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黒の魔法使い  作者: ハルシオン
第七章
22/40

22.あついじゃなイカ

22.



 崖と森に囲まれた人気の無い浜辺に追い詰められたエルザ。

海辺から顔を覗かせているのは黒い巨大なタコ。

かつて森で遭遇したゴーレムに匹敵するほどの巨躯を持つタコは自慢の二本の足でフレッドを締め上げる。

全身をギリギリと圧迫されながらも懸命に呼びかけるフレッド。

「エルザちゃん無事か」


 最初に襲われたのはエルザの方だった。

触手に足を捕られて海に引きずり込まれる寸前のところで、間一髪追いついたフレッドが身を呈して身代わりになりこの状況が作られた。

助けられたエルザはフレッドを見上げながらその声に答えた。

「私は平気」

「それはよかった。魔法でこいつをなんとかしてくれ」

「だめよ。ここで使ったらフレッド君が感電しちゃう」


 その通り。

先程まで海につかっていたため今もフレッドの体は塩水にまみれている。

服などの防具すら一切まとっていないこの状態で、この巨大生物を退けるほどの電撃を流すとなればただで済むはずが無い。

バディを助けるための武器がありながら助けられない。

フレッドとエルザは未だかつて無い窮地に立たされていた。


「まいったな。剣は浜辺に置いてきたぞ」

人外の力で締め付けてくる触手に耐えながら思案する。

やがて意を決したように言い放つ。

「エルザちゃんが無事でよかった。急いでみんなを呼んで来てくれ」

「でも、もしその間にタコが海に潜ったら」

「これはバディとしての命令だ。自分の魔法だけで助けようなんて思わなくていい」


 締め上げる力がより一層強くなる。

意識が朦朧とし始めてきたそのギリギリの所でフレッドは踏ん張り、エルザに呼び掛け続ける。

その時、事態は最悪の方向へとシフトしていく。

二本の足でフレッドを握り締めながら、巨大タコが海へ向かって進み始めたのだ。

もはや一刻の猶予も無い。



「先輩!」

 いよいよ海に引きずり込まれようかというまさにその瞬間、シロが浜辺へ駆けつけた。

そして巨大な海洋生物の腕に捕らえられた彼の姿を確認するやその足を速める。

ピンチの時に現れた後輩の腕には見覚えのある長物が抱えられている。

「シロ、俺の剣を持って来い」

「もう持ってきてます」


 抱えていた刀を高々と持ち上げる。

しかしフレッドは触手によって両腕を封じられていて身動きが取れない。

こうなると自分の杖を持ってこなかったシロはある一つの賭けに出る他ない。

それは自分自身がフレッドの愛用する刀を手にして戦うということ。

息を整えつつ右手で柄を握り締め、左手が力強く鞘を掴んだその瞬間。


「やめろシロ! その刀を使うな」


 フレッドが叫んだ。

しかし時既に遅し。

シロが握りし妖刀は鞘から解き放たれ、刀身から勢いよく赤色の炎が噴き上がる。


 次の瞬間、この場に居合わせた三名の魔法使い達は信じられない光景を目の当たりにする。

なんと発せされた炎がその火力を増しながら徐々に刀を伝って手元の方へと燃え広がってゆく。

炎はやがて刀の鍔、握られた柄をも乗り越えてシロの右手に燃え移る。

そしてあろうことかその炎は吸い込まれるようにシロの体内に入っていくではないか。


 この一連の展開に一番驚いたのが言うまでも無く刀を握っていたシロ自身だ。

炎が腕の中から侵入し、内部から全てを焼き尽くさんとする破壊的な衝動が全身を駆け巡る。

ひどく取り乱した声を上げて思わず刀を放り投げ浜辺に倒れ込んでしまった。


 そしてその様子を逃さず見ていた二人の魔法使い。

あまりにショッキングな事態の有様に動揺を隠し切れないエルザ。

とそこへ、刀に向いた注意を再びこの大ダコへと呼び戻す一喝が飛んできた。


「エルザちゃん! その刀を投げてこのタコに刺せ。そこを狙うんだ」


 依然として触手に締め上げられながらもこの男は冷静さを欠いてはいなかった。

そして頭の切れる彼女もまた、すぐにフレッドの狙いを見抜いた。

しかし砂浜に投げ捨てられた妖刀を前にして伸ばした右腕が強張る。

目の前に転がっているのはシロを業火に包んだ妖刀。

持ち主でもない自分が触れたら、シロと同じ末路を辿ることになるかもしれない。

その疑念が脳裏をよぎる。


「でも、大丈夫なの? この刀…」

 不安な気持ちを声に出すエルザ。

「今の炎は…」

 口出ししてきたフレッドが言葉に詰まる。

それは巨大なタコの強靭な腕に締め付けられたことによるダメージのようにも見える。

しかしそのあとに続く彼の口ぶりを見るに、実際は『本当のところを隠すための嘘を考えている間を作った』。

そんな風に彼女の目には映った。

「…今の炎は、いたずら防止用に仕掛けておいた罠だ。脅かすだけの炎で火傷はしない。

シロが剣を抜いたことでトラップが作動した。それだけだ。もう触っても大丈夫だ」


 果たしてフレッドの言っていることは嘘か本当か。

とにかく今は彼の言葉を信じるしかない。

それくらい状況は切羽詰っている。


 意を決して恐怖心を抑え込み、地面に横たわる刀を拾い上げるエルザ。

そのまま心に溜まった雑念ごとぶつけるかのように力強くその刀をタコ目掛けて投げ飛ばす。

妖刀はぐるぐると縦に回転しながら放物線を描く。

そして投げられた刀はグサリと見事に大ダコの触手をかいくぐり胴体に突き刺さった。


「そこだ。その刀に目掛けてぶちかませ!」

 フレッドが合図を出す頃に、エルザはすでに右手に力を溜め込んでいた。

親指にはめられた指輪が光り輝きそこから膨大な魔力が放出される。

そして力強い掛け声とともに、彼女の右手からバチッと眩しい一筋の電撃が放たれた。


招雷(サンダーボルト)!」



 刀を投げろと言われたあの瞬間に、エルザは雷に撃たれたかのように全てを理解した。

普通に電撃を浴びせたのではタコの体を伝わってフレッドにまで電撃の効果が及ぶ。

しかし対象に棒状の物を突き立て、そこにのみ電気を流せば…


 その思惑は見事に功を奏した。

フレッドの妖刀が避雷針となってエルザの放つ電撃を一手に請け負う。

これならば味方への被害を最小限に留め且つ敵に大きなダメージを与えることが出来る。


 しかし彼らの作戦には大きな誤算が含まれていた。

いくら電気を通さない措置を講じたといえど、一歩間違えば感電に遭う危険な綱渡り。

直撃を受ければ肉体や精神に重い障害が残ったり、最悪の場合死に至ることもある。

電気という非常に殺傷力の高い魔法を扱いその特性をよく知る彼女だからこそ、フレッドを気遣う余り無意識の中で魔力を抑えてしまっていたのだ。


 そしてその行動が、この大ダコを一発で仕留め損なってしまったことでさらに逆上させてしまうという最悪の結果を生む事になった。

怒りに身を任せのた打ち回る八本のタコ足。

水面を何度も叩き付け、夏の空に跳ね上がった水滴がバシャバシャと降り注ぐ。

ついにフレッドを捕まえて離さない触手が振り上げられ、海面に叩き付けられようとせんまさにその時。


 突如水面から出現した鋭利な物質がタコの足を切り裂いた。

切り落とされた触手は途端に力を失い、動きを制限されていたフレッドは脱出に成功する。

ようやく自分の足で着地できた彼の目に映ったのは、水面に突き出した一本の鋭い植物だった。

これが彼を縛り付けていたタコの足を切断してくれたのだ。


 正体不明の謎の攻撃によって足を奪われた大ダコは逃げるように沖へと引き返していった。

浜辺に残されたフレッドとエルザ、そして倒れていたシロがむくりと目を覚ます頃。

騒ぎを聞きつけた他の四人の魔法使いたちも駆けつけてきた。

フレッドを助け、タコを退けた不気味な一本の枝。

それが唯一この場に来ていない魔法使いアイリーフの仕業によるものであることをフレッドとエルザは知っていた。



 ここで説明しよう。

アイリーフの持つ「緑」色は万能の属性。

「青」に対しては植物と水の関係。

「黄」色に対しては大樹と大地の関係に置き換えると分かり易い。

植物の根は水を吸収し、太く育った樹は大地を切り裂いて育つのだ。


 さらに!

「赤」に対しては燃やされることで克服される関係にあるが、それすらも無効とするだけの性質が緑の属性には含まれている。

それは――



「最高だぜ姐さん」

 声と足音が近づいてくる。

崖の上で座り込んでいるアイリーフの元へまず一番にフレッドが駆け寄る。

他のみんなもぞろぞろと後に続いてやってきた。


「サンキュー助かったぜ。このお礼はデート一回ってことでいいかぬあっ!?」

 手を差し伸べた「赤」のフレッドが、後ろから近づいてきた何者かに突き飛ばされる。

横から割り込んできたのは「青」の一年生サラサ。

表情を変えずに座り込むアイリーフとは対照的にその表情はキラキラまぶしく輝いている。

「かっこいー! あんな遠い所までどうやって攻撃したの!?」

期待に胸を膨らませる彼女を喜ばせようとアイリーフは傍らの木の枝を拾い魔法を使って見せた。

「集中すればもっと長く伸ばせるぞ」

そういって足元に散らばる大量の木の葉をヒラヒラと浮かび上がらせる。

スゴイスゴイと手を叩いてはしゃぐサラサ。



 ――話がぶつ切りになってしまったが、「赤」の魔法使いをも退ける要素がこれだ。

それは相性の良い「青」の魔法使いを味方につけること。

もうおわかりだろうか。

水分を含んだ木材は燃やせない、ということだ。



「それにしても沖合いに住む大王タコがどうしてこんな浅瀬に?」と疑問を投げかけるシロ。

「おそらく例の地震が原因じゃろうな」とアイリーフが話す。

「地震?」フレッドがチラリと横目に反応する。

「何が言いたいんですの」それを受けて訝しい表情をつくるモカ。

そんな二人のやり取りを華麗にスルーしてアイリーフの話は続けられる。

「地震の発生源は圧倒的に海上が多いからの。海の中にいると揺れがひどいから浜辺で休んでいたんじゃなイカ?」

「そんな船乗りみたいな感覚なの?」と首をかしげるサラサ。

「つーか! 捕まえたらさっさと海に潜ればよかったのにあのノロマタコ!」とサイダーが憤る。

「あのタコは空気の読めるタコだったんだよ、ケーワイダーと違ってな」とフレッドが返す。


「あのタコさん、タコに見えるけど実はイカだよ」と本の虫メローネがぽつりと語る。

この衝撃の真実には一同全員が驚きの声を出さずにはいられなかった。



 タコ、もとい一連のイカ騒動が収束に向かう頃。

アイリーフの元へ駆け寄るシロはまず頭を下げた。

「ごめんなさいアイリーフさん」

「なんじゃなんじゃ?」と唐突な謝罪に困惑するアイリーフ。

「さっきの質問、嘘をつきました。

本当は一番好きな子がメローネさんで、一番可愛いと思うのは違う人なんです」


 二人はこの海限定でバディを組んでいる。

エルザの叫び声が聞こえてくるまでの間に、アイリーフがシロに好きな女の子と可愛いと思う女の子を尋ねていたことを思い出してほしい。

あの時は照れ隠しのつもりで前者は『いない』、後者を『メローネ』と嘘の回答をしてしまった。

そのことを訂正しに来た彼の目を見て、彼女は笑顔でもって許してあげた。


「そうか。すまんな」

「こちらこそ、フレッド先輩のことありがとうございました」


 ペコリと一礼するとシロはきびすを返してまた走り出す。

小さく手を振って見届けるアイリーフ。

走る彼の後ろ姿が三度あの日の少年のものと重なった。

そういえばあの少年はいつだって前を向いていて、座り込んでばかりいる自分は顔を見ることすら出来なかったな。

そのことを思い出した彼女は改めて認識する。

強い心を持って占ってこそ本当の真実が見えてくるのだと。

背中を追っていた彼が向かうその先には、アイリーフの本当のバディの姿があった。



「あの、エエエルザさん」

 まだ緊張は解けない。

それでもシロはこの海での出来事を通じて前を向くきっかけをもらった。

そしてターゲットは今自分の目の前にいる。

後ろには勇気も力も何もかもを与えてくれた先輩達がいる。

もう逃げることはできないんだ。


 エルザは顔を背けつつも先手を打った。

「か、勘違いしないでよね。私一人なら余裕だったけどフレッド君が一緒だったから魔法を使えなかっただけなんだから」

「うん、ありがとう。先輩を助けてくれて」


 すかさず右手を差し出すシロ。

エルザの伸ばした手が一瞬ためらわれる。

しかしすぐにまた接近し、まず人差し指が最初に触れる。

それで何もないことを確認した後に手をつなぐことに成功した。

そこから彼女はつないだ手から目線を持ち上げる。

そして対面する彼の目をまっすぐに見て、色白の顔を赤く染め上げながら大きな声で言い放った。


「こっちこそごめん!」


 言いたくても言えなかった四ヶ月分のごめんの気持ち。

さっきよりも強い力でぎゅっと手を握り返して送りつけた。

それぞれの一年生の後ろで見ていた二人も、祝福するように笑顔を向けていた。


「さぁ。仲直りも済んだことだし、みんなで食事にしようぜ」


 フレッドの声を聞き振り向くと、そこには着々と食事の準備を進めるみんなの姿があった。

見渡すと浜辺に打ち上げられた巨大イカの一本足。

そして先程のイカの大暴れによって海面に浮かび上がってきた大量の魚市場。

海を訪れた当初にアイリーフが占った運勢。


『今日はおなかがいっぱいになるでしょう』


 奇しくもその未来は的中し、その後もとことん海を堪能した魔法使い一向。

紅く染まった夕日が西の海へと沈んでいく頃、

帰りの馬車に揺られながら皆はしゃぎ疲れて眠っている。

しかし一人だけ、ぱっちり目が冴えている男がいた。



「フレッド先輩、起きてます?」


 シロの呼び掛けに誰も反応しない。

当のフレッドはグーグーといびきをかいている。

美少女揃いの面々の寝顔を拝む千載一遇のチャンスを逃していることにも気付かずぐっすりだ。


 夕日に照らされし右手を眺めながら言いようの無い不安感が彼の周りを包んでいる。

右手を通して体内に侵入してきたあの炎はいったい何だったのか。

左手の指で触れてみると、その手は冷たく震えていた。



 続く。

 八人も登場させたもんだから、極力四人にライトを当てたけど長くなってしまいました。

楽しんでいただけていたら幸いです。



 予告。

フレッドとシロ、バディ崩壊の危機が訪れます。

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