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黒の魔法使い  作者: ハルシオン
第八章
23/40

23.りんごみかん姫

23.



 今日の風は乾いている。

帯びた熱風が真夏の熱気と共に二人の来訪者を学園に運んだ。



 二人はこの日、職員室に呼び出された。

邪悪な「黒」の魔法使いとして学園中に悪名を響かせている一年生シロ。

もう一人は女癖の悪さに定評のある二年生「赤」の魔法剣士フレッド。


 彼らの前に立つのは魔法学園で数学と物理を教えている教師ヒースガルド。

「青」の魔法使い、二十八歳独身のこの男が眼鏡をくいっと直してから淡々とした口調で言った。


「本日付けで女の子が一人、お前たちのバディに加わる。仲良くしてやれ」



 バディを組んで早四ヶ月となるこの二人組は、圧倒的女子在籍率を誇るオークロッテ魔法学園において唯一の男同士のバディである。

ただでさえ問題を抱えるこの二人組は、そういった取り合わせからも一際悪目立ちしている。

フレッドはともかく、一年生のシロの方は極めて素行も良く通常ならば問題視されるような生徒ではない。

では何が問題なのかというと、ただ「黒」の魔法使いとしてこの学園の門を叩いたこと。

「黒」の魔法使いは須く危険であることを歴史が物語る。



 魔法使いの四色。

これは多種多様に存在する魔法使いをおおきく四つのタイプに分類する際に用いられる色のことである。

「赤」は火属性、リーダーシップを発揮する人間に宿る色。

「青」は水属性、冷静沈着な司令塔タイプに宿る色。

「緑」は植物と平和を象徴する色であり、

「黄」色は安定と秩序を象徴する色とされている。

これらは性格診断等のような明確な基準を持たないものではなく、魔法史が始まった頃から存在する厳格なるルールである。


 ではシロが持つ「黒」色とはなにか。

イメージ通り「黒」は暗黒や混沌を象徴する色で、歴代の「黒」の魔法使い達も全員が破滅思想を持つ危険な存在ばかりであった。

故に彼は危険分子として扱われている。

しかし上述の通り、現状は何も問題を起こしたりしない勉強熱心な生徒に過ぎない彼がどうして「黒」なのか。

その真相はいまだ闇に包まれたままだ。



 そんな状況に置かれているシロを指差しながら意気揚々と話し出す二年生フレッド。

「そんなわけでお前はもうお払い箱だ。長い間だったが楽しかったぜ」

先輩から告げられた言葉に、彼はいつもの調子で注釈を入れる。

「それを言うなら『短い間』じゃないですか?」

「だって長かったんだもん。しょうがねーじゃん」

「半年も経ってないのに長い間扱いですか。どんだけイヤだったんですか僕のこと」


 教師からの突然の女子加入宣告に胸が高鳴るフレッド。

そしてシロは若干不安げな表情を作りつつも、かつて彼に見放されそうになった時のような悲壮感は無い。

この男が傍にいなければ何も出来ないようなダメダメな生徒だった彼は、いくつもの試練を乗り越えて一皮も二皮も成長した。

この男と行動を共にしてきた期間が彼をそうさせているのは間違いない。


「私が話している最中だ。口を慎め」

「はい」

 再度眼鏡を掛け直し、声のトーンを一段落としたヒースガルドの一言に今日はやけに大人しく従うフレッド。

この男の頭の中は新しく入ってくる女子生徒のことでいっぱいだ。

教師の言うことを素直に聞いておくのが一番手っ取り早くその女子に会える方法であることを分かっているのだ。


 気持ち悪いくらい聞き分けの良いフレッドと、その後輩シロを眺める眼鏡の教師。

その眼鏡が不気味な光を湛えた時、眼鏡の下にくっ付いていたくちびるが口角をやや吊り上げて話し始めた。


「断っとくが今のバディは解消しないぞ。しばらくの間、三人編成になってもらうだけだ」

「げっ」という言葉が漏れる。

「残念でしたね、先輩」

 満面の笑みで話しかけるシロ。

その笑顔が気に入らなかったのか、シロに近い利き手とは逆の手で軽く頭を小突く。

ぷくっとふくれた頭のこぶをさする一年生を横目にフレッドが返事を催促してきた。

「それで、その女の子はどこにいるんだ?」


「この子がそうだ。自己紹介を」

 教師ヒースガルドが目線を下げ、その子に挨拶を促す。

呼ばれたその少女は隠れていた教師の後ろからひょっこりと顔を出した。

想像していたよりもずっとずっと背が低いその少女は…、本当にものすごく背が低かった。

ヒースの腰周りほどまでの身長にフワフワの緑色のベレー帽を被っている赤髪のちいさな女の子。

まるでリンゴのような出で立ちのその女の子は、眼を丸くしているフレッドとシロを上目遣いで見つめながら緊張した面持ちで名前を名乗った。


「アップル=オレンジフィールドです。六才です。よろしくおねがいします」



「園児じゃねーか!」


 激昂するフレッド。

いきなりの大音声にシロと、アップルと名乗る少女はびくりと肩を震わせる。

それに対しさすがは「青」の教師、ヒースガルドはテンションを変えずに答えた。

「食べ物を温めるのに使う『赤』と『黄』色の魔法技術を使った調理機器。

最近では『青』の力も混ぜ合わせてカロリーを減らす技術まで取り入れた代物がある鉄製の箱」

「それレンジ。

漫才やってる場合じゃねーよ、どういうことだ一体」


 フレッドの疑問ももっともだ。

というのもまずはこのミシディア大陸における教育制度の仕組みから説明する必要があるだろう。


 おぎゃあとこの世に生を受けた子供達は、七歳になると国が定めた法によって正しい教育を受ける義務が与えられる。

その教育の期間は前半が六年間、後半が三年間に分けられている。

この九年間は男女平等に、魔法使いであろうとなかろうと関係なくすべての人間が同じ制度の下で教育を受けることができる。

そこから先の進路は大きく三つに分けられる。

教育を受けず働きに出るか、学問を修めるための普通高校に進学するか、はたまた魔法学園に進学するかの三通りの道に。


 要するに魔法学園の存在以外、僕たちの世界と同じってことだね!



 ヒースガルドは学園物のお話によくある展開を取り入れて端的に説明する。

「飛び級ってやつだ。魔法の開花が早すぎて他の園児と一緒に置いとけないんだ。

ほら、何かの弾みで暴発でもしたら危ないだろ?」

「俺達は危なくないのかよ」とふてくされる様子のフレッド。

その隣で彼の後輩のシロもまた、一抹の不安を覚える表情を浮かべている。

そんな彼らの様子を、アップルと名乗る少女はまばたきを繰り返しながら交互にじーっと見つめている。



「くそー、わざわざ俺達のバディに入れるっつー時点で怪しいとは思っていたんだよ」


 待望の女の子が加入したというのに気分が晴れないフレッド。

それもそのはず。

人にはそれぞれ好みというものがある。

この男は学園でも無類の好色として名が知れ渡っている生徒であるわけだが、別に女なら誰彼構わず見境が無い訳ではない。


 フレッドが公言するストライクゾーンは自分の年齢から±4歳程度。

さらに詳細に書き出すとより大人の女性がタイプであり、結婚するなら絶対に年上の女性と決めている。

女子生徒のハーレムを作ると常日頃から触れ回っているのは、

女子高生(年下)は本命では無いから数でカバーする作戦で行こうとしているだけ。とのことらしい。

そんな彼にとって年上の二十六歳ならまだしも、十も歳が離れた幼子などペットと同じレベルの愛情しか感じないのだと言う。



「つーかシロといいこの娘といい、完全に厄介払いだろこれ。俺は物置き部屋じゃねーんだぞ」

 一度ならず二度までも。

望みどおりの展開が訪れなくてついに不満をぶちまけるフレッド。

教師ヒースガルドはそんな彼を突き放すようにトドメの言葉を刺した。

「安心しろ、お前も十分厄介者だ」


 ギロリとにらみつけるフレッド。

その少女はすっかり怯えきった様子でフレッドの目を見つめている。


「…いや、でもあと五年もしたら美少女になってるオーラはあるな」

 アップルの容姿を眺めつつも女好きの本能が働き、齢六つの女児の値踏みを始めるフレッド。

キレイに切り揃えられた前髪にルビーレッドの澄んだ瞳。

みずみずしい肌。

身の危険を感じてか、少女の瞳がややみずみずしく変化していく。


「その子の色は『赤』だ。何かあったときはよろしくな」

 最後にアップルの属性を伝え、ヒースガルドはそそくさと職員室の奥へと引き下がっていった。



 魔法使いの四色は生まれつき決まっているとされている。

断定を避けたのは確定していないから。

魔法使いとしての色が決まる時期は個人によって大きく異なるのだ。

母体の中で炎に包まれて産まれてくる者もいれば、シロのように色が判明しないまま魔法学園に入学してくる輩さえいる。

だが。

一般的にはおむつが取れるくらいの年頃には大体の人間の色、すなわち属性が判明しているものだ。


 アップルに関しては名前だけでなく、髪や瞳、着ている服まで全てが赤い。

魔法使いの四色は生まれ持っての体質だけでなく、本人の好みまでもその色に染め上げてしまう性質があるという。

髪の色や、本来変えようのない目の色だけでなく。

彼女が好んで着用している赤いワンピースもまた「赤」に生まれた者が特別に好む色足り得るのだ。



 と。

その時、アップルと名乗る少女が動いた。

とてとてと拙い足取りで歩き出し、絶望に沈むフレッドの脇を通り過ぎ、その後ろにいるシロの元へ辿り着く。

「お兄ちゃん」

シロのことを。

小さな口を開いて恐る恐るそう呼んで、小さな手でズボンをつかんで傍らに寄り添う。

ぎゅっとか弱くも力強く握られたその握力は彼の庇護欲を刺激するのに一役買った。


「なつかれちゃいましたね」


 シロは目の前の状況に困惑する。

そして途惑いながらも、自分に好意を寄せて近づいて来てくれる女の子を愛おしく思い、そっと頭をなでてあげた。

触れた頭はとても小さくて。

林檎のような真っ赤な髪の毛は指の間に入り込みクシャクシャと鳴った。


 その様子を見たフレッドも負けじと立ち直る。

そして。

「よろしくな」

と、少女の目線に合わせて屈み込み、頭を撫でようと手を伸ばす。

するとアップルはその手を避けるようにシロの背後へと回り込み、さっきよりも強くズボンを握り締めながら挨拶を返した。

「よろしくなー」


 強くなった彼女の握力に比例して彼の保護欲も高まってゆく。

「可愛いですね、アップルちゃん」にやけ顔が止まらないシロ。

「なんかあんまり可愛くねー」フレッドは解せないという表情を作る。


「なんだか妹が一人増えたみたいだ。よろしくねアップルちゃん」

 シロは膝を曲げて彼女の視線に合わせ、笑顔のまま彼女の肩に手を置いた。

アップルはほっぺたまで林檎のように真っ赤に染めながら今度は親しみを込めて言い返してきた。

「アップルね、シロお兄ちゃんのこと好きー」

「うん。こちらこそよろしくね」



 こうして二人はすぐに打ち解けあった。

女嫌いのシロもさすがに小さい子が相手なら大丈夫な様子で仲良くじゃれあっている。


 しかしその様子を面白くない顔で眺めている男がここに一人いた。

そんな彼の神経を逆撫でするかのごとく、とある一人の教師が肩を叩いて話しかけてきた。

「すまんが、そこの愉快な顔の君」

「あ゛!?」

 嫌味たっぷりな口の利き方をしてくる相手にぞんざいな対応をするフレッド。

そこに立っていたのは。

「言い忘れていたことがある」と、断りを入れて再びやってきた教師ヒースガルド。


「先にお前さんにだけ伝えとくよ。黒髪君の方にはあとでお前の口から…」



 なんだ?

不思議そうに思いながらもフレッドは、ヒースガルドの手招きによってアップルとシロから一旦遠ざけられる。

距離を置いたところで教師は、彼女の耳に入らぬようにと右手でジェスチャーを交えながら耳打ちした。


「さっきの話の続きだが。

飛び級でこの学園に来させたと話したがそれはアップルの手前、脚色を交えた嘘話だ。

凄い魔力を持っている事は確かだが事実は少し違う」


 職員室に緊迫した空気が流れるのを肌で感じ取れる。

数名の教師が素知らぬ振りをしつつもしっかりと聞き耳を立てていることも。

アップルがこの学園に招かれた本当の理由とは一体。

固唾を呑むフレッド。

そしてヒースガルドの口から今、真実が語られる。


「あの子の住んでいた山間の小さな村が、原因不明の山火事で一夜にして全焼した。

アップルは村唯一の生き残りだ」



 続く。

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