10.黒い影
10.
「フレッド先輩!」
木々の隙間から差す日の光。
それを遮るように人の影が動く。
何度も何度も名前を呼ばれて少しずつ意識が戻ってきた。
土の上で仰向けに倒れていたフレッドのそばにシロがいた。
服やローブがボロボロになっていて、全身埃まみれの汚らしい格好をしている。
しかしそれはお互い様であることにすぐに気付く。
近くには見慣れた「青」の魔法使い達もいた。
その手には命と美少女の次くらいに大切にしている妖刀が握られていた。
ひとまず全員が無事に生きていた。
目覚めて早々、まずは一安心のフレッド。
だがサイダーのそばで同じく倒れこんでいる彼女を見るや否や飛び起きて傍へ駆け寄る。
「サラサちゃん、どうしたんだ」
「魔力を消耗しきって休んでるだけだ! 静かにしろ!」
現在の状況。
倒したはずのゴーレムが復活し、さらに強力なパワーで攻撃してきた。
シロを逃がすために死を覚悟して立ち向かったフレッドであったがその力は遠く及ばなかった。
土壇場でチームの危機を救ったのがサラサ。
魔力を振り絞ってゴーレムの動きを止めることに成功。
気絶したフレッドを担いで辛くも森の中を逃げ回っている状態だ。
ゴーレムの足音がいまだ大地を揺るがしている。
乗ってきた馬車はどうなったか分からない。
三年生のレイは現れず。
彼女が黒幕であるかどうかに関わらず、いまだ合流することができずにいる。
気になることは山ほどある。
フレッドはまず、今一番気にかけている者の元へ歩み寄り、語りかけた。
「どうして逃げなかった」
「助けてくれてありがとう」
真っ先に頭に浮かんだのは後者。
しかしフレッドが発した言葉は前者だった。
先輩として格好つけた手前、そう言うしかなかった。
「フレッド先輩こそ、どうして僕なんかをかばって」
すっかり弱気モードになっているシロ。
それを見てついつい強気な態度に出るフレッド。
「勘違いすんな。
お前を盾にしようとしたらしくじっただけだ」
一ヶ月前のことを思い出していた。
わかりやすく言うと第二章での出来事だ。
サラサにちょっかいを出したらその子の兄が遠くから水弾を放ってきて、それを防ぐためにシロが盾にされた。
そのすぐ前にも彼女の水魔法が失敗して、シロを身代わりに自分の身だけは守ったことがあったな、と。
「盾。
誰かの役に立てるのならいっそ盾になれた方が幸せだった」
その言葉を聞いてフレッドが怪訝そうな顔をする。
だがそんなことはお構いなしにシロは語る。
フレッドに向けた背中と声は震えていた。
「なんで僕はこんなに弱いんだ。
こんな状況になっても守ってもらうことしかできないなんて。
女の子のサラサちゃんだってあんなになるまで戦っていたのに」
サラサの意識はまだ戻らない。
リーダーを見失ったパーティは全員傷だらけ。
片手で涙を拭き、もう片方の手で鼻水を拭う後輩の姿。
ゴーレムの足音が鳴り響く森の中。
痺れを切らしたようにフレッドが動く。
背を向けるシロの正面に回り込み、かがんで目線を合わせて話しかける。
「泣くんじゃねぇ。男だろ」
いつも以上にかわいらしく映るシロの顔。
小柄で華奢な体に、両手で泣き顔を隠す女の子っぽい仕草。
泣き止まない彼を見てチッと仕方なさそうに舌打ちしたかと思えば、髪の毛をかきむしりながらボソッと愚痴をこぼす。
「まったく。
アイツといいお前といい、なんで俺のバディはこんな変な奴ばっかなんだ」
シロの泣き声が一瞬だが止んだ。
それは直前の彼のセリフを聞いてのもの。
フレッドにはもう一人パートナーがいる。
それはこの学園の二年生ならば誰もが知っていることであるが、一年生のシロはきっと気づいていないだろう。
シロの動揺。
誘ったのだ。フレッドがわざと。
泣きながらでもちゃんと自分の声は届いていたのだと確信したフレッドは、彼の両肩を掴んで耳元でささやく。
「一度しか言わないからよく聞け」
もう体は限界に近づいていた。
肩に置いた両腕の震えを必死に我慢して、弱ってるのを悟らせたくなかった。
もう剣を持って戦うことさえできないのなら最後の手段に賭けるしかない。
その選択がシロをどんな悲惨な未来に進ませる結果になろうとも、今ここで何も知らないまま死なせてしまうよりはマシだと思ったのだ。
じっと目を見つめてくるシロに、意を決してフレッドが真実を伝えた。
「お前は黒の魔法使いだ」
この世界の魔法使いは四つの色を持っている。
「赤」は火、
「青」は水、
「緑」は風と植物、
そして「黄」色は大地と電気を司る。
その四色は単なる魔法の系統だけでなく、術者の外見や性格にも多大な影響を与える重要なファクター。
この世界において「黒」の魔法使いとは、四色に属さない五番目の色。
属さないようでいて属している色。
なぜなら過去に「黒」と認定された数多くの魔法使い達は皆、元々は四色のいずれかの色を持っていたからだ。
「シロ、お前が『黒』なんて信じられねえ。だから今まで黙ってた。
だが自覚しろ。
お前は黒の魔法使いだ。
過去に何があったのか知らねえし興味もねえ。
黒に染まった著名な魔法使いはみんな魔法を使い続けるうちに心が闇に落ちたが、なぜかお前は生まれつき『黒』だ。
それが何を意味するのかわからない。
でも今は余計なことを考えずその力を使え。
その力を、お前や俺やサラサちゃんを守るために使え」
フレッドが熱く語る。
自覚させること。
シロの後ろ向きな態度を直すこと。
初めて魔法を使う上で大切な二つのことを、フレッドは熱い想いを込めて言葉に乗せた。
これがシロの「黒」魔法を呼び覚ますきっかけとなってくれることを願って。
「一度しかと言いながら、結構いっぱいしゃべったな」
そんなフレッドとシロを横目で眺めていたのが「青」のサイダー。
左手に木製の杖。
そして右手には妹サラサの純白の杖が握られている。
二人のことを茶化しながらもその表情は真剣そのものだった。
「てめぇ、こんな時にそういうこと言うのやめろ。ぶちころすぞ」
「うるせえ! こんな時まで俺の名前を呼ばないお前が悪い!
それよかついに気付かれたぞ!」
サイダーの視線の先を追うと、ゴーレムはすぐそこまで接近してきていた。
フレッドに致命傷を与えた土を飛ばす技の射程にまもなく入ってくる。
いまだ意識が戻らず倒れこんだままのサラサもいる。
もはや一刻の猶予もない状況だ。
「とにかくそういうことだ。
お前のやるべきことが何かわかるよな」
フレッドは尋ねた。
この場合は二人同時に。
「もうやってるよ!」
先に質問に答えたのはサイダーだ。
両手に杖を構えて呪文を唱えると、大地や周りの木々、果ては大気中からありったけの水を精製しかき集める。
みるみる大きな水風船を作り上げるとそのままゴーレムの全身を包み込んでしまった。
「この技はお前を倒すためのとっておきだったんだけどな!
しゃあねえな! ここでくたばるよりはマシだ!」
ゴーレムを飲み込んだ水風船が回転し始める。
時計回りにシュルシュルと回りドンドン加速させていく。
左手の杖を横回転、右手の杖は縦回転。
二本の杖の動きに連動して水風船も回り続けて、やがてその水圧は触れた樹木をなぎ倒すほどの威力を持つほどになった。
これだけでも凄い。
中に閉じ込められている土の怪物はされるがまま、洗濯物のようにぐるぐる洗われるだけ。
この世界に電動の洗濯機があるかは定かではないが!
しかもサイダーの新技はここからが凄い。
…そのはずであったが徐々に杖の回転速度が落ちてゆき、それにあわせて水風船の回転も緩やかになっていく。
これだけの大技だ。
サイダーの魔力の方が先に尽きてしまったのだ。
「スーパーウォーターレイン、これで打ち止めだ!」
声に出すと同時に水球は急激に収縮し、破裂してしまった。
大量の水分を含んで重くなってはいるが水牢から脱したゴーレムはいまだ生存。
ドサッと倒れこんだサイダーと傍らにいるフレッド達を見つけるや一歩一歩ゆっくりと近づいてくる。
「くっそー、超だせぇじゃねーか。
どこまでネーミングセンスないんだよダサイダー」
これで戦闘不能者が二名。
立つのがやっとのフレッドも含めれば、残る魔法使いはシロ一人のみ。
黒塗りの杖を構えてはみたが、呪文すら知らない彼にできることはただただ声を出すこと。
そしてあの時のことを思い出すことだけだ。
「僕は『黒』の魔法使い。
僕には、みんなを守れる力があるんだ」
シロの努力に呼応するようにフレッドも続く。
「そうだ。
お前は一度、エルザちゃんとの戦いの時に魔法を使っている。
あいつも同じ『黄』色だ。思う存分やれ」
発動させるのは、かつてエルザの雷撃を打ち消した魔法。
あの時もシロは呪文なんて唱えていない。
「僕は、みんなを守りたい」
シロはさらに強く思う。
次第に杖や体がポカポカ温かくなっていく感じを覚えた。
背後では頼りになるフレッドがいる。
何も恐れる必要はないのだ。
その支えがシロを、ゴーレムが目下五メートルの位置にまで近づいて来ていても怯えることのない強い自信を与えている。
フレッドの声は届かない。
届くわけもない。
我慢して耐えていたダメージが限界を超えて気を失う寸前にも、シロに動揺を与えまいと離れて気絶した。
振りかぶったゴーレムの両腕。
サイダーの魔法で重みがついたままのそれが勢いよく振り下ろされる。
まさにその時だった。
「僕がみんなを守る!」
強い意志が宿った時、シロの周囲に変化が起きた。
そしてゴーレムの攻撃はシロに命中する寸前で停止した。
怪物の両腕を「黒」い霧のようなもやもやが包み押さえ込んでいるのだ。
そのもやもやが急速に広がっていき、腕から肩、胴体へと侵食していく。
頭に到達する頃にはゴーレムの両腕は無くなっていた。
「あと少し」
このもやもやはシロが自分の意思で操っているのか。
どうやって発生させたのかもわからないくらい必死に杖を構えていた。
次第に目がかすみ、全身がだるくなってくるのを感じたがシロは踏ん張り耐えた。
後ろに控える三人のこれまでの活躍を思い出して力を振り絞った。
そして意識からがら、ついにゴーレムの全身を「黒」い霧もやが包み込んだ。
その瞬間、安堵から意識が飛んだ。
そのまま糸が切れたように倒れこみ、杖も手から離れてしまった。
ついに四人全ての魔法使いが戦闘不能に陥ったが、「黒」いもやもやは侵食を続けている。
次第にゴーレムの両足も胴体も飲み込み、最後は頭を残すのみとなったその時――
ブツン!
ここで映像が途切れた。
薄暗く閉め切られた部屋の一角。
掌に映し出された漆黒の闇を見つめ、不気味に笑う者の影がそこにいた。
続く。
第三章、完結です。
予告。
レイはどこに行ったのか! 盗まれた秘宝は? 最後に笑ってる奴は誰?
それらは第四章(2部構成)で明らかになるはず!