第二幕 破天荒な男 其の一
「兄さんは、ずっと独りでいるつもりなの?」
妹の加代があきれるように重いため息ををついた。
子供を一人産んでから少し肉がつき始めたが、まだ独身時代の愛くるしい顔は健在だった。
時宗は何も言わずに寝返りを打って、加代に背中を向けた。
時宗は縁談を一つ断っていたのだ。
年寄り同心の親戚の娘で、家の格も、向こうの歳も申し分ない良縁であったが、時宗はすぐに断りを入れていた。
原因は、その娘の母が噂話やお喋りが少し過ぎる面があったためである。
「佐倉の家の秘め事は、確かに大切かもしれないけど、相手だってそのくらいわかってくれるわよ。べらべら喋ったりするものですか」
加代は、そういって説得する。
そう言った妹を肩越しにギロリと睨んだ。
「そういう油断が危ないんだ。嫁に来た後で、後悔するわけには行かないんだぞ。お前は、家を出たんだからもう関係ない。だからそんな適当なことがいえるんだ」
加代は、ムッとして時宗を睨みかえした。
「ああそう。心配しているのにそういう言い方するのね。父さんも母さんも死んで二人っきりの兄妹だっていうのに。もう、知らない!」
そういうなり立ち上がると、肩をいからせて向かいにある自分の家へと帰ってしまった。
加代がいなくなると、時宗は仰向けになって天井を見た。
加代の言うとおりもっと秘め事を簡単に考えた方がいいのではないか、と時宗はぼんやり思う。
使ったこともなく、また使う機会もないような暗殺剣なんて伝承することは俺の代で終わりにするべきではないのか。
否・・・。
時宗はすぐにその問いを打ち消す。
代々、受け継がれてきた秘剣を絶やしてしまう恐れや罪悪感、そして、その存在意義を知らぬうちに闇に葬るわけにはいかない。
結局、いつもそう結論づいてしまうのである。
二十代も半ばに差し掛かり、時宗はそろそろ嫁を迎えなければならなかった。
実際、同僚たちは殆ど所帯をもっている。
けれど、佐倉の家の大事が足枷となって、中々よい縁にめぐり合うことが出来なかったのである。