15.パートナーは投げ飛ばすもの
15.
フレッドが提案した魔法対決。
それは己のバディと信じ合わなければ勝つことのできない魔のゲームであった。
それでは早速、対決方法の説明に入る。
勝負は魔法の力でバディをどれだけ遠くまで投げ飛ばせるかを競う。
投げ飛ばすとは文字通り、人間自身をボールか何かに見立てて吹き飛ばすのだ。
その飛距離を競う。
なお一回勝負ではあるが、体力・魔力に余裕があれば二度目以降の挑戦も可能。
その逆、すなわち不戦敗を選ぶもこれまた可能とする。
先攻はフレッドとシロ。
後攻はモカとメローネ。
どちらのバディも前者が投げ手、後者がボール役である。
「要するに一年生をより遠くまで飛ばした方の勝ちだ。
だけど後輩を怪我させたら失格負け。相手を思いやってほどほどの力で投げるもよし。
果たしてそれで勝てるかどうかは分からないがな」
ニヤリと不気味な笑みを浮かべるフレッド。
そう。
この男に限って、パートナーの男子を気遣って手を緩めるなんてことがあろうはずがない。
全力で投げ飛ばす気満々だ。
「なんてことを考え付くんですか貴方は」
まさに外道。
説明を聞いただけですっかり青ざめてしまった一年生メローネをかばうように、彼女のバディのモカが割り込んで抗議する。
あのー、とその影からは提案者のバディすらも割り込んでくる。
「今回ばかりはモカさんに賛同するわけにはいきませんか?」
「いくわけねーだろ」
その表情は喜びに満ちていた。
少なくともシロの目にはそのように映ったという。
そして彼はバディの決断を悠長に待ったりもしない男だ。
やる事が決まればあとは炎のようにまっすぐ突き進むだけ。
こうやってシロという少年は地に足が付かぬままスタート地点にまでやってきたのであった。
「いくぞシロ!」
フレッドが奮起する。
手にした妖刀を鞘から解き放ち、火を纏った刀身をゆるやかに構える。
その炎はたちまち空気を飲み込んで膨れ上がる。
しかし不思議と熱くはない。
術者自身が生み出した炎の温度を極限まで低く保っているのだ。
「いいかシロ。着地のタイミングで魔法を使えば大丈夫だ」
こいつらからは見えないぐらい遠くまで飛ばすから、安心してあの黒魔法使っていいぞ」
ますます火炎を噴き上げながらのアドバイス。
この勝負はバディが怪我をしてしまえばそれだけで負けてしまう。
だからボール役のシロもまた、着地の寸前で魔法を使ってその衝撃を最小限にとどめなくてはならない。
そのため、いまだ魔法が安定していないシロは必死になって呼吸を整えている。
やがて意を決したかのように前を見据えて力強く答えた。
「別の意味で安心できません。でもなんとかやってみます」
「よく言ったァ!」
そして炎刀が振り下ろされた。
昇り龍の如き火炎がシロの体を押し上げ、舞い上がる。
ぬるま湯のような温かい炎の熱気がじりじりと背中を焼いていく。
あっという間にシロの姿は中庭を抜けて校庭の方にまで飛んでいってしまった。
「よし。次はお前の番だ」
「あなたそれでもあの子のバディですか!」
容赦の無い返しにモカが叫ぶ。
耐性の無い一年生メローネは生気が抜けたように震え上がり、ふっと気を失い彼女の肩にもたれかかってきた。
あわわと支えた全身に、彼女の命の重さがずしりともたれかかってくるようだ。
一方。
バディが飛んでいった方角を見つめるフレッド。
無事に魔法が発動したのを見届けると再度振り返り、メローネの体を支える彼女を一喝した。
「お前こそ本当にメローネちゃんのバディなのかよ」
あまりに唐突。
悪ふざけモードから一変した彼の表情は真剣そのもの。
「お前が言うな」などと言わせる雰囲気ではない。
そんな彼がモカを見つめてこう言った。
「一年生の可愛い女子は全員マークしてた。
だけどメローネちゃんのバディがお前だってこと、さっき会ってみるまで知らなかった」
思い出される、先刻のモカとの対面。
案内された先にいた彼女をはじめて見たときの彼の動揺。
あの入学式からかれこれ二ヶ月が経った。
この男ほどが持つ情報網ならば、美少女メローネのバディがこれまた美人の二年生モカであることを見過ごすはずがない。
「何が言いたいんですの」
メローネを支える手がじわりと湿る。
やや真剣にはなりきれていないが見つめ返すモカの目を見て、ゆっくりと彼は言った。
「お前。一度でもあの子の名前を呼んだことがあるか」
これが真意であった。
今日の彼女を見る限り、一度もメローネという名前を呼んでいないことにフレッドは気が付いていた。
名を呼ばず、悪評轟く者は有無を言わさず引き剥がし寄せ付けず、魔法対決にも応じさせない。
彼女のその過保護さをこの男は見過ごせなかった。
モカは言葉を失いうろたえる。
そして一年前のかつての自分を思い出していた。
一年生にとってバディを組む二年生は、親や教師と同じくらいに尊敬し頼るべき相手。
何不自由なく裕福に育てられた親元から離れてからも彼女は教師やバディにちやほやされて過ごしてきた。
いざ自分が上級生になった時、下級生にどう接してやったらいいのかわからずに過ごしてきた。
「『この子』とか『彼女』とか『貴女』とか。バディはただのお人形さんじゃないんだぞ。
子宝でも渡されたかのように大事にして、ちっとも魔法使いとしてのメローネちゃんを見てないじゃねえか」
うつむくモカ。
その視線の先に、ゆっくりと顔を上げるメローネの瞳があった。
まっすぐと見つめるエメラルドグリーンの瞳。
その奥底にあるのは、不安に怯える彼女自身のクロムイエローの瞳だった。
モカとメローネ。
彼女達バディを眺めながら、再度フレッドは校庭の方へと目を向ける。
漆黒の彼の瞳はどこか物憂げで、まるで普段突き放してばかりいるバディのことを案じているようであった。
「バディってのは可愛がるだけじゃ駄目なんだよ。
まだまだ未熟なあいつを育て導いて、そして俺もあいつに助けられてる。共に成長し合えるパートナーだ」
湿気を運んでくる温い風が吹き出す頃。
メローネはもたれかかっていた彼女の肩から起き上がり、自分の足で大地に立った。
それを見届けた後に彼は小走る。
「俺は先に行くぞ。シロが無事かどうか見てこないと」
そのまま振り返ることなく彼は行ってしまった。
残された黄色と緑のバディは同じ方角を向いて立ち尽くしている。
彼の背中を眺めながら。
温い風が彼女達の背中を後押しするように吹いていた。
「まったくむちゃくちゃですわ。
こんな勝負、勝ったって何の得にもなりはしない。一年生を危険な目に遭わせるだけの無意味な行為ですわ」
綺麗にロールしたマリーゴールドの髪をなびかせて彼女は言った。
隣りに立つミントグリーンの髪の彼女は無言でモカを見つめる。
その表情には若干の影を落としながらも、さっきまでの怯えた様子はなかった。
彼女なりの誠意を込めてバディを見つめる。
それに応えるようにモカは、これまで背け続けてきた彼女の姿を確認するようにゆっくりと振り向いたのだった。
「でも、言われっぱなしは悔しいですわね」
「モカ御姉様。私なら大丈夫です」
左手を差し出す彼女。
空に向けた手のひらは、触れるのが躊躇われるほどに小さく幼い。
壊れてしまうことを恐れて触れられなかった儚い原石が、自らの力で輝こうとしているのを感じた。
親も兄弟も教師もいない。
ここには彼女と自分しかいない。
使命感にも似た勇気に突き動かされたモカはついに決意した。
「行きますわよ。メローネさん」
「はいっ」
彼女達は手を重ね合う。
そして一歩ずつ前へ。
始まりを示すラインに並んで立ち、そこから呪文の詠唱を始める。
するとメローネが立つ足元の土が円柱状にせり上がり、やがて直角に曲がってゆるやかに前進を始めた。
地面スレスレの上空を、土のベルトコンベアが彼女を乗せて目的の地へ運ぶ。
徐々に徐々に加速していくモカの魔法。
フレッドを追い抜き、風に乗せてどこまでも進むその乗り物の上で彼女も呪文を唱え始めた。
先に飛んでいった一年生シロの待つ地点まであと十メートル。
失速しだした土の乗り物から彼女は力強く飛び立った。
大地から大空へ。
その日「緑」の魔法使いは風をまとい、キラキラと輝きながら羽ばたいたのだった。
はたして勝負の行方はどうなったのか。
それはまた、別の機会にお話しましょう。
続く。
第五章、完です。
イラストは手書きではなくあえて全部ライン書きしましたとさ~。
予告。
全12章を予定してるので、次が折り返し地点です。