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      暗殺剣・犬鷲 其の四

二人の婚儀は、佐倉家でごく身内のみで行われた。


岩木夫妻と家臣が二人、加代夫妻、それから中のよい同僚たちが数人。

時宗の家でも事足りるほどの人数ではあったが和やかな雰囲気の中行われた。


やがて座も興じ、賑やかになってきたところで時宗は岩木と二人で酒を酌み交わしていた。

ふと、岩木が呟いた。


「暗殺剣・犬鷲か。わしの先祖の書いていた記述といささか違うようだったなあ」


時宗はぎょっとした。


あの時、暗殺剣を見ていたのは真咲のみだと思っていた。

見られてはまずいと思ったからこそ、奉行の息子に鞘を投げつけ目潰しをした上で攻撃をしたのだ。


「何の事でしょうか」

時宗はとぼけたが、岩木はフン、と鼻で笑う。


「あの時、脇差を上段に構えているお前が見えた。だから、わしは踏み込むのをためらって、それを見た。あの技の肝は見事なまでの速さだな。体を前に倒すように踏み込んで速さを出すと共に、上段の切っ先から中段に持っていき、脇を引き締めながら刀を走らせる。鷲がうさぎを狙うごとく、打ち込むためにな。しかしあれじゃあ、多勢の相手はできんじゃろう。おそらく、他にもあるんじゃろ」

ニイッと口角を上げると、凄みのある笑みを浮かべる。


「暗殺剣を教えろ。それが、真咲をやる条件じゃ」


時宗は息を呑んだ。


この殿は最初から暗殺剣が目的だったのだ。


「お、恐れながら・・・」

時宗はたじろぎながら平伏した。


「この縁はなかった事にしたい、と申すのじゃろう。だが、それは出来ぬことだな。この結婚のために幕府の重臣が動いてくれておる。その働きを無にするということはお前がその方達にも泥を塗る事になるんだぞ。そんな事をしてみろ。町方同心の一人や二人潰す事なぞ朝飯前なお方達じゃて」

ククッと喉声で笑う。


「引くも、進むも地獄じゃなあ。かわいそうに。かなわぬ色恋は、代償が大きいものじゃ」


時宗は着物の裾をぐっと掴んだ。

普段、あまり顔に物事をだすほうではないが、このときばかりは蒼白になっていた。


「暗殺剣は、佐倉家の一子相伝の剣。いかに、殿が御所望とあってもこればかりは譲れません。暗殺剣の中には、一人のみを殺すものも、十人の敵を一瞬にして殺すことができるものもあるのです。外に漏れて心無いものが扱えば、死体の山が築かれます。何卒、お察しください。さもなければ、某、なにをしでかすか・・・」


そういって、時宗は片ひざを立て、脇差に手をかけた。


岩木はそれを見るなり、傍にあった鞘ぐるみの刀を取って居合いの構えを取った。


周りの和やかな空気とは裏腹に、二人の間だけ、まるで凍ったように冷たく、殺伐とした空気がはっきりと流れた。


それは、一瞬の出来事であったが、時が止まったように永く感じられた。



やがて、岩木が折れた。

「ふん、逆に脅されるとはな。たいした男よのう」


からからと笑って、勺をしろ、と時宗に盃を差し出した。


時宗はまだぎらぎらと睨みつけながら、それでも勺をした。


「しかし、暗殺剣だけで真咲を嫁がせるつもりはなかったがな」

岩木は、柔らかな口調で言った。


「奉行所でお前を見て、まじめでかたくるしくて、その癖、面白そうな男じゃと思った。

こいつなら安心して、わしの妹をおいておける。わしはそう確信したからこそ、お前を選んだんじゃ。ついでに、お前がわしを無視する事がないように、奉行に恥をかかせてお前を攻撃するように仕向けたが、まさか、あんな大事になるとは思いもせなんだ」

あれには、まいったなあ、と岩木はいかにも面白そうに言った。


その時、台所の方から真咲の小さな悲鳴が聞こえた。



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