2. 英雄の脚本(シナリオ)と、誤算
■英雄の脚本と、誤算
しかし、豪華な馬車は刻一刻と死地へ近づいていく。
(……クソ。ここで見捨てれば俺は助かる。だが、そんなのは俺が望んだ『英雄の脚本』じゃない。
そんな情けない三流の物語、俺が許せねえんだよ!)
ゼノンは決意した。
(正面から戦うのは自殺行為だ。せめて、音を立てずに馬車に近づき、王女に危険を知らせて逃がす。
それだけなら『自力』でもなんとかなるはずだ!)
ゼノンは「こっそり」と、茂みを縫って馬車へ駆け寄ろうとした。 ――だが、その瞬間。
パキッ
乾燥した枝を踏み抜いた音が、静寂の森に響き渡る。
「……何者だッ!?」
伏兵のリーダーが叫ぶ。同時に、森のあちこちから数百人の兵士が立ち上がり、
そのすべての殺意の矛先がゼノンに向けられた。
(終わった……! 数百人の殺意を同時に受けた! チートが発動する前に、俺は蜂の巣に――)
ドクン、と心臓が跳ね上がった。
全身を駆け巡る、凄まじい熱量と全能感。ドラゴンを倒した時ほどの「出力」がゼノンを支配する。
(なっ……!? 発動した!? 人間相手でも、『敵の総力』が多ければ、俺の出力は跳ね上がるのか!?)
ゼノンは反射的に剣を振るった。 ただの一振り。
それだけで衝撃波が走り、前方の兵士五十人が木の葉のように吹き飛ぶ。
「な、なんだあの怪物は!?」
パニックに陥る敵軍。ゼノンは確信する。
(これだ! これならいける! 敵が多ければ多いほど、俺は強くなるんだ!)
しかし、異変はすぐに起きた。
敵の半分を蹴散らし、残りの兵士たちが恐怖で後退し始めた瞬間。
ガクン、と力が抜けた。
(……!? 体が重い。さっきまでの半分も力が出ないぞ。
どういうことだ、まだ敵は半分残っているのに!)
そこでゼノンは、神との契約の言葉を呪いのように思い出した。
『常に敵と同格。常に首の皮一枚の接戦を演じろ』
(……そうか! 敵の数が減れば、俺の出力もリアルタイムで引き下げられるのか!
つまり、敵を倒せば倒すほど、俺は弱くなっていく。
最後の一人を倒す瞬間、俺はそいつと『全くの同格』で泥仕合を演じなきゃならない……!)
「はは……笑えねえ脚本だな……!」
ゼノンは、弱体化していく体に鞭打ち、残りの兵士たちとの「命がけの接戦」に突入していくのだった。
■ 英雄という名の「強制回収」
「はぁ……はぁ……、クソ、これだ」
ゼノンは膝をつき、肩で息をしながら、残り数人となった敵兵を睨みつける。
もはや、さっきの衝撃波を放った万能感はない。
現在の出力は、目の前の震えている下っ端兵士と「同格」。
このまま戦えば、またゴブリンの時のような無様な泥仕合を晒すことになる。
(……ここで俺が倒し切る必要はない。残りは五人。
馬車の護衛騎士団が出てくれば、掃除するには十分な数だ。
俺はここで『力尽きたフリ』をして、あとは彼らに任せよう)
ゼノンは剣を杖代わりに、美しく、そして戦略的に膝をついた。
(計算通りだ。これで俺は「軍勢を一人で食い止めた英雄」として感謝され、
安全な場所まで運ばれ、たっぷり路銀をもらって、さっさと次の国へ移動する……。
これこそが最高のエンディングだ!)
ところが、その計算は「王女」という名の予測不能な変数によって粉砕される。
「ああ……なんということでしょう。あの方は、私たちのためにあそこまで……!」
馬車の扉が勢いよく開き、王女が飛び出してきた。
彼女の目には、数分前まで化け物じみた強さを見せていた男が、
最後の一兵を前にしてなお、一歩も引かずに力尽きようとしている姿に映っていた。
(……え? いや、王女様? 外に出ちゃダメだって。護衛の騎士たちは何やってるんだ!?)
「最後まで、私たちに『勇気』を示そうとしてくださったのですね……! もう十分です、英雄様!」
王女の号令とともに、護衛騎士たちがゼノンを「保護」するために駆け寄る。
ゼノンが期待していた「路銀をもらってサヨナラ」という脚本は、ここで完全に灰と化した。
「英雄様! さあ、私の馬車へ! 貴方をこのような場所で死なせはしません!」
「いや、あの、俺はここで休んでいれば――」
「遠慮なさらないで! 貴方はアグリ王国の、いえ、私の大切な恩人なのですから!」
屈強な騎士たちに抱え上げられ、ゼノンは一番豪華な馬車の、一番ふかふかなシートへと「強制回収」された。
目の前には、感動に瞳を潤ませ、尊敬の眼差しを向けてくる王女がいる。
(……まずい。非常にまずい。豪華な馬車に回収されるなんて、
これじゃあ完全に『王女と騎士のロマンス』の導入じゃないか!)
ゼノンは震える。
(数百の敵を相手に戦えることがバレた。そして、王女という『味方』が隣に座っている。
……もし今、刺客が現れたら、俺の出力は王女のレベルにまで引き下げられて、二人揃って詰むぞ……!)
「ゼノン様、とおっしゃるのですね? 貴方の戦い、一生忘れませんわ」
「……どうやら、俺の書いた脚本は、どこかで盛大な誤植があったらしい……」




