1.「赤と黒」
1.
「ついにこの日が来たか」
ここはとある大陸の魔法学園。
火や天候を操ったり、
空を飛ぶための魔法を習い、
一人前の魔法使いを目指す若者たちが集まる学び舎。
桃色の花を咲かせた木々の脇を、新調したてのローブを着た生徒たちが列を成して歩いてくる。
長机に掛けてその様子を眺める在校生の一人がつぶやくと、右隣に座る女子生徒が尋ねた。
「どうしたのフレッド君?」
フレッドと呼ばれた男子生徒は目線を外さずに返事をする。
「ついにこの日が来たんだよ」
ツンツンに逆立てた黒い髪。
赤い瞳をギラギラとたぎらせ、口元をニヤつかせながら新入生を見つめる彼を見て、
今度は左隣に座っていた女子生徒が口を挟む。
「いたいけな下級生に手を出すつもりね、きっと」
魔法学園の男女比率は1:99で圧倒的に女子が多い。
なぜなら魔法を使うために必要な魔力は、基本的に女性にしか宿らないから。
すなわち、魔法学園に入学してくる生徒もおのずと女子が多くなる。
「まだ魔法を上手に扱えない女の子にやさしく手ほどきをして信頼を得る。
やさしい上級生のお姉さま、生意気な同級生、俺を慕ってくる一年生。
俺の野望は女子に囲まれたバラ色の学園生活を送ること。
そして真の野望は学園生活を終えた後、
この学園の教師となって女子生徒のハーレムを作り上げることだぁ!」
「声に出てるよ」
机をはさんだ向かい側の生徒からもつっこみをもらった。
もちろん女子だ。
などと騒いでいるうちにいよいよその時がきた。
教師がプリントを見つめ、二年生と新入生の生徒の名前を一人ずつ読み上げる。
バディシステム。
魔法使いの教師不足問題を解消するための措置で、
学園側が教鞭を振るう授業とは別に二年生が一年生をマンツーマンで指導する時間がある。
フレッドの口元がより一層ニヤつく。
彼は一年生女子とバディを組むこの瞬間を待っていた。
バディには特別な意味がある。
組んだ二人は寮の部屋は隣同士で公私共に助け合っていかなければならない。
ほとんどは女同士だが、男と女の組み合わせとなってもシステムは変わらない。
その結果組んだ者同士で結婚した、なんて話もちらちら出るほどだ。
「21組アイリーフと、14組エルザ。
23組サイダーと、13組サラサ。
26組モカと、15組メローネ」
次々に名前が読み上げられ、バディを組んだ者同士で挨拶を交わしていく。
そして――
「23組フレッドと、16組シロ」
フレッドの前に来たシロと呼ばれた生徒はとてもおとなしい。
黒髪ショートに淡いブラウンの瞳。
緊張しているのか目線を合わせずもじもじしている。
背はフレッドの肩ほどにも届かない。
ローブの上から胸や尻に目を配るも、どうやら発育は遅れているようだ。
フレッドの好みからは多少かけ離れてはいるが、正統派の妹系という感じで不可ではなかった。
これから一年面倒を見てあげる大切な後輩。
フレッドは期待と興奮に胸を躍らせながらも今はそれを押し隠し、シロに手を差し伸べる。
「2年のフレッドだ。これからよろしくな」
その手に向かって、シロも手を伸ばす。
「はじめまして。僕、シロって言います」
こうして二人は触れ合った。
握りしめた手は小柄な体格に似合わず肉付きが良い。
シロの声も周りの女子に比べて少し低めで、僕という一人称と合わさってまるで少年のような印象を与える。
寮に戻ったフレッドは、シロの荷造りの手伝いをしていた。
明日からの授業にあわせて身の回りの整理を早く済ませてあげる。
これも先輩としての大事な務めである。
「その箱は下着とか入ってるんでこっちに持ってきてください」
シロのこの言葉に、段ボールにかけた指が固まる。
フレッドの脳裏をかすめる悪魔のささやき。
次の瞬間、彼は"思わずつまずいた感じ"を装いその箱を盛大にひっくり返してしまう。
フレッドは青き布を被り、金色のお花畑に降り立った。
「大丈夫ですか?」
慌てて駆け寄ってきたシロと目が合った。
フレッドはそこで目が覚めた。
箱をひっくり返して床に撒き散らされた下着は、色とりどりのトランクス。
その衝撃で頭に乗っかった青い布は、まさかのブーメランパンツ。
しばしの沈黙があった。
その後、フレッドは頭に被さったパンツを丁寧に折りたたんで床に置き、一度だけ深呼吸をした。
そして声と肩を震わせながらシロに今一度尋ねてみた。
「男の子ですか?」
「はい、男です」
シロの笑顔が眩しかった。
立ちくらみを起こしそうになるフレッド。
生まれたての小鹿のような弱々しい足取りでなんとかふんばり、渾身の力で再度聞き返す。
「聞いてないよ? こんな話」
「はい、僕も男の先輩と組ませてもらえるなんて聞いてなくて光栄です。
これから一年よろしくお願いします!」
今日一番の笑顔でシロが歓迎してくれた。
だがフレッドの心には最大規模の雨雲が近づいてきていた。
こうして、
フレッドとシロのバディ結成初日の夜が更けていくのであった。
続く。