13.ナンパしようぜ
13.
「ナンパしようぜ」
親指を突き立てながら言い放たれた一言は強烈だった。
少なくともシロ少年にとっては全くもって未知、未体験ゾーンの行いであったのだ。
女の子を遊びに誘うという行為が。
「絶対無理です! ムリムリムリムリムリ」
大げさすぎるほどに意思表示をしてみせる。
その手をガシッと掴まれ動かせなくなるほどに強く握られ。
そしてズイッと顔を近づけてこられ追い討ちをかけられる。
「お前がちょっとでも女と喋れるようになったのは喜ばしいことだ。
女の子だって同じ人間だ。こんなの慣れだ。荒療治ではあるがこのオーソドックスなやり方が一番手っ取り早い」
フレッドが鼻息を荒げてまくし立てる。
一体、なぜこんなことになったのか。
季節は梅雨。
蒸しむしとした日々が続く。
衣替えも終わり、重たいローブを脱ぎ去った生徒たちはより開放的な日常を望んでいるはず。
フレッドという男の狙いはそこにある。
後輩のために動くなんてのは口実で、必ず裏があるのだ。
「仕切りは俺がやる。
お前は一歩下がってうなづいてるだけで良いんだ。
俺が上手く進めてバディをゲットしたら、片方はちゃーんとお前にわけてやる」
などと息巻いて部屋を飛び出したのもかれこれずいぶんと前のこと。
数十組のバディ(女子二人組に限る)に声をかけたが一向に釣れる気配がない。
収穫といえば、ブラウスから透けて見える色とりどりの下着を観察できたことくらいだろう。
こいつに限っては魔法使いの四色など何のその。
生徒の数だけ様々な柄や模様のバリエーションに富んでいた。
「お前が後ろでつまらなさそうにしてるから女の子が退屈すんだ」
フレッドは文句を言う。
するとシロも負けじと言い返す。
「先輩がいつも悪さをしてるから、女の子が警戒してるんですよ」
正解は後者。
毎日のように学園の美少女に声をかけて回るこの男子生徒は、全女子生徒から避けられている。
魔法学園の女子ネットワークにもしっかりと記されている。
『赤の二年生に要注意』と。
その時おもわずクラッときた、めまい。
不意にフレッドとシロを襲う立ちくらみ。
すぐにそれは目眩ではないことに気付く。
「また地震だ」
秘宝を奪還しに森へ向かった任務。
そこで怪我をして帰ってきてから一ヶ月の月日が流れた。
その頃から、魔法学園があるオークロッテ地方全域に小規模な地震が頻発している。
「黄」色の魔法使いによる観測の結果、体感できないものを含めると回数は三桁にのぼる。
死者や大きな被害は出ていないから良いものの、いまだかつて無いこの異常現象に生徒達からも不安の声が上がっている。
「最近多いですよね、地震」
「そういえばさ。
俺のクラスでこの地震を起こしてるんじゃないかって噂になってる奴がいてな…」
そこまで言いかけてフレッドは言葉を中断して走り出した。
その向かう先に女子生徒を確認し、シロは仕方なさそうに後に続く。
そして。
この男がただ女の子に声をかけるためだけに近づいたのではないことをすぐに思い知る。
さっきの地震のせいか。
彼女の足元に大量の本が散乱しているのが見えたのだ。
「ごめんなさいっ」
せっせと本を拾い上げるフレッドに、申し訳なさそうに頭を下げる彼女。
ミントグリーンの髪を左右で対称にくくり。
薄いピンクのカーディガンが可愛らしい彼女。
紺のスカートは流行に逆行してヒザまで届き、そこから紺の靴下がチラリとのぞく。
「いいよこんくらい。それより怪我は無い?」
「あ、ありがとうございます」
シロも追いついて最後の本を拾い上げる。
それを手渡す時の彼女の上目遣いに少し緊張してしまう。
これまでに知り合った女子はエルザといいサラサといい目線の高さが近かった。
自分よりも背の低い女子生徒と顔を合わせるのは慣れなくて妙な気分であったのだ。
「ありがとうございました。えっと…」
言葉に詰まる彼女に助け舟。
「俺フレッド。色は赤、よろしく」
「僕は16組のシロです」
二人は笑顔で自己紹介。
すると彼女はたどたどしい口調ながらも丁寧に返してくれた。
「15組のメローネです。『緑』です」
テレながら自己紹介するメローネを見てまたも緊張。
上述の二名とは外見的な違いだけでなく、内面的にも大きな違いがある。
あまり前に出たがらない新鮮なリアクションに思わずドキッとさせられる。
そしてこのタイプの女の子となら自分のペースで話が出来るような気がする。
ニヤついたバディの視線を横から感じて慌てて話題を振ったりもしてみるシロ。
「緑の魔法使いってはじめて出てきたかもしれませんね」
「出てきたってなんだよ。さっき声掛けた子達の中にたくさんいただろうが。
つーか保健のグリーン先生も緑だぞ」
ここで解説をしよう。
魔法使いの四色における「緑」は平和を象徴する色とされている。
性格的にも風のようにゆったりとして、植物のように穏やかな心の持ち主が多い。
フレッドの「赤」に弱い属性だが、魔法使い同士の相性は意外と良い。
それにはちゃんとした理由があるのだがまぁ今回はそこまで語らずともよいだろう。
「やっぱり一緒にいて癒されるのは『緑』の子だよな。
こうして知り合えたのも何かの縁だ。バディの子にも挨拶したいんだけどなー」
きょろきょろと大げさに辺りを見回して、なんとかこの関係を維持しようと画策するフレッド。
その目は獲物を狙う野生動物のような鈍い光をたたえていた。
「あ。モカ御姉様ならあちらにいますよ」
「御姉様?」
サイダーとサラサの様に、また兄弟姉妹でのバディかと焦るシロ。
フレッドの方は"御姉様"と聞いてむしろ血の繋がった兄弟や姉妹ではないと、なぜだか知らないが確信が持てた。
だがしかし。
御姉様の件ではなくむしろその前に付けられた固有名詞の方に焦るフレッド。
「え。モカってもしかして…」
「フレッド君?」
メローネが指差す先に人影あり。
ひとまわり小さめのシルエットが彼の名前を呼ぶ。
マリーゴールドの髪が風になびいたところで次回へと、
続く。