第21話:世界に色が戻っていく(☆)
「……」
「ボス、もう少しで到着します……ボス?」
「……あぁ」
車の中で、窓の外を見つめる。
変わらない。同じ景色だ。
あの時と同じ――色褪せた街だ。
俺という人間が育った街。
親の愛を知らず、暴力の世界で生きていたあの頃。
クソッたれ共が捕まり、俺は天馬財団の孤児院に引き取られた。
誰も信じない、誰も必要としない。
俺はずっと一人で――先生だけは俺を見放さなかった。
『コウちゃんって呼んでいい?』
『……死ね』
『ひぃ、そ、そんな言葉は使っちゃだめだよ?』
『うぜぇんだよ。消えろ』
『うぅ! い、一緒にゲームしようよ!』
歳が上なだけの男。
びくびくとしていて、頼りなさげで。
職員でも無ければ、孤児院の人間でもないのに出入りしている変質者。
最初はそう思っていて、嫌いな大人たちと同じような対応をした。
すぐに去っていく、そう思っていたのに……先生はずっとそばにいてくれた。
孤立している俺の手を引いて。
傷だらけになっても一歩も引かず。
ただ一緒にゲームをしようと言ってきて……一回だけのつもりだった。
『……!』
『あぁ惜しい! 後少しだったね。でも、コウちゃん――センスあるよ!』
『え?』
『絶対に上手くなる! プロだって夢じゃないよ! 俺が保証する!』
『……っ!』
初めてだった。
初めて、あんなにも真っすぐな目で――認めてくれた。
嬉しかった。凄く凄く。
一番の思い出であり、それから俺はタイタンヘブンフォールにはまった。
我ながら単純だ。認められたからこそ好きになって。
それ以上に、あの人と一緒に過ごす時間がなによりも愛おしかった。
好きだ……どうしようもなく、あの人を好いていた。
誕生日を祝ってくれた。
クリスマスも一緒に過ごした。
買い物にも付き合ったし、遊び過ぎて婆さんたちに怒られた。
全部、全部。
俺にとってかけがえのない思い出だ。
だからこそ……あの人が来なくなってからが辛かった。
ぱたりと来なくなった。
何の前触れもなく姿を消した。
婆さんたちに聞いても、連絡も無かったと言って。
何処にいるのかも知らないと言われて……腹が立ったよ。
高校を卒業したら、それっきりなのかと。
大人になれば、ガキの相手はしないのかと。
ムカついて、悔しくて……声を押し殺して泣いていた。
会いたい。会いたい。
毎日毎日、あの人の夢を見て……だからだろうな。
唯一の繋がりであるヘブンフォールをずっとプレイしていた。
あの人を忘れないように、あの人との繋がりを断ち切らせない為に。
未練がましく、ずっと引きずっていた。
そうして、グリードが出ると聞いてすぐにプレイした。
その理由は……もしかしたら、ゲームの中で再会できるんじゃないかと思ったからだ。
強くなって、名を上げて。
俺は此処にいるぞと示して。
デッドブックだけのコミュを作り、多くの傭兵を殺して……やっと会えた。
ホワイトレコードの復活。
あの人しか出来ないような技を使った根黒万太郎なる男。
確信した。間違いなく、兄ちゃんだって。
だからこそ、あの人の配信を見てランクマッチに乱入し……変わっていなかった。
おどおどとしていて、ひどく頼りない。
でも、やる時はやるそんな人で。
俺と正面から向き合ってくれて……約束、したんだよな。
『……コウちゃん。あの場所で待っている……約束だ』
「……いなかったら……絶対に見つけ出して殺してやる……俺も死んでやるからな」
ぼそりと呟けば、運転している部下がくすりと笑う……後で覚えていろよ。
そんな事を考えていれば、車はゆっくりと止まる。
視線を向ければ、そこには……あぁ変わってないな。
「ボス、帰りは」
「――いらねぇよ」
俺はそれだけ言って外に出る。
部下は窓越しに不服そうな顔をしていやがった。
俺は軽く窓を叩いて、さっさと帰る様に促す。
すると、部下である国枝はそのまま走り去る……ふっ。
「天使の園……ふざけた名前も変わってないな」
孤児院の表札を一瞥し、そのまま真っ暗な孤児院内に入ろうとした。
鉄柵に触れれば、鍵は掛かっていなかった。
鍵を掛け忘れた可能性もあるが……信じてやるよ。
俺はそのまま柵を開けて中に入る。
孤児院の庭には遊具であったり、ガキ共が植えた花がある。
今頃は眠っている頃で、こんな時間に呼び出すなんて相変わらずだとは思った。
俺はそのまま、懐かしい景色を見ながら孤児院の入口に立つ。
「……」
この先に待っているのか。
もしも、鍵が閉まったままならどうする。
まだ来ていない可能性もある。
待っていればいいんだろう……嫌だよ。
開いていて欲しい。
そう願いながら、取っ手を掴んで引っ張り――開かなかった。
「…………だろうな。ハハ、そりゃそうだ……もう、11時過ぎてんだ。いる訳ねぇ……っ」
俺は取ってから手を離す。
そうして、心が凍り付いていく感覚を抱いて――光がつく。
「え……矢印?」
光がして横を見れば、矢印がついていた。
扉から離れて、横へと進む。
すると、他にも矢印が見えた。
俺は期待しながら、矢印を辿っていく。
進んで、進んで……孤児院の裏口につく。
「……入れってか」
職員が使う扉だ。
寝ているガキ共を起こさない為の別の入口。
職員たちが寝泊りする為の部屋に繋がっていて。
この先は飯を食う為のキッチンと共同スペースで……俺はノブを握る。
「……開いてる」
扉を開けて中に入り――――大きく目を見開く。
「コウちゃ………………ぇ」
「兄ちゃん……っ。は、はは、兄ちゃんだ」
扉の先に立っていたのは――困惑した表情を浮かべる兄ちゃんだ。
身長は伸びて180を超えている。
高校生だった時も格好良かったが。
大人になった兄ちゃんはもっと格好良くなっていた。
職員の婆さんが使っていたピンクのエプロンをつけているが。
何でも似合うと思えるほどにスタイルが良い。
優しい瞳に、短く切りそろえた黒髪。
分かるさ。時が経っても、兄ちゃんは兄ちゃんで……兄ちゃんはハッとする。
「こ、コウちゃん! あの、誕生日のこと、本当にごめんね! そ、その、お詫びといっては何なんだけど……こ、これ! 食べてくれないかな?」
「……ハンバーグ」
「そ、そう! えっと、贈り物って聞いてさ。俺って、子供たちに大したもの渡してなくてさ……ま、毎回毎回、アホみたいなハンバーグばっかり作ってたって思い出して……ご、ごめんね! こんな時間にこんなの食べられ」
「――食べる」
「へ? あ、ぅ、うん……どうぞ!」
兄ちゃんはハンバーグが置かれた席に俺を誘導する。
軽く椅子を引いてくれて座れば、ガキの頃に食べたハンバーグと変わりない。
一人では食べきれないほどに大きくて、ちょっと焦げている。
おめでとうとケチャップで書いているが、字が汚い。
ウサギの絵を描いていると言ったが、今見てもウサギには見えないそれ……心が温かくなる。
「ちょっと冷めちゃってるけど……あ、チンしよう――あぁ!」
兄ちゃんの言葉も待たずにナイフとフォークを掴む。
そうして、ハンバーグにナイフを刺して切り分けて。
フォークで刺して、口の中に放り込む。
味わう様に何度も何度も噛む。
何度も何度も。そうして、ゆっくりと飲み込む……美味いな。
「……コウちゃん?」
「……美味いよ……本当に、美味い……今まで食った。どんな料理よりも……美味いなぁ」
俺はハンバーグを食べ続ける。
思い出のままであり、死ぬほど食べたかった味だ。
もう二度と食べられないと思っていたハンバーグ。
誕生日の時にだけ食べられる特別なハンバーグで――でも、しょっぱいなぁ。
視界がひどく滲んでいた。
鼻も垂れていて、涙が混じってすごくしょっぱい。
それでも、この味は本物で。
どんな高級料理も、どんな希少な食べ物よりも。
ずっとずっと――価値のあるものだ。
「……ごちそうさま」
「ふふ」
気が付けば、大きかったハンバーグをぺろりと平らげていた。
兄ちゃんは俺の対面に座っている。
嬉しそうであり、無言でハンカチを渡された。
俺は泣いていた姿を見られた事が恥ずかしくて思わず顔を背ける。
……大人になってチンピラたちをまとめ上げた会社を作っても……兄ちゃんには敵わないな。
武闘派を束ねるボス。
“関東の龍”なんて呼ばれて恐れられていたが。
俺なんてこの人にとっては……ふふ。
俺はハンカチで顔を拭う。
そうして、兄ちゃんに視線を向けた。
「兄ちゃん……その……ありがとう。色々、言いたい事はあるけどよ……また、会えて……嬉しいよ」
「う、うん。その、色々と本当にごめんね。ほ、本当に皆の事が嫌いになった訳じゃなくてね!? あ、あの、俺ってVtuberで底辺で、収入がほとんどなくて、社会的なあれが」
「――あぁ、分かってるよ。兄ちゃんだから、くだらない理由だとは思ってたよ」
「く、くだらない!? い、いや! 俺は、皆にとって格好いい俺でありたくてね!?」
「――格好いいだろう?」
「へ?」
兄ちゃんは俺の言葉に面食らう……言わないと分かんねぇのかよ。
「……格好良いって言ったんだよ……別に、どんなことしていたって。兄ちゃんは兄ちゃんだ……俺の憧れで、俺の恩人で……大好きだよ」
「……! こ、コウちゃん……お、俺も! コウちゃんの事、大好きだよ!」
「…………それ、どういう意味?」
「え、い、いや、弟のように」
「弟? おい、待てよ……そういや、驚いたような顔して……まさか!?」
「い、いや!? ゲームでは男の人の声だったしさ!?」
「あんなの誰だって出来るだろ!? 女が男の声で、男が女の声で……兄ちゃん」
俺は兄ちゃんを問い詰める。
過去の俺をどう見ていたのかと聞けば。
兄ちゃんはだらだらと汗を流し始める。
そうして、眼を泳がせて指を突き合わせて――
「……短髪だったし、俺って言ってたし……げ、元気な男の子だなぁって。ふ、ふへ」
「……ふーん。あ、そ……じゃ、今は違うんだな?」
「へ!? い、いや、そ、そりゃ色々と立派になって――な、何言わせるの!?」
俺はにやりと笑う。
そうして、スーツ越しに邪魔なだけだと思っていた乳を両腕を組んで抱える。
これみよがしに見せれば、兄ちゃんは赤面し口を魚のように動かす。
「兄ちゃんが望むなら……好きにしていいぞ?」
「え、あ、え、あ、え!? い、いや!」
「……嫌なのか?」
「い、嫌じゃないよ! 大好物ああぁぁぁ!!」
兄ちゃんは口を押えながら叫ぶ。
俺は初めて兄ちゃんを誘惑できた事に……快感を覚えた。
舌で唇を舐めて、席から立ち上がる。
そうして、姉貴のように兄ちゃんを誘惑する。
傍に立ち、兄ちゃんの手を取って胸に当てて――
「わ、わぁ!?」
「……っ」
俺はそのまま固まり……ハズイ。
姉貴は素面でこんな事が出来るのか。
孤児院の時から兄ちゃんを揶揄っていたからな。
年季が違うのは確かだが……やるしかねぇ。
俺は兄ちゃんの頬に手を添える。
そうして、ゆっくりと顔を近づけて行く。
兄ちゃんは必死に目を泳がせている。
抵抗はしない。成すがままで、俺はそんな兄ちゃんに……!
「……あらぁ、まぁまぁ……ごめんなさいねぇ。ほほほ」
「「……っ!」」
足音がして見れば――院長の婆さんが立っていた。
皺だらけの顔だが、昔と変わらず菩薩のような顔で。
今はピンクの寝間着を着ている。
パタパタと猫のスリッパを鳴らしながら、冷蔵庫から水を取り出す。
ペットボトルの水であり、それを軽く飲んでから婆さんは去っていき――振り返る。
「ごゆっくりぃ。ふふふ」
「「……っ」」
婆さんはそれだけ言って部屋に戻る。
俺たちは互いに気まずい空気で……クソ。
「……コウちゃん。コウちゃんはもう立派な大人のお姉さんだ……昔のようには、接する事が出来ないかもしれない……でも、もし良かったらさ。俺と一緒に――ゲームしない?」
「兄ちゃん……うん、しよう。歳も性別も関係ねぇ。俺は兄ちゃんと一緒にするゲームが――好きなんだ!」
俺は笑う。
兄ちゃんも笑っていた。
色褪せた世界に色が戻っていく。
もうあの日々のような苦しさは感じない。
強がらなくていい。
男のように振舞わなくてもいいんだ。
この人の前では、ありのままの自分でいられる。
あの頃のように、純粋にゲームを楽しめる。
兄ちゃんはバックからソフトを出し。
それを嬉しそうに解説していた。
俺はそんな兄ちゃんの話をずっと聞いて――
―補足説明―
塩崎光:コウちゃん
赤毛のポニーテールで、外国人とのハーフ。
ハイライトの無い黒い瞳で、兄ちゃんといる時は光がある。
ぼんきゅっぼん。巨乳。身長172㎝。でかぁい!
チンピラたちをまとめ上げて、ボディーガードの仕事を斡旋している。
普段から黒いスーツにコートを羽織っていて、鬼強い。




