第74話:夏の奴隷契約は突然に?
蝉の鳴き声、若い人たちの楽し気な声。
砂浜を歩く音に、波のさざ波――夏だ。
「あちぃ」
現実世界は夏であり、グリード内でも夏を感じられるエリアがある。
それこそが“スカイリゾート”と呼ばれるエリアだ。
蝉の鳴き声は勿論の事、ビーチでは水着を着たプレイヤーが多くいる。
白を基調とした統一感のある街並みに。
白い砂浜に宝石のように輝く海。
等間隔に設置されたバカでかいヤシの木は正に南国風。
そして、普通に歩いている全長5から8メートルほどの小型のメックたち。
幻想的と近未来的な風景のコントラストだ。
飲食店では、かき氷に焼きそばにロコモコ丼。
ビッグサイズのハンバーガーやバーベキューなんかも流行っていた。
他にもゲームならではの漫画肉なる骨付き肉や未知の味を体験できるミステリードリンクも……。
夏休みも始まり、ゲーム内には学生諸君も多く見かける。
今やお金をかけない旅行が流行っており。
明らかに傭兵ではないであろうご老人方や主婦の方々もいる。
彼らはお子さんやお孫さんの案内の元、ゲーム内での旅行を楽しんでいる様子だった。
「――でね! 他にも小型のメック同士の競争があってね! 一番早くゴールに着くプレイヤーを予想して!」
「ふふふ、はいはい。それじゃ、それも見に行こうかねぇ」
「……ふふ」
仲睦まじい光景だ。
あぁやって純粋にゲームを楽しんでいる人たちを見るのも楽しい。
自分の好きなゲームだからこそであり……はぁ。
かくいう俺もスカイリゾートにやって来たプレイヤーの一人。
もうすぐ始まる予選の前の息抜きで。
今日はリリアンさんたちとは行動は別で……“先輩”と来ていた。
「はぁぁ」
「……おじ……っ……お兄ちゃん!」
「うぇ?」
声がして振り返る。
すると、大人っぽい青い水着にカーディガンを羽織って。
サングラスに麦わら帽子を被って、両手にチョコバナナを持った久遠先輩が立っていた。
怒ってますと言わんばかりに頬を膨らませているが……何で?
「さっきからため息ばっかり……私といるのが嫌なの?」
「え!? いやいや、そうじゃなくてさ……予選が始まるけど、あんまり実感が湧かなくてさ……1回の敗北で、それでお終いだしさ……まぁ今までとあんまり変わらないけど……何故か、そればっかり考えちゃって……へへ」
俺は久遠先輩に謝る。
すると、久遠先輩は少しだけ怒りを収めてくれた。
そうして、俺にチョコバナナの一つをくれて隣に立つ。
「まぁ気持ちは分かるよ……でもね。思い詰めても仕方ないじゃない! 一度きりの勝負。だからこそ、本気で望むの! お兄ちゃんも私も、予選では敵同士! 情け何て掛けないで、本気で殺し合う……でも、今はまだ予選じゃない。だから、今は何も考えずに楽しもう?」
「先輩……そう、ですね。考えても仕方ないですよね……よし! 俺、全力で楽しみます!」
俺は先輩に勇気を貰った。
そうして、手に持ったチョコバナナにがっつく。
濃厚なチョコの甘みとバナナの甘みが合わさり。
糖分の大爆発が口内で発生し、キンキンに冷えていた事もあって頭が痛くなる。
俺は頭を軽く叩いて、先輩はそんな俺を見てくすりと笑っていた。
二人でビーチを歩いていく。
先輩はあっという間にバナナを食し。
串は徘徊していたゴミ回収ロボへと入れておいた。
「それにしても、多いわねぇ……夏休みだから?」
「まぁそうでしょうね。社会人には関係ないですが……俺も違いますけど」
「ふふ、そんな事言わないでいいから。お兄ちゃんは配信者っていうお仕事をしてるんだからね?」
「せ、先輩……そうだ。俺も今や収益化が通って安定した収入のあるライバーなんだ!」
俺は先輩の言葉に胸を張る。
スーパーで半額の総菜を漁り、毎日自家栽培したもやしを食べて。
河原や空き地で食べられる草を採取し、知り合いの農家さんからまだギリ食べられるお野菜を貰っていた日々。
必要最低限の日用品などを買い、節約に節約を重ねて。
欲しいゲームなどは短期バイトや日雇いのバイトで稼いだお金で買っていた。
マンションでの家賃収入は極力使わずに貯金。
両親から貰ったものであり、ただ怠けて遊び惚ける為のものじゃない。
生きる為の最低限だけあれば十分だ。
貯金した分は何時か全部返すつもりだし。
安定した収入が入った今であれば今まで使っていた分も返す事が出来るだろう。
……今すぐには無理でも、何時か必ず返す。ここまで育ててくれたんだ。貰った分以上に、俺は二人に返したい。
俺が二人への誓いを改めてしていれば。
久遠先輩は何かを察して優しい眼差しを送って来た。
「……無理はしないでね。お兄ちゃんが困ってたら……私も助けるから、ね?」
「せ、先輩……リアル小学生に甘やかされていては大人としての威厳が」
「もう! 子供扱いしないで! こう見えても私はきっとお兄ちゃんより稼いでるんだから!」
「うぐぁ!? い、痛いところを、む、胸がぁ!」
小学生に稼ぎで負けている。
その事実が俺の胸に鉄の杭を打ち込んだかのような痛みを訴えて来る。
久遠先輩はいたずらっ子のように微笑み。
そのまま先へ歩いて行ってしまった。
俺は霞む視界の中で先輩を追いかける。
ふらふらと歩いていき――何かが足に当たる。
「Oh!」
「ふぇ?」
スローモーションの中で下を見る。
すると、砂浜に北欧系らしいアバターのお兄さんが埋まっていた。
見えなかった。いや、何で埋まっているんだ。
俺は倒れる前に、目の前の砂に手をつく。
そうして、そのまま側転し空中をくるくると回った。
アクロバットであり、俺はそのまま着地をし――ぐぎりと音がした。
「ふぎ!?」
地面が僅かにぬかるんでいた。
そのせいで足を捻ってしまう。
体がゆっくりと横へと倒れていき――ふにゅりと頭と手が何かに触れた。
柔らかい。
マシュマロのようであり、俺は助かったと顔をあげて――絶望した。
「……」
「ぁ、ああ、ぅ、ぁ」
冷たい目。否、絶対零度の視線だ。
道で横たわる全裸の変態を見つめる女性の目だ。
彼女は真上から俺を見下ろしている。
ゆっくりと視線を下げれば俺の手は赤を基調とした水着に隠された豊満なものを掴んでいて……あ、死んだわ。
「この下等生物がァ!!!」
「うべぇ!!?」
俺が自らの死を認識した瞬間――凄まじい勢いで棒のようなものが俺の顔面をついてきた。
俺は鼻血を噴出しながら後方へと吹き飛ぶ。
そうして、そのまま砂浜をゴロゴロと転がり海へと突っ込んだ。
「……!?」
もがもがと暴れて海から這い出す。
そうして、えづきながら何とか砂浜へと帰還し。
何が起きたのかと前を見て――鬼が立っていた。
「貴様ぁ白昼堂々と痴漢行為を。剰え、“六大天”の頭目であらせられる“雷芙蓉 様”の乳房をまさぐるなどと……殺すッ!!」
「ひ、ひぃぃぃ!! ごごご誤解ですぅぅぅ!!!」
「五回も致しただと!!!! この超ド級の変態がぁぁぁぁ!!! 私でさえ妄想で三回が限界だというのにぃぃぃ!!!」
「ひ、ひぃぃぃぃ!!?」
長い混を振り回し、長髪黒髪のお姉さんが目を光らせて粗ぶっていた。
何故か、ビーチなのに長袖の着物姿で。
恐らくは中華系の人かと考えていれば――お姉さんが消えた。
「晚晴 、お前の方が変態よ」
「と、頭目ぅ……へ、へへ、頭目のおみ足が私の横腹を、ぐ、ぐへ、ふひ」
「ひぃぃぃ!!」
蹴られて砂浜に横たわるワンチンと呼ばれた長髪のお姉さん。
涎を垂らしながら笑っており恐怖しかない。
そんな冷めた目で見つめるお姉さん……フーロンさんだったか?
すらっとした背丈に細く長い手足。
肌は透き通るように瑞々しく白い。
真っ赤な目であり、畏敬の念を抱かせるような圧を感じる。
腰まであるであろう長い黒髪は綺麗に巻かれて黄金の簪のようなもので纏められていた。
豊満なバストとヒップであり、モデルのような美しい女性だ。
どことなく神崎ソフィアさんのような支配者のオーラを感じる。
俺はただ茫然と彼女を見つめる。
すると、彼女は俺の方へと歩み寄ってきた。
そうして、両手を差し出してきて手を貸してくれるのかと思って手を出そうとし――首からかちゃりと音がした。
「ふぇ?」
「今日からお前は――私の奴隷よ」
「ふ、ぇ?」
「名前は……猪仔」
「ちゅう、ずー?」
「行くわよ。チュウズー」
「ふ、ぐげぇ!?」
彼女の手には鎖が握られていた。
じゃらじゃらと音を鳴らしながら彼女が鎖引っ張れば。
俺は首を絞められて引きずられて行く。
必死に抵抗するが、彼女の恐ろしい腕力によって振り払えない。
見れば久遠先輩が異常に気がついて追って来るが――何処からともなく現れた仮面の黒装束たちに道を阻まれていた。
「お、お兄ちゃん!?」
「せ、せんばぃ!」
「うるさい」
「ぐぐぅ!?」
「頭目! 何故こんなクソ雄を!? そういうプレイでしたら是非私に!!! ここに丁度荒縄があります!! これで私の首を!!」
「そう、じゃ――自分でやって」
「へぁ!? じ、自分で!? そ、そんな――高度なプレイを!! 了ッ!!」
変態のお姉さんは自分で自分の首に縄を巻く。
そうして、顔を真っ青にしながらフーロンさんを見つめて――彼女はそれを無視して歩いていく。
「む、無視ぃ!? あ、あぁぁ――いぎゅううぅぅぅ!!」
「……」
「ぐぎぃぃぃい、息がぁぁ」
「……情けない」
息が苦しいと言えば少しだけ歩調が遅くなる。
俺はひぃひぃ言いながらも、反射的に彼女にお礼を伝えた。
すると、彼女は少しだけ肩をびくりとさせて――薄く笑う。
「……ふっ♡」
「へ、ぇ?」
嫌な気配を感じた。
途轍もない厄介な存在に目を着けられた気配で……な、何で俺ばっかり、こんな目に?




