11.シロロロロ
11.
青い空、白い壁。
カーテンの隙間から差し込む朝日が眩しい。
左手首に巻かれた包帯をシュルシュルとほどいてゴミ箱に放り込むシロ。
白いカッターに袖を通し、黒のローブを羽織りながらやや駆け足で部屋を出る。
食堂よりも先に目指す目的地は保健室だった。
長い長い4部にもまたいだあの日から、三日が経った。
「黒」の魔法使いとしての素質を開花させたシロの魔法によって窮地を脱した一行は、ゴーレムを退けたのち全滅した。
最初に意識を取り戻したサイダーが学園からやって来た後発チームとの合流を果たし現在に至る。
この戦いによる死者は一人も出ず、全員無事に帰ってこれた。
一番の重傷者がフレッドだった。
魔力を使い果たした上に背中に重い一撃を受けて危険な状態だった。
それであの日からずっと保健室のベッドで過ごしている。
そんな彼に一日も早い回復を、と願いシロは毎日お見舞いに訪れている。
と、空白期間の説明をしている内にもう保健室に到着だ。
引き戸をガラッと開ける。
「失礼します、あれ?」
入って左手のカーテンをめくって三台並ぶベッド。
いつもの窓際のベッドにフレッドの姿はなかった。
背後からガララと扉を開ける音。
フレッドかと思い振り向くシロの目に映ったのは、白衣を羽織った妙齢の女性だった。
彼女は学園の保健医のグリーン先生。
シロがあまり気兼ねすることなく話すことができる数少ない女の人だ。
「彼なら散歩に行ってるわよ。
もうすぐ可愛い美少女が来るんだから待ってればって言ったんだけど」
開口一番に答えてみせたグリーン先生。
シロの表情を読み取ったのだろうか。
それも無理ではない話。
学園に帰ってきてからシロは、朝一番に必ず保健室を訪ねている。
三日連続だ。
もうすっかり顔を覚えられ、気に入られてしまったようだ。
シロはうつむく。
きっと、顔は美少女だけど中身は男の僕に会うのが嫌だから出かけてしまったんだ。
そんな感じの表情をしている。
「大丈夫よ」
またもシロの心を読み取ってグリーン先生が語りかける。
「背中の傷ももう塞がってるし。
さっきだって牛乳ゴクゴク飲んでたんだし、明日には君の隣りに戻ってくるわ」
優しい笑顔をふりまくグリーン先生。
男子はもちろんのこと、女子や教師達にも人気が高い。学園中の人間の癒し。
彼女とお話したいがために仮病を使ってまで保健室にやってくる者も多い。
ミスグリーン、二十一歳。
本当の年齢は誰も知らないが、学園に赴任してくる前に離婚をしているとかなんとか少し謎も付きまとう女性だ。
「よかった」
グリーン先生の言葉にほっと胸をなでおろすシロ。
その時ガラリガラリと扉が開く音。
次にシロの目に飛び込んできたのは、引き戸の影に隠れながら眉を吊り上げキョロキョロと室内を見渡している二人の女子生徒だった。
肩をすくめるその姿はまるでリスだ。
「どうしたのー? そんなに怯えて」
より一層穏やかな声で生徒に近づくグリーン先生。
目線を合わせて話しかけると少し安心した様子で口を開く。
「だって~、ここに噂の二年生が寝泊りしてるっていうから~」
「えー、噂になるような子なんだ。かっこいいもんね彼」
「違うんだよミドリ~ン☆ 顔はいいけど中身が問題ありすぎなんだよ~」
「うっそだー。保健室ではずっと大人しく寝てるわよ」
「気をつけなよせんせ~。可愛い子を見たら手当たり次第だからね」
「やっだー。こんな叔母さんでいいなら貰われちゃおうかしらー♪」
キャッキャと飛び交うウフフな女子会話。
♪マークや☆マークがついていそうな声のトーンで話し合う女子勢。
女だらけの魔法学園の性質上、極端に男を嫌う者もいればその逆もしかりだ。
誰が見ても美人のグリーン先生を、あのフレッドが同じ部屋にいて大人しくしているというのが気にかかる。
そのことについて思案中のシロをチラチラと盗み見ていたのが、会話に参加していないほうの女子生徒だった。
そしてハッと何かに気づいたように連れの子に耳打ちをする。
小声ではあったがシロにはしっかりと聞こえた。
「あの子よ」
隣にいた女子がそう口走ったのをシロは聞いた。
次の瞬間。
「それじゃ僕帰ります。さよなら」
言葉だけを置き去りにしてシロは保健室を後にした。
中庭の散歩コースを歩きながらシロは考える。
先発隊の面々は廃宿舎の中から発見された。
ロープで縛られて眠らされていたが、全員が大した外傷もなく回復している。
盗まれた秘宝『コスモプラネット』もそこにあった。
傷もなく、現在は盗まれる以前の部屋よりさらに厳重な鍵をかけて安置されているそうだ。
そして共に森へ向かったパーティのリーダー、レイ。
三年生の彼女だけが、先発隊を探してシロ達と別れて以降行方知れずになっている。
森でシロ達を襲ったゴーレムを操っていたのではないかという疑惑。
その真相はいまだ闇の中だ。
闇の中といえばシロだ。
シロが「黒」の魔法使いであるという事実はすでに学園中に広まってしまっている。
どこで誰が漏らしたのかは知らないが、学園にこの事実が流布されてしまった現実。
「黒」に染まった者に対する風当たりは強い。
邪悪なのだ。
その色が持つイメージどおり。
事実、数々の「黒」の魔法使い達が悪事を働いてきたことを歴史が語っている。
シロがフレッドに会いたい理由はここにもあった。
「黒」の力を悪と知りながらも頼りにしてくれたフレッドに会って、認めてほしかったのかもしれない。
「フレッド先輩に会いたい」
陽の当たるベンチに腰掛け、涙声でつぶやくシロ。
静かすぎる風が木々を揺らしながら中庭を通り過ぎていく。
「あなた、フレッドの知り合い?」
いつからそこにいたのだろうか。
シロの目の前にきれいな女子生徒が立っていた。
穏やかな碧眼。
澄んだ声。
風になびく長髪は光を浴びて透き通っている。
スリムな体型で、フレッドより少し低いくらいの長身だ。
白いシャツにモノクロチェックのひざ上スカート。
白と黒を基調にした服装のカラーがシロによく似ている。
「あなたは?」
シロが尋ねると彼女は言った。
「私は三年生のロロロ。
去年までフレッドのバディだったんだよ」
あっ! と思わず声を漏らした。
そして森の中でフレッドがぼやいた意味深な言葉の意味をようやく理解した。
フレッドのもう一人のバディ。
それはシロが入学するよりも前のこと。
フレッドが一年生だった頃に組んでいた当時の二年生、つまり現三年生の事を指していたのだ。
「ろろろさん」
一文字ずつ確かめるように、ゆっくりと名前を復唱する。
そうしたら照れくさそうな顔をしてみせた。
「噛みそうな名前でごめんね」
よいしょとわざとらしい声を出して隣に座るロロロ。
スカートがベンチにフワッと広がる。
そして持っていた茶色の紙袋に手をつっこんでガサガサと何かを探す。
シロは物珍しそうに彼女の横顔を眺めていた。
「食べる?」
目の前に差し出されたのはチュロス。
甘ーい砂糖をまぶした長ーいパンをつき出し、顔の前でゆーらゆらと振る。
だけど今は何かを食べるような気分ではなかった。
チュロスのことなど気にも留めず、胸に溜まったもやもやをどうにかして消し去りたい気持ちでいっぱいだった。
「僕、どうしたらいいんでしょう」
「シロ君はどうして魔法学園へ来たの?」
いきなり変な事を聞かれたものだ。
しかしこの質問は、女子生徒にしてみれば実はとても興味を引く事柄なのだ。
魔力は基本的に女性にしか宿らない。
小学校と中学校の義務教育を終えれば大抵の男子は魔法を扱わない普通の高校に進むか、働きに出るものだ。
シロはそうしなかった。
苦手な女子がたくさん在籍してることを承知で魔法を習いに来た理由とは?
雲を見上げながら質問を続けるロロロ。
「男の子が魔法学園に来るなんて珍しいことなんだよ。
フレッドはハーレムを作るっていう、よこしまな野望を持っている。
サイダー君、だっけ。
彼は大切な妹を学園に一人で通わせるのが不安だったから、なんだって。
どちらも本人達にとっては凄く重要な理由だ。
シロ君にもここに来た目的があるんじゃないのかい?」
語尾のイントネーションを吊り上げてシロの方に目を移す。
全てを見透かすようなその視線から逃げるように顔を落とすシロ。
少しだけ間が空いた。
そして。
「僕は…」
シロが語りはじめる。
自分の胸の内に秘めた想いと、過去を――
続く。