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黒の魔法使い  作者: ハルシオン
第八章
25/40

25.社会補償と性の一体改革

25.



「ん~…うまくでないよぉ」

「ほら、もっと体全体を使って動いてみて」


 シロとアップル。

昨日知り合ってバディ(正確にはフレッドも含めたチーム)になったばかりの二人はすっかり意気投合し、何をするにも一緒の仲になった。

彼女は弱冠六才ではあるが才能に秀でており、しかも努力家で新しい知識を習得することにも貪欲だ。

彼にとっても教え甲斐があるというものでついつい熱く手取り足取りやり方を叩き込んでいく。


「ただ手を動かすだけじゃなくて心を込めるのを忘れちゃだめだよ」

 向かい合う二人は肩を上下に動かしながらトレーニングに没頭している。


「口の動きも緩慢になってるよ」

 はぁはぁと吐息がもれる。

頬を上気させ、ボーダーキャミの肩紐が片方ずり落ちる。

アップルはやがてへとへとになって倒れこみ、シロの体に顔をうずめる。

その温もりの中でまどろみながら彼女は汗をぬぐい懇願する。

「もっとわかりやすく教えてよ~」


 おでこにくっついた髪の毛をかき上げながらシロは困ってしまう。

なぜならアップルに教え込んでいるこの一連の行為を彼自身は実践したことがないのだから。


「でも僕はこんなことやったことないから分からないよ」

「えぇ~っ」



「…お前ら、中庭で何やってんだよ」


 息を上げながら見つめあうシロとアップル両名のもとへ、何処かへと姿をくらませていたフレッドが歩み寄ってきた。

その手には火を吹く彼の愛刀が握られている。

そしてその目は汚物を見るかのような冷ややかな空気を湛えていた。


「あ、ボッキのお兄ちゃんだ」

「誰がボッキのお兄ちゃんだ」


 ポケットに手を突っ込んでごそごそと何かをまさぐるフレッド。

そしてシロは先刻までのミスリードを誘うやり取りの全容を端的に語る。


「アップルちゃんが魔法を使いたいって言うんだけど僕じゃ勝手がわからないんです。だから先輩も手伝ってくださいよ」


 ×X×の特訓ではなく魔法のレッスンを行っていた二人。

条例ギリギリの誤解も解けたところでシロ達の方へ目をやるフレッド。

アップルはこちらを見据えながらも後輩の彼にべったりとくっついている。


「なんで俺?」

フレッドがぶすっと尋ねると、シロがぺろっと答える。

「だってアップルちゃんと同じ『赤』の魔法使いだし。先輩は僕より教え方うまいですから」



 いまさら説明するまでもないだろうが説明しよう。

魔法使いの四色は外見や性格だけでなく、習得可能な魔法の種類や属性に大きく影響を与えるファクターとなっている。

「赤」の魔法使いとして才能を開花させたアップルは、フレッドのように炎を主体に扱う魔法使いとして生きていくことになる。

それは同時にサイダーやサラサのような「青」の魔法使いが覚える魔法。

すなわち「ウォーターレイン(笑)」等の水を利用した類の魔法を覚えることが出来なくなったことを示すのである。


 シロは「黒」の魔法使い。

特殊な色の下に生まれ落ちた彼は、学園で習う程度の四色共通の決まり事ならば彼女に教授できる。

しかし「赤」の魔法使いだけが集まって受ける専門の授業を彼は受けていない。

…というより「赤」以外の生徒は原則受けることが出来ない。必要がないからだ。

それこそがアップルに「赤」の魔法を教えることが容易ではない大きな理由になっている。


 そして頼みの綱であったフレッドは相変わらずの態度でシロに一存する。

「いーじゃん別に。お前に教えて欲しいって言うんだからお前が面倒みれば」

昨日に引き続き投げやりな姿勢。

アップルに対して、シロの時以上に突き放した対応を取ってくる。

ポケットに入れていた手はやがて一本のペンを握った状態で出てきた。


 シロは彼女の肩に置いていた手をゆっくりと引きはがし、軽く握り拳を作った。

その右手を後ろに回す。

そしてアップルから目線を外した彼が初めて反発した。


「なに拗ねてるんですか」


 シロが、静かに口答えをした。



「すねてねーよ」とフレッドがぼやく。

「昨日からずっと不機嫌そうじゃないですか」シロも食い下がる。

「それはお前も同じだろ」またまたフレッドが挑発する。

「先輩が不機嫌だからですよ。歳の近い子じゃなかったのがそんなにショックだったんですか」

「こっちのセリフだロリコン。歳の離れた子にモテたくらいで喜びやがって」


 お互いに譲らない口撃の応酬。

シロの後ろで立ち尽くしながらアップルは二人の顔を相互に眺めている。

チラチラとシロの陰からのぞくそんな彼女の顔が目に移るとフレッドはますます機嫌が悪くなっていく。


「アップルはお前に懐いてるんだからお前が世話すればいいだろうが」

「僕らは三人でチームなんですよ。僕に出来ないところくらい面倒を見てくれたっていいじゃないですか」

「俺が近づくと避けるんだぞ。どうしろっつーんだよ」


 口論はますますヒートアップ。

いつもならシロが口喧嘩で勝てないことを悟り早々に身を引くところだが今日は退かない。

友達の誰かがいれば仲裁に入ってくる場面だがあいにく夏休みの最中、通行中の生徒すらいない。


「まだ六才なんですよ。僕らがアップルちゃんの親代わりになってあげないと駄目なんです」

「親ぁ? 親ってどういうことだ。

俺が父親でお前が母親か。

俺が旦那でお前が妻!? 気持ち悪い想像させるんじゃねーよ」


 その時、杖を勢いよく地面に投げつけて彼は怒鳴った。


「そんなこと言ってない!」


 シロが初めて声を荒げた。

珍しい。

! ←こんなマークまでつけて恫喝したことなど連載以来初の事。

ついつい熱くなってしまった。

横ではアップルがおろおろと冷や汗をかきながらもゆっくりと背中を撫でてくれている。


 息を整えつつクールダウンのできたシロ。

頭を下げて「ごめんなさい」と一言謝り、落とした杖を拾い上げて回れ右をする。

「ちょっとトイレに行ってきます…」

フレッドに背を向けたまま、力なく声を出してとぼとぼと歩き出す。

背後からの二人の視線がビシビシと横殴りに降ってきて痛い。




 ここで空気を読まずに説明をしよう。


 魔法使いの四色のどれにも当てはまらない異端の色を持つ者達。

すなわち「黒」の魔法使いと認定された者は皆、ある日を境に人が変わったように性格に変化が表れるという。

どれだけ聖人君子のような人間であろうと、その色がどす黒く濁りし時全てが夢であったかのように変貌を遂げる。

たとえ現在が良かろうと、将来的に多くの人間達を不幸にする可能性をシロは孕んでいるのだ。


「元気ないね。どうしたの?」


 うつむいて歩くシロの頭に降ってきた懐かしい声。

優しくてどこか温かみのある女性の声だ。

条件反射に近い速度で顔を上げ、丸め込んでいた背筋をピンと伸ばして彼女の名を呼ぶ。


「こ、こんにちはロロりょさん」


 噛んだ。

とっさの事で動揺を隠せないシロに、彼女は笑顔を見せて答えを返してくれた。

昨年フレッドのバディを務めていた三年生のロロロさん。

慈愛に満ちた屈託の無いその笑顔は、それまで沈んでいた彼の心の闇を明るく照らしていく。


「あ、すみません。でも…」

 先輩に、会うことを止められているんです。

そのセリフが脳裏をよぎりつつも寸前のところで喉に引っ掛かり、言葉に出すことはなかった。

詳細は第四章。

秘宝奪還任務から帰還した後にフレッドに一方的に交わされた例の約束のことを思い出してほしい。



「フレッドにまた何か言われた?」

 落ち込んだ彼の表情を読み、すぐさま答えを言い当てるロロロ。


「分かりますか」

「まーね。伊達に一年間あの子の面倒を見ていましたから」

 後頭部をかきながら照れくさそうに話すロロロ。

彼女はとても勘が鋭い。

あのフレッドと一年間バディを組んでいた先輩だから、彼の性格や行動パターンをある程度知っているのだろう。

ひょっとしたら彼女の時にも同じようなことがあったのかもしれない。


 フレッドには止められているものの、彼女と話しているととても気持ちが安らぐ。

一人の異性としてではなく、まるで母親と話すような感覚で自然に言葉が出てきてしまう。

それがシロの素直な気持ちだった。

彼女にならフレッドやアップルにも言えない悩みを打ち解けられる。


 日差しを遮る木陰の中での束の間の休息。

青々と繁りし芝生に二人並んで座りながら、シロは言い付けを破って彼女に接近してしまった。



「実は、かくかくしかじか……

(先日『赤』色の女の子が加入して、僕らのバディはチームになったんです。だけどフレッド先輩が僕にばかり世話を押し付けてきて。同じ赤の魔法を教える時にも全然協力してくれないんです。あ。でも先輩が全部悪いわけじゃないんです。アップルちゃんが先輩に心を開いてくれないのも原因の一つで、どうしたら仲良くしてくれるのかが分からなくて困っていたんです。それに前々から言おうと思ってたんですけどフレッド先輩は自分勝手すぎます。怒りっぽいし。)

……というわけなんです」


 概況説明に要した時間、わずか五秒。

事情をすべて飲み込めたロロロは優しい眼差しを向けながら語りかけてきた。

「シロ君、以前とずいぶん感じが変わったね。フレッドの影響かな」


 最後の一文に思わず冷や汗をかくシロ。

「やっぱりそう見えますか」

「うん。いっぱい喋るようになった」

「『かくかくしかじか』ぐらいしか話してませんけど?」


 それにしてもたった八文字の説明ですべてを理解できるとは凄まじいまでの勘の鋭さである。

やはりロロロもバディ時代に同じような経験を味わったことがあるのだろうか。

…などと考えているシロの目の前に、彼女は人差し指をピンと立てて顔を近づけてきた。


「シロくんに一つ問題を出します。

どうして色の違う魔法使い同士がバディを組まされているか答えよ」



 どうして。

どうしても何も、バディは入学前の書類審査等によって教師達に自動的に決められる。

そうして一年生は入学と同時に。

二年生は進級と同時に相手が発表される。どうしても何もない。


 だが、確かにそうだ。

シロはつい先程のやり取りの中である疑問点を見つけてしまった。

「黒」の魔法使いである自分は「赤」の魔法使いを育てることができないことを。

それをアップルとの特訓の中で思い知らされた。


 学園の教師不足を解消するために考案されたバディシステム。

それなのに違う色同士で組んだら専門分野を教え合うことが出来ないじゃないか。

なぜ同じ色の魔法使いがバディを組まされることが無いのか。

エルザとアイリーフ。

メローネとモカ。

フレッドと自分。

そして…


「次に会う時までの宿題だよ」


 その言葉を残して、彼女は忽然と姿を消していた。

さーっと通り過ぎた冷たい風が何処からともなく秋の訪れを告げているようだった。


「ロロロさん?」

「おにいちゃーん。どこ~っ」

 遠くから彼の名を呼ぶ声が近づいてくる。

両腕を勢いよく振りながら駆けてくるアップルの姿。

三歩下がった位置にフレッドが付いて来ている。

シロは振り返り、走り出す。



「ごめんなさい先輩」

 開口一番に謝るシロ。

何に対しての謝罪かを述べていなかったため、フレッドは彼に合わせるしかない。

「ん。気にすんな」


 相手が謝って当然、自分は一ミクロンも悪くない。

そう言いたげなまでの上から目線の彼の発言は少なからずシロの神経を刺激した。

しかしそれ以上に、目を離していた間にアップルと彼の距離が縮まっていたことにシロは歓喜した。

カチンときていた所にすぐさま温泉にでも浸かったかのような気分で思わず表情筋が緩んでくる。

そんな素顔を隠すように頭を下げてお願いする。


「これからも、いつもどおりのにぎやかな先輩でいてくださいね」

「そうだよBOKKIのお兄ちゃん」彼女がコンボをかける。

「BOKKIって言うな! しかも屋外で」フレッドの声にようやく一昨日までの活力が戻ってきていた。


 ロロロと出会い話し込んでいたこと。

報告はしなかった。

話したら最後。

今の良好な関係が再び音を立てて崩れていくような気がしたから。


 それになにより、彼女ともっともっと話がしたい。

彼女に会うなというフレッドの命令を聞くのは、彼女を引き離そうとするに値する納得のいく理由を説明してくれた後だ。



 それにしても今まですっかり忘れていた。

アップルに手を引かれて駆け出す最中にシロはこう思った。

みんなで海に行った頃くらいからか、頭の中から彼女の存在が消えかかっていたことを。



 続く。

この章も4部構成で、次は決別編です。

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