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黒の魔法使い  作者: ハルシオン
第八章
24/40

24.ステマジシャン

24.



 三人一緒に職員室を出たシロとフレッドは、新しくバディに加わったアップルのために学園の中を案内して回っていた。

見慣れぬ小さな女の子の存在は、通りがかった生徒達の注目を一手に集めた。

ようやく部屋にたどり着いた頃には窓から夕陽が差し込んでいた。



 ここでシロは素朴な質問を投げ掛けた。

「アップルちゃん、どっちの部屋に寝泊りさせましょうか?」

「お前の部屋でいいんじゃないの」フレッドは投げやり気味に答えた。


 もうひとつ、シロは質問を付け加える。

「お風呂ってどうしましょう?」

「お前が入れればいいじゃん」またも投げやりなフレッド。

お風呂というワードに反応したアップルは年甲斐にも無く照れている様子。


「いいよ一人で入れるから~」

「心配だな。今日だけでも僕と一緒に入ろうよ」

「もー恥ずかしいからいいってば~」

 アップルは体をくねらせながら甘えた声で拒否する。

その口調や態度からは真剣に嫌がっている感じは見られず、シロとやいのやいの言い合う事そのものを楽しんでいるように見える。


 そんなやり取りを横目にフレッドが横やりを入れてくる。

「なに一緒に入りたがってんだよいやらしぃ~」

「そんなんじゃないです」

彼の言葉に、シロはきっぱりと言い返す。

女性が大の苦手で目を見て話すことができない彼にとって、アップルとの邂逅は思わぬ僥倖。

日中は彼女を通じて周りの女子生徒とも会話が弾んでいた。

そして彼女自身との対話もまた相手の目を見て話すトレーニングになっている。アップルはまっすぐにシロの目を見ながら話しかけてくるからだ。


 フレッドはベッドに腰かけ、足を組みながら言い放つ。

「ま、お前が女の子の風呂の面倒まで見る事ができるくらい成長してくれてるなら俺にとってもありがたいんだよ。

いつまでもお前のための女性バイリンガルで居続けられるわけじゃないんだし。

でもこれだけは言っとくぞ」

「なんですか?」とシロは右手でアップルの相手をしつつ、視線をまっすぐ彼の口元に向けた。


 フレッドの口元がきゅっと締まった。

視線がアップルを捉える。

シロの手の中でうにうに動く彼女。

こちらをじっと見つめるシロへ視線を移す。

夕日が照らし出す室内が静寂に包まれる中、彼は鋭い一言を言い放った。



「もし浴場で勃起したら本気でバディ解消するからな、変態」

「そんなことは絶対無いです」

 矢のように素早い返答。

と、その時アップルが動いた。

何も知らない無垢な少女はあどけない笑顔を向けてシロに語り掛けてきた。

「ボッキってなにー?」


 シロは目を丸くする。

先ほどまでの緊張した場の空気はもう何も残っていない。

「もぉー。変な言葉覚えさせないでくださいよ」

紅潮し、両手をあたふたさせて対応に困る後輩の姿を見ながらフレッドはぼそっとつぶやいた。

「お前いつもより強気だな」


 両の手のひらで顔をごしごしするシロ。

赤いままの顔でアップルの両肩に手を置くようにしてかがみこみ、目線の高さをあわせて話しかける。

「じゃあ…お風呂いこっか」

「……はい」


 またもフレッドはその二人のことが気に入らない様子。

なので、ちゃかす。

「なんで二人して照れてんだよ。不潔すぎっぞ!」


 彼の言葉に耳を貸さず、シロとアップルは着替えをもってそそくさと部屋を後にする。

あわてて閉めたドアの隙間に彼女のタオルが挟まり、部屋の外からそれをずりずりと引き抜く。

二人分の足音がぱたぱたと廊下の向こうへと消えていった。



「さて」

 静かになった部屋の中でフレッドは一人思う。

真剣なその表情を小さな少女の前で隠し続けていた。

体を倒してベッドに仰向けになり、天井を仰ぎ見ながら腕を組む。

そして静寂に包まれた部屋の中で一人、ぽつりと呟くのであった。


「あいつをうまく利用すれば、女湯を覗くことができそうだな」


 これがフレッドという男である。

よっと勢いをつけて体を起こすと、おもむろにベッドの下に手を突っ込みごそごそとまさぐる。

暗がりを探り進む人差し指に手応えあり。

中指とでその突起を挟み、明かりの元へ引きずり出したるそれは小指の半分にも満たないサイズの小さな小さなキリ、錐であった。

鋭利に尖りし先端部をくるくると回しながらふっと息を吹きかけると、黒塗りの刃に付着した大量のホコリが舞った。


「とりあえず洗面用具を改造して、中に小型カメラを仕込む方向で行ってみるか」



 いまさら説明するまでもない。

この三人組の中で一番心が濁っているのはまぎれもなくこの男なのだ。


 ちなみにこの世界にスパイカメラなどという高度な利器が存在しているかは謎である!




 ――翌朝。

チュンチュンという鳥の鳴き声が窓から聞こえてくるさわやかな目覚め。


 学園のルールが何もわからないアップルのために今日も今日とて道先案内だ。

朝食も並んで一緒に摂った。

フレッドは米食。

アップルはシロと同じトーストとスクランブルエッグを食べた。ただしコーヒーには砂糖とミルクをたっぷり。



 とここで!

今まで説明する機会に恵まれなかったために順序が逆になってしまったが話そう。


 現在オークロッテ魔法学園は夏期休学中、くだけて言えば夏休みの最中なのだ。

当然授業は無い!

宿題は山のように出されているが。


 学園の生徒たちの多くはこの長期休学を利用してそれぞれの実家に戻っている。

実家が遠いシロは誰よりも先に帰省し、真っ先に学園に戻ってきた。

そしてフレッドは「帰らなくても問題ない」と言って夏休みの間ずっと寮に留まっている。


 ちなみに第七章の海水浴は夏休みが始まった初日のお話だ。

あの後に時間の差はあれどそれぞれが実家への帰路に付き、この時期の学園内は閑散としている。



 昨年のこの時期は学園内を奔走していたフレッド。

バディ不在の一人で寮に残っている女子生徒を見つけては声をかけることを日課にしていた。

なぜなら一人ぼっちの女は温もりを求めているはずだから。

そんな独学の理論を盲信し、炎天下の中で行動を起こしていた。

「赤」の魔法剣士は自らの発する熱気と相まって夏場に弱いイメージがあるが、実はまさにその通り。

彼が元気でいられるのはひとえに日頃の訓練の賜物。

そして年がら年中下半身にたぎらせし下心によって成し得る業なのである。

しかし…。


 この日は少し様子が違った。

渡り廊下に設置された長椅子の端にちょこんと腰かけている一人の女子生徒。

腰に届くほどの長髪は暑さのせいか今日は上にあげて括っている。

下着が透けて見えるほどに透き通ったカッターシャツは第二ボタンまで外され、まくり上げられた袖から純白の右腕と黒色の数珠がチラリとのぞく。

胸ポケットに入っていたペンを取り出して指先でくるくると回しながら彼女は嬉しそうに言った。


「会いたかったよフレッド」


 長椅子のもう一つの端側で足を組み、頬杖をついて座っているのがフレッド。

いつの間にか隣りをキープしていた彼はそこから見える景色を望みながら――彼女に一瞥もくれないまま――話し始めた。


「俺もだよロロロ。本当は会いたくなんてなかったけどな」

「どうゆう意味よそれ」


 手の甲の上でペンを回転させながら彼女が振り向く。

フレッドとかつてバディを組んでいた三年女子ロロロ。

彼は彼女のことを避けている。

それはバディ時代に起きたある出来事が関係しているが彼はそのことを一切他言しない。

教師にも、クラスメートにも。

バディにもだ。

まるで親子のように寄り添い仲良く話し込む二人の中から抜け出してまで、彼がこの場所にやって来た理由。

それが今語られる。


「俺はお前の顔なんて見たくない。だけど今ここでお前に会っておけば釘を刺せるだろ」

「なーに?」可愛らしい声を出して尋ねるロロロ。


 彼女は知らない人が見ればまさに絶世の美女。

街中を歩けば誰もが振り向くであろう美少女だ。

そして前回の話に巻き戻るがフレッドは年上が好き。

そんな彼が下心を押し殺してまで拒絶する彼女に向けて乞うように懇願した。


「あいつらの前に姿を現すな。…頼む」



 ペンの回転が止まった。

ロロロは返事をしないままにっこりと笑顔を浮かべながら席を立った。

フレッドとロロロ。

どちらかが小声でつぶやいた。


「ごめん」


 女子生徒は渡り廊下の曲がり角へと消えていった。

腰掛けられることのなかった長椅子の真ん中には彼女のペンと、外されたキャップの二つのパーツが並べて置かれていた。



 続く。

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