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黒の魔法使い  作者: ハルシオン
第六章
16/40

16.紫の魔法使い

16.



 雨雲が立ち込める初夏の午後。

学園に強い勢力の嵐が近づいて来ている。

いまだ地震活動の活発なこの地域に、学園では洪水や地すべりなどの災害対策が急がれている。



 その日、フレッドの姿はなかった。

貴重な男手ということで教師に駆り出され、ぼやきながら強風の中へ行ってしまった。

残された彼のバディは教室で一人静かに本を読んでいる。


 本のタイトルは「雨宿り竜の魔法炎」。

今、魔法使いの若者達の間で最も人気のあるサブカル系ファンタジー小説。

落ちこぼれだが努力して成長していく主人公に皆が共感を受けるのだ。

シロもそんな読者の一人である。

主人公の境遇が自分に重なり、その主人公が使う炎の魔法がバディのフレッドに重なる。

その主人公が、氷を操る仲間と共に悪の魔法使いとの戦いを繰り広げている最中のことだ。


 ドンと強い衝撃。

文字を追うのに夢中で反応が遅れた。人がぶつかってきたんだ。

床に落ちた本を拾おうと屈んだシロの背中に、甲高い女子の声が降り注ぐ。


「あーら、ごめんあそばせ」

「あんた男のくせに力仕事に呼ばれてないんだ。カワイソー」


 嘲笑を含んだ言葉だけ残して教室を後にする。

彼女達は同じクラスの女子生徒。

今時のオシャレに命をかけるギャル魔法少女で、制服の上から化粧も香水もバンバン振りかけて、パンツが見えそうなくらいスカートを短くつめている。

彼女達は入学初日からシロのことを良く思ってはいなかった。


 そんなシロが「黒」の魔法使いであると知れたあの日から陰湿ないじめが始まり、それは次第にエスカレートしている。

その行為をひたすら黙って耐えてきた。おとといも昨日も、そして今日も。



「こんにちは」


 聞き慣れた、だけどさっきとは違う声。

顔を上げるとメローネが両手にカバンを抱えて立っていた。

先日知り合った「緑」の魔法少女とはあれから本好き同士として交流が続いている。


「あ…」


 いきなりのことで言葉が出ない。

緊張しているわけではない。とっさのことに、何と言ってあいさつをすればいいのかわからなかった。

手に取った本に目を落とすとホコリが付いているのに気付き、慌てて謝った。


「ごめんね。借りてた本、ちょっと汚しちゃった」

表紙をパンパンと手で払い、申し訳なさそうに差し出す。

「いいよそれくらい。どこまで読んだ?」メローネは笑顔で許してくれた。

「主人公が雪の中に埋まっちゃうところまで読んだよ」と照れながらシロが言う。

「そこ面白いよねー。私そのシーン大好きなんだ」と嬉しそうに話すメローネ。

「私もそこでいつも一分間くらい笑いが止まらなくなるわー」とサラサ。



 サラサ!?

あまりに唐突に溶け込んできた彼女の存在にビクつくシロとメローネ。

かつて秘宝の一件で共に戦った「青」の魔法少女がいつの間にか教室に入ってきていた。


「なによ、お化けでも出たような顔して」

 透き通る瞳の彼女が冗談を交えながらシロを見る。

そのままメローネの方へ視線を移し、ペコリとおじぎをした。


「一年生だよね。私『青』のサラサ。シロ君の友達」

「『緑』のメローネです。よろしく」彼女も、深々とお辞儀をした。



 ここで魔法使いの四色について注釈を入れよう。

水を司る「青」と、植物を司る「緑」。

お互いの相性は言うまでもなく良好。上下関係のない相互利益の関係を結べる理想のペアの一つ。

その「青」の彼女はニヤニヤと不気味ながらも可愛らしい笑みを浮かべて尋ねてきた。


「それにしてもシロ君も隅に置けないなぁ」


 コノコノと肘でグリグリされ、その意味を知るシロは顔を真っ赤にしてあたふたと否定する。


「ち、違うよ。メローネさんはただの友達だよ」

「ただの友達ってそんなキッパリ言わないであげなよ。メローネさんはどう思ってるかわかんないじゃん」

「えっ!?」


 彼女のその一言が、ここにいる文学系の男女にかつてない衝撃を与える。

本に記された内容によって与えられる感情とは根本的に違う。

シロもメローネも恋人はおろか異性に話しかけられただけで緊張してしまうほどの恥ずかしがり屋。

互いの存在が、人生で最初に出来た異性の友達と言っていいほどに。


「私が言われたら傷つくよ」サラサはぷぅーとふくれて見せた。

それは自分が同じように言われたら認めてしまうという意味の反応か。

それともただの冗談か。

メローネより先に知り合ったのに友達として見られていなかったことへの不満か。

少なくともシロは短い付き合いではあるが彼女の大まかな性格については把握していた。


「もう、からかわないでよ。何か用があって来たんじゃないの?」

 シロの返答に、彼女はケロッとした表情を作って答えた。


「いや。逃亡中たまたま通り掛かったらシロ君がいて、それで声かけただけだから」

「逃亡中ってどうゆうことですの?」


 メローネが抱いた疑問。

その理由はすぐに明らかになった。

廊下の向こうから、大声で彼女の名を呼ぶ者の存在があったからだ。


「サラサー! 水着の件で話がある! 隠れてないで出てきてくれー!」


 ドタドタと慌しく近づいてくる足音。

シロには声の主が誰かすぐにわかった。

語尾に必ずビックリマークが付くこの大音量は彼女の兄、サイダーしかいない。


「お前が昨日買ってきた水着は危険すぎる! 兄として見過ごしにはできない!

学園指定の水着があるだろうがあれにしろ!!」

 姿の見えぬ妹に懸命に呼びかける兄。


「もう、うっざい兄貴。自分から言いふらしてるじゃん」

 息を潜めながら悪態をつく妹。

自分の身を案じての事であるのは彼女自身がよく分かっているが、理解することまでは出来ない。

サラサはまだ年頃の女の子なんだ。



「どんなの買ったか見たい?」

 そう言って意地悪そうな表情を浮かべると、ちょこんとスカートの裾を指でつまんでみせる。

青とモノクロの三重柄のチェック模様が持ち上げられ、そこから白い肌がチラリとのぞく。

その仕草が意味する事象はたった一つ。

すでに下に穿いている、ということに他ならない。


 赤面するインドア派の二人を前に、ニシシと笑って彼女は言った。

「今度のプール実習の時に見せるよ。じゃあねメローネさん、シロ君も♪」


 スカートをつまんだ指の力を緩め、お次は人差し指と中指をくっつけての合図。

そのまま彼女は走って行ってしまった。

フワリとスカートを翻して去った後、微かに残ったシトラスの香りが夏の訪れを告げていた。


 その様子を物陰から眺める二人組の影があることに、シロ達は気づいていなかった。



 続く。







 と見せかけてまだ終わりません!

入れ替わるようにメローネのバディがやってきた。

二つの綺麗な螺旋を描いた髪を揺らしながらモカが現れたところで今度こそ、


 続く。

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