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      護りたい人 其の三

岩木の家に着くと客間に通された。

すぐに襖を開けて女中が茶を運んできた。


一瞬、真咲姫かと見間違い、心臓をうったが、違う女であった。

ここまで心を蝕まれているとはな、と時宗は自嘲した。


やがて岩木が客間に現われた。


「いろいろと騙して悪かったな。よかれと思ってやったことが、あんなことになるとはなあ」

岩木は苦笑した。


その顔を見て、時宗はさすがに怒りがこみ上げてくる。


「お戯れにしてもひどすぎます。身分が違いすぎるというのになぜ、お近づけになったのですか。某も、姫君も、お互いが傷つくだけではありませんか」


岩木は何も言わずに時宗を見つめた。

一度、フッと笑うと家臣を呼んだ。


「酒だ。雪乃にもってこさせろ」


やがて、酒が運ばれてきた。

運んできた女は、女中ではなかった。


「雪乃と申します。左衛門の妻でございます」

そういって、妖艶な美しい笑みを浮かべ、深々と礼をした。


「この間まで奥勤めだったのだ。賢い女でな、御祐筆を勤めておった」

そういうと岩木は雪乃の肩をぐっと寄せた。


「うらやましいじゃろ。こんないい女」

ニイッと笑い、時宗に勺をした。


雪乃がそっと岩木に勺をすると、岩木はクッと盃を傾けた。


「わしはな、雪乃を一番好いておる」

そういって時宗を見た。


「それまでは、一番に守りたい者は真咲だったのだ。あれは早々に両親をなくした。おまけに世間知らずじゃ。心配でしょうがなかった」


岩木は続ける。

「ところが、嫁をとると嫁が一番に大切になった。真咲は二番目じゃ。子供が出来れば、真咲は三番、四番にどんどん下がっていくじゃろう。そうなるともう、護るものも護れない」


その時、家臣が雪乃を呼んだ。雪乃はそっと傍を離れ、部屋を出て行った。


「そんな折に、お前という人間を見つけたのだ。佐倉の家の当主のお前をな。岩木の家には筆まめなご先祖がおってな。その先祖の日記の中にお前の先祖が出てくるのだ」



三河以来の徳川の臣下であった岩木の先祖は、関が原の合戦の折にがむしゃらに敵方へ突っ込んでいき、その戦果を大いに上げていた。


しかし、つい戦果に勇みすぎて、敵に囲まれてしまう。

そのとき、傍についていた足軽の一人が命を救ったのだ。


その折に使った武器は刀ではなかったことも岩木の先祖は書いている。

刀を腰に差したまま小太刀を出して、まるで風になったかのようにくるくると動き回り、その足軽は敵とたちあったのだ。


気がついたときには、囲んでいた敵はすべて倒れていた。

首や鎧の隙間を一箇所ずつ斬られており、とてもじゃないが、戦場で見る血骨を切りあうような争い方ではなかったと書いている。


後に岩木の先祖が名を聞いたとき、足軽は彦十と名乗り、伊賀の出生と語った。


江戸幕府擁立の後、岩木の先祖はこの男を伊賀者庭番衆に推挙して彦十は、お庭番職についたのであった。



「あれから二百年以上たって、お庭番衆に彦十の血筋のものはいなくなった。噂によると、8代将軍の御世で、紀州者の隠密と折り合い悪くなり結局任務先で行方知れずとなったとか。しかしな、同時期に、佐倉という町同心の家に、子供連れの女が嫁入っておる。不思議な事に彦十の子孫の嫁と子の名前と同じなのだよ。わしは、学問所に通っていた時分にその関連について調べておったんじゃ。調べていくうちに確信を持った」


岩木は時宗に向き直った。


「わしは、お主がその子孫だと思っておる。わしはこういう性格で、それを好んでくれるものもおるが、多くは敵だ。常に家のものは危険に晒されておる。どうか、わしの妹を今一度護ってくれんかの。お主の先祖が、わしの先祖を救ってくれたように」

深々と、頭をたれた。


時宗は深くうつむいた。

真咲を守ってほしいという気持ちから、あのようなからくりをしたことは承知が出来た。


しかし、と二の足を踏む。


「しかし、御奉行の縁談を断ってしまった時点で、某は許可が下りるとは思えません。姫を守りたい気持ちはございますが、どうしようもないのです」


その時、突然襖が開いた。

真っ青な顔をした、雪乃がふらふらと入ってくる。


「殿、どういたしましょう・・・」

ストン、と腰が抜けるように座り込んだ雪乃の体はぶるぶると震えていた。


「今しがた、真咲様の護衛の者たちが戸板に乗って戻ってまいりました。突然、多くの浪人者に囲まれて、どうしようもなかった様子です。そのまま真咲様は拐かされたようです」


岩木は血相を変えた。

「真咲がさらわれただと!どこでじゃ、誰じゃ!」


雪乃は首を振った。

「分かりません。ただ、旗本屋敷前、丁度、北町奉行の門の前付近で襲われたと」


時宗は、ハッとした。


加代が言っていた奉行の息子の報復が、これではないのか。

時宗自身の嫌がらせは治まっていたが、岩木への報復は続いていたのだ。


「殿っ。心当たりがあります。町奉行のご子息が、殿を逆恨みしておると聞いております。某、真咲姫を探してまいります」


そういうと、外へ駆け出した。


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