「緑」の二年生は満足そうな表情を浮かべながら変化球を投げてきた。
「そういうことじゃ」
「どういうことだ?」
さぁ、いったい全体どういうことなのだろうか?
続く。