佐倉時宗の受難 其の二
縁側に座り一真は、打った箇所を水手ぬぐいで冷やしていた。
時宗はその横に座り、相変わらずの神妙な面持ちでみいちゃんを撫でている。
「非番だというのにひどい目にあいました。もう、愚猫の世話係は嫌です」
一真はつぶやいた。
「そういうな。それよりお前、刀をどうした」
時宗はいきなり一真の隠し事の核心をついてきた。
一真は喉をぐっと鳴らした。
大太刀は先月、友人がらみの争いごとでぽっきり折られていたのである。
仕方なしに奉行所支給の刃引きの刀を持って歩いてるのだが、これがまた安普請で刀身がボコボコとして、十手の方がまだ格好いい。
一真はこの刀が嫌いであった。
「ちょっと争いがありまして。小柄を投げられ、それを受けたら運悪くおれてしまいました。けれど、替わりの刀はもう頼んでおりますので、直に新しいものが届くでしょう」
「その刀屋なら、先日、俺が追い返しておいた」
一真は、顔を向けた。
「あんななまくらに二十両など冗談じゃない。お前は剣の腕こそ見栄えがするようにはなってきたが、刀はまだまだ見る目がないな。そもそも、同心は町人を誤って傷つけぬように刃引きを持つのだ。いつまでも子供じみたことをいっていないで、ちゃんと規則を守りなさい」
一真は内心、しまったと思っていた。
父は、真面目が着物を来て歩いているような人である。
このままでは刀屋は全て追い返され、刃引きの刀しか持たせてもらえないだろう。
さらに時宗は追い討ちをかけてきた。
「まさかと思うが、小太刀で争ってはいないだろうな」
いつもよりも神妙さをまして一真に問う。
一真は言葉がでない。
やがて、観念したように小さな声で言った。
「少しだけ、使いました。しかし、佐倉の家の大事は漏らしておりません。友人たちにはただ、脇差も使える奴としか思われませんでした」
時宗はそうか、といってまたみいちゃんを撫でた。
「くれぐれも外に漏らすなよ。あれは、一子相伝の暗殺剣。下手にばれて外に出回れば、小太刀は大量殺人の道具と成り下がる」
みいちゃんが、ごろごろと喉を鳴らしながら時宗の指をなめる。
暑さの盛りを過ぎた空の下、時宗と一真は、穏やかに物騒な話をしていた。
一真は、柿木を見ながらつぶやいた。
「江戸は退廃し始めている。先の改革の失敗で、幕府への信頼は揺らいでおります。随分昔の由井正雪の乱のように倒幕を企てる輩がいないとも限らない。確かにそれは感じます。しかし、暗殺剣なんて時代錯誤も甚だしい。一体、この剣技を子から子へと受け継ぐ意味はあるんでしょうか」
一真は使えない暗殺剣を幼い頃から受け継いでおり、それを自分の子供にも継がなくてはならない。
それに意味を見出せなかった。
「俺も、若い時分にはそう思ったな。丁度、真咲と出会った頃だ。岩木の殿がなあ」
そういうと珍しく、フッと笑った。
そのとき、表から声がした。
「一真さん、叔父さん。あやめ様がいらっしゃいましたよ」
一真が顔を覗かせると、沙代とあやめが玄関の前に立っていた。