破天荒な男 其の二
奉行所の中は男社会である。
よって随分と恥じらいのない話がバンバンと飛び交う。
ここのところ続いている結婚報告で、奉行所は一層品のない雑談が飛び交っていた。
「清島のところは町娘なんだろう。夜の方はどんな塩梅だ」
「いいよなあ、評判の円満屋小町をものにしやがって。どんな方法使ったんだ」
最近、所帯を持った同僚の中でも仲の良い清島朔太郎が、先輩同心の大堀兵部達に絡まれていた。
清島朔太郎は、色男だが身持ちは固い。
時宗は、この男よりは自分が先に所帯を持つ気がしていたのだが、先日、円満屋の美貌の娘、清重を野犬から救ったことで惚れられてそのまま圧されるようにして所帯を持っていた。
朔太郎は時宗をみかけると、助けを請うような目つきで拝んだ。
大堀兵部は吟味方の凄腕だ。
その手にかかれば隠し事は全て明るみに出るといわれていた。
「先輩方、こいつの手管はいずれ俺が聞きだしますからちょっとお借りしてよいかな」
時宗は先輩同心達に頭を下げると、朔太郎の肩を掴んでずるずると奥へ連れて行った。
「助かったよ。まったく、大堀殿は色恋になるとしつこいからな。俺は、女はあまり知らないが、清重はそんなに美人なのか?あれは、面倒くさいほど嫉妬深いし、第一、品がない。まだ、所帯を持つには早すぎた。お前がうらやましいよ」
朔太郎がため息をついた。
時宗はそんな朔太郎の肩をぐっと寄せた。
「その分、夜は楽しいだろうよ。町娘は武家娘より感情的だからな」
そういって、口角を上げる。
「ばか。からかうなよ」
朔太郎は顔を赤くして、軽くぶつ真似をした。
そのとき、奉行所の玄関がなにやら騒々しいことに気が付いた。
「何事だろうか?」
時宗は、様子を伺うため玄関へ出た。
そこには、白い金襴の羽織に白い袴をはいた、派手な若い大男が上がりのところに腰かけていた。
奉行所付の中間に絡んで大きな声で笑っている。
「で、ですから御奉行は、今時分は登城をしておりまして・・・」
汗を掻きながら必死に説明をしている中間の首に腕をかける。
「だから、お前から伝えておいてくれって。うちの妹はお前んとこの愚息にゃやらんってな。お、こんなところに鉄砲があるぞ」
男は後ろの壁に飾るように立てかけてある銃を見つけると、ずかずかと上がりこんでそれの一つを手に取った。
「お、お待ちを。それは、捕り物のときに使うものですから」
中間は、半分泣きながら男を止めに入った。
男はいきなり中間に銃口を向けた。
「ばああああん!!」
男がでかい声でほえた。
「ひいっ」
中間は、腰を抜かした。
銃口を向けられたことに驚いたのではなく明らかにその大声で腰を抜かしている。
「どなた様でしょうか」
時宗は、助けに入った。
男は、銃を元のところに戻しながら振り向いた。
「岩木左衛門尉善紀と申す。奉行に会いに参ったが、どうやら留守のようだな。伝えておいてくれ。先の縁談は断る、とな」
そういって、時宗にニイッと笑みを投げかけた。
「御奉行様の私事には、立ち入ることは出来ませぬ。そもそも、そんなことは端の同心や中間には荷が勝ちすぎます。せめて内与力様にお会いしてその旨お伝えくだされ」
時宗は、神妙な面持ちを崩さずにそういった。
「固い男じゃのう。主、名前はなんと申す」
「佐倉時宗と申します。定廻り同心を勤めております」
「ふうん」
岩木は、興味深げに時宗を見た。
「せっかくだから、奉行が戻ってくるまで内与力の世話になっておこうかのう。案内せい」