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黒の魔法使い  作者: ハルシオン
第六章
17/40

17.ピンクの魔法使い

17.



 ドンドンドンとやかましくドアを叩く音でシロは目覚めた。

外はもう薄暗く、明かりが点いてないせいで部屋の中でも転んでしまいそう。

室内はほんのり蒸し暑く、かいた汗でシャツがまとわり付く。

傍らには一冊の分厚い本が無造作に横たわっている。

参考書「Five Colors~スライムでもわかるオークロッテ式魔法の基礎~」をベッドで読み耽りながらいつの間にか眠りに落ちてしまっていたようだ。



「シロー、開けろー」


 聞き慣れたバディの大きめな声。

外は風の勢力が増しておりガタガタと忙しなく窓を揺らす。

両側を騒音で挟まれながら、足元をゆっくり確認して一歩ずつドアへ向かう。

ガチャンと鍵を開けると同時にノブが回り、ゆっくりと開くドアの影からフレッドがぬっと姿を現した。


「暗いなこの部屋。電気くらい点けろよ」


 濡れた髪からポタポタと水を滴らせながらフレッドがぼやく。

すると寝ぼけ眼をこすりながら言葉につまるシロを見て察する。


「なんだ寝てたのか」

「どうしたんですか?」シロ、寝起きの第一声。

「いやなに。台風対策に土のう詰めをしてたら部屋の鍵を落っことしたらしくてな。それでこっちの窓から飛び移ろうかと」

「スペアの鍵はないんですか?」

「そんなんもらってくんの面倒くせえだろ。とりあえず拭く物ないか?」


 水滴で垂れる前髪を左の手で上げながら、もう片方の手でタオルをよこせとせがむ。

フレッドのこういう所がシロはたまに分からなくなる。

自分が同じ立場だったら先生に事情を話してスペアキーをもらってくる。

その方が安全で確実だから良いと思う。

これが普通なのか。

自分が間違っているのではないかと戸惑うこともしょっちゅうだ。


「メシ食ったか? まだなら奢ってやるよ」

 フレッドの粋な一言でシロの邪推と眠気は消え、目がパッチリと開いた。

「いいんですか」

「臨時収入が出たから特別だぞ」


 そしてわずか一行の間に身支度を終え、並んで夕ご飯をかっ込んでいた。

この日は二人とも豪勢に定食を頼む。

ホカホカの白米、六等分に切り分けられた分厚いカツ、色とりどりの野菜におかわり無料のスープ。デザートにプリンもついている。


 パクパクと軽快に口の中に放り込まれていく料理達に嬉々とした顔で舌鼓を打つ。

バディの奢りであるというのもその笑顔の大きな要因に含まれているであろう。



「センパイおつかれー」

 甲高い声が二人の間に割り込んでくると、それまでのルンルン気分を一気に吹き飛ばす顔が近づいていたことに気付いた。

昼間の二人組だ。

教室で読んでいた本を叩き落とし、去り際に暴言を吐いていったギャル達と鉢合わせになった。

条件反射でうつむくシロ。

しかしそれを隣にいるフレッドに悟られたくないと必死に顔を持ち上げ笑みを浮かべてみせる。


「大変だったねセンパイ」とオレンジ色の髪の女子が労いの言葉をかけてくる。

夏が訪れる前から日焼けしたかのように肌が黒く、その見た目とは裏腹に甘ったるくて愛らしい声。

フレッドの右肩にそっと触れるように近付いてそのままか細い指を使ってのマッサージに移行する。


「風邪引いてない? このタオル使ってよ」と茶髪の方の女子が反対側から言い寄ってくる。

怯えるシロにお尻を向けて立ち、差し出したふわふわのタオルで乾き切っていないフレッドの髪を優しく拭き取る。

この子も濃度は落ちるものの肌が黒く、それでいて見た目相応にサバサバとした喋り方をしている。



 一人の男子に群がる二人のギャル。

そこには完全に三人だけの空間が出来ていた。

まるで存在していないかのように隣にいるシロを置き去りにして会話が弾んでいた。


 料理を運ぶ手が止まる。

フレッドはしてやったりといった顔で隣の男子に話しかけた。

「どうだ。俺はこう見えて結構モテるんだぞ」


 それは彼なりの優しさだったのか。

ただ単に自慢したかっただけなのか。

その真意はわからない。

答えを聞く前に、椅子の間に立つ彼女が一歩詰め寄りその男子の姿を覆い隠してしまったのだから。

「なにそれ自虐ネタ~?」

「モテないわけないじゃん。男らしくてカッコイイもん」

 もう一方の女子も畳み掛けてくる。

マッサージを続けていた手つきが徐々に艶かしく下がっていき、それに気を良くしたフレッドが目線を写す。

「わーお。俺も君達みたいな情熱的な女性はタイプだな。雨に打たれて冷え切ったこの心も体も暖めてほしいぜ」

「やーだセンパイのエッチ~」

「でも私達、センパイの役に立てるなら一肌も二肌も脱いじゃうかも~。普段バディの子の面倒も見て大変だろうし~」

 食堂に一際大きな黄色い歓声が上がる。


 シロはもう面を上げていられなかった。

必死にもたげていた頭が見る見るうちに力なくうなだれる。

そんなバディに一瞥をくれながら、フレッドが愚痴にも似た感想を大声で漏らす。

「だよなー。俺の後輩の使えなさといったら無いんだよなー。

弱くて泣き虫で引っ込み思案でマジで扱いにくくてスゲー手が掛かるんだ。

一瞬だけ見ると今でも女と見間違えるし、その度にガックリきてんだよ。紛らわしいったらないぜ」


「早く学校辞めちゃえばいいのにね。才能ないんだからさ」

「ねー。バディ組まされる側の気持ちにもなれって感じ。あーゆー奴をKYって言うんだよね」

「そーそー。おまけにあいつ『黒』じゃん。いるだけで迷惑な存在じゃん」

「周りがどんな風に思ってるか分かれよ! って感じだよねー」



 シロは動かない。

彼女達の口から出る罵詈雑言に言い返すことも出来ず、石像のように固まったまま座り込んでいる。

その横で〆のスープをすするフレッド。

空いた茶碗をタンとテーブルに置き、立て掛けた刀を取り席を立つ。

その表情にはいっぺんの曇りもない。

「全くもってその通りだな。『黒』の魔法使いなんて厄介極まりない」


「なんかここ暑くない?」顔をパタパタと手で仰ぐ仕草を見せる。

「ねー早く部屋いこー。ガマンできなくなってきたー」もう片方は甘えた声で誘惑してくる。

「そうだな」残ったプリンを容器ごと掴み取り、ズボンのポケットにぞんざいにしまい込む。

二人の少女をはべらせて「赤」の剣士は食堂を後にする。

バディの姿はその目に映ってすらいない。



「その前にひとつ」


 突如立ち止まり、おもむろに刀を構えるフレッド。

ゆっくりと鞘から妖刀を引き抜いた時、炎は出ていないものの刀身が凄まじい高温になっているのを感じた。

そのまま振り返ると二人の女子のぱっちりメイクされた瞳を交互に見つめる。

茶髪の彼女はより一層可愛らしい表情を作り、オレンジの方は突然のことにポッと顔を赤らめる。

それを見届けた後に彼は言った。


「その体に汚い菌が付いてないかチェックだ」


 キンと刀を鞘に戻した瞬間。

彼の周囲に猛烈な突風が吹いた。

巻き上がる熱風。

閉め切られた食堂に吹き荒ぶ謎の風。

熱気を帯びた猛風は上昇気流を形成し、床から天井を目掛けて螺旋を描きながら舞い上がる。


 室内にこだまする風切り音。

そして女子の悲鳴。

フレッドとシロの眼前には、うら若き乙女達のあられもないデルタ地帯に映える鮮やかなカラーの肥沃な大地が広がっていた。



 続く。

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