第三幕 護りたい人 其の一
数日後、時宗とお槙は、浅草寺に連れ立っていた。
お槙は、普段は人の集まるところに出歩かないらしく、物珍しそうにキョロキョロと顔を動かす。
出会った日よりもお互いに慣れ合い、お槙は時宗に無邪気な笑顔を向けて喋り口も柔らかくなっていた。
「時宗様。あれは、何かしら?」
時宗の袂をちょんと引っ張り、屋台の一つを指差す。
「飴売りですな。好きな動物の形をその場で作ってくれるんですよ。こういうものも初めてかな。少し寄っていきましょうか」
そういって時宗たちは飴売りのもとへ近づいた。
飴細工を作る様子にも、横に並べて売ってある色とりどりの飴細工にも、お槙は楽しそうに目を輝かせた。
「これはおいくらなのですか?」
お槙は、鶏の形をした飴を指差して飴売りに尋ねた。
「三文でございやす」
飴売りは愛想よく答えた。
「では、これで」
お槙が取り出したものは、三枚の小判である。
思わず時宗と飴売りが顔を見合わせた。
「いや、ここは私が払おう。お槙殿、文ですぞ。両ではありません」
お槙は一瞬きょとんとしたが、すぐに間違いを悟り真っ赤になって詫びた。
時宗が買ってやった飴をお槙はおいしそうになめる。
時宗はその横顔を神妙な面持ちで眺める。
お槙は可愛い女である。
仕草、喋り口、少し後ろをついて歩くいじらしさなど、どれも時宗は好きだった。
しかし、同時にある事に気付いていた。
肩越しに後ろをそっと振り返る。
そこには、厳しい顔つきでこちらを望む二人の若侍がいた。
茶屋の台に腰掛けて、一服といった風を装ってはいるが、明らかに時宗たちにつかず離れずくっついてくる。
浅草に来る前から、ひょっとしたら岩木屋敷にお槙を迎えに行ったあたりからついているのかもしれない。
つけられている様子にお槙は全く気付いてないようであった。
いや、違うなと時宗は思う。
この女は、つけられていることを知っており、それが当たり前になっているのではないか。
知っているが故に、後ろの男達を奇妙に思わず逃げも隠れもしないのだ。
時宗の中に一つの疑念がうかんだ。
「お槙殿。それを食べ終わりましたら、池のほうに行ってみましょう」
はい、とお槙はうれしそうにうなずいた。
小さな池沿いの道を二人で歩く。
人通りは浅草寺よりもぐっと少なくなり、恋人たちが数組ほど池の向こうに見えるだけだった。
「お槙殿、少しお聞きしたい事があるが、後ろの男達は何者かな?」
そっと体を近づけるようにして尋ねた。
お槙は慌てたように首を振った。
「そのような者、知りませぬ」
困ったような顔をしながら、時宗から目を逸らす。
時宗は後ろの道を見た。
木の陰に隠れるようなかたちで男達が様子を伺っている。
「少し、試してみてもよいかな」
「え?」
時宗はそういうと、スッと刀を抜いた。
お槙が、体を強張らせた。
時宗が刀を上に持ち上げ、その刀身を光らせると、静かにお槙の首もとにその刃を当てた。
男達のいる方から、カチャリ、と鯉口を斬る音が聞こえた。
「あの男達は、岩木様の配下のものであろう」
時宗は静かに聞いた。
「し、知りません。私は、只の女中ですもの。つけられる由縁はございません」
信じてください、と喘ぎながらお槙は言った。
しかし、時宗は刀を下げなかった。
それどころか、空気をぴりぴりと張り詰めさせるような殺気を増していく。
お槙は震えながら、涙を浮かべ、目をつぶる。
「時宗様。お願いです。どうか、お刀をお下げくださいませ」
「なりませぬな。貴方は、只のお女中とは思えませぬ」
刃身を少し倒して首もとに軽く押し付ける。
お槙はびくりと体を震わせた。
男達が反射的に動いた。
お槙は、後ろに向かってかすかに首を振る。
やっぱり繋がりがあったか、と時宗は確信した。
震える女は、ぎゅうっと両手を握り締めた。
しかし、心を決めたようにきっと顔を上げた。
潤んだ瞳が、まっすぐと時宗の顔を捉えた。
助けを呼ぼうとすれば呼べるというのにそれをしないのは、ここで自分が音を上げれば、時宗が離れていく事がわかっているからであろう。
恐怖に震えながら尚も、時宗を慕うように笑みを向ける。
時宗は心に鋭い痛みを感じた。
無論、斬りつけるつもりはない。
けれど、刀を下げる訳にはいかなかった。
この女を好きになってはいけない。心を、奪われてはならない。
時宗はぼんやりながらもこの女の正体がわかってきたのである。