表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/26

少しだけマシになった街

「広い……」


 思わず口から漏れたのは、そんな一言だった。


 冒険者組合の新しい事務所。


 前の借家から、通りを一本挟んだ向かい側。

 元は小さな倉庫だったらしい建物を、商人ギルドの紹介で安く借りることができた。


「机がちゃんと並べられる」


 ミーナが、信じられないものを見るような顔で言う。


「紙の山を通路に置かなくていい」

「担架を担いだままでも通れる」


 ガルドが、半分冗談めかして歩幅を確かめていた。


「奥が相談スペース。手前が受付と事務」


 リナが、胸を張る。


「王都からの深層調査の報酬と、本部からの『再建協力費』の一部で、どうにかここまで来られた」


 壁には、分厚い帳簿や記録がきれいに並べられていた。

 共済の箱も、以前より少し大きく、丈夫なものに変わっている。


「ちゃんと『組合』って感じがしますね」


 ミーナが、棚にラベルを貼りながら言う。


「前は、ちょっとした雑貨屋の裏みたいでしたけど」

「それも味があったけどな」


 リナが笑う。


「今は、『雑貨屋の裏』じゃなくて、『街一つぶんの裏方』ぐらいにはなったってことだ」


(言い得て妙だ)


 俺は、窓から見えるカルナの街を眺めた。


 宿屋の看板。

 武器屋の煙突。

 その向こうに、ダンジョン入口の塔。


 どこも相変わらずだが、少しだけ違うところもある。


 ---


「ユウトさん、これを見てください」


 ミーナが、一冊のノートを差し出してきた。


『共済給付記録』


 表紙にそう書かれている。


「この半年で、給付を出した件数です」


 ページをめくると、簡単な一覧が並んでいた。


 ・足を折った前衛への一時金

 ・長期療養が必要になった後衛への生活補助

 ・深層調査で負傷した者の家族への支援


「全部で十件」


 ミーナが指でなぞる。


「大金持ちになれる金額ではないですけど、『これがあったから家賃が払えた』って言ってくれた人もいました」

「十分です」


 俺は頷いた。


「共済は、『全部救う』ための仕組みじゃない。『何もないよりはずっとマシ』な盾だ」


 前の世界でも、そうだった。

 保険や共済は、万能ではない。

 でも、あるかないかで人生の折れ方が変わる場面が、確かに存在した。


「払ってくれている人は、どれくらいに増えましたか」

「ええと……」


 ミーナは、別のノートを開いた。


「今、組合員が八十人。そのうち、共済に入ってくれているのが五十人」


 半分を超えた。


「説明会で『難しくて分からん』って言ってた人も、最近はちょっとずつ来てくれます」


 ミーナが、嬉しそうに笑う。


「『あのときはピンと来なかったけど、あいつが助かったの見て、入りたくなった』って」

「数字で説明して、顔で伝わったってことですね」


 俺は、共済箱の上に置かれた小さな木札を見た。


『今日も一枚、明日の安心』


 ミーナが考えた文句だ。


 照れながら書いていたのを思い出し、少し笑ってしまった。


 ---


 街の空気も、少しだけ変わっていた。


「ギルドの窓口で、『組合にも相談した?』って聞かれた」


 ある若い前衛が、そう話してくれたことがあった。


「前は、『組合に行くな』って顔されたのに」


 ギルド本部から来た再建担当官は、「街との協調」を重んじるタイプだった。


「カルナ支部の信用を取り戻すには、数字と外の目が必要だ」


 そう言って、ユウトとシュテルンの報告書を手本に、支部内の規程と帳簿の見直しを始めたと聞く。


 バロス支部長の姿は、もう街にはない。


 代わりに、受付の若い職員たちの表情が、少し柔らかくなった。


「支部長がいなくなってから、あの子たち、やっと普通に笑うようになったな」


 リナが、ダンジョン前でそう言ったとき。


「それだけでも、この騒ぎをやった意味があったかもしれない」


 俺は、心からそう思った。


 ---


 ある日の夕方。


 組合事務所に、一人の老婆がやってきた。


「ここが、冒険者の相談所かい」


 背中を丸め、杖をついた小柄な体。

 皺だらけの手には、古い布袋が握られている。


「はい。どうされましたか」


 ミーナが、お茶を出しながら座ってもらう。


「昔、この街で冒険者をやってた孫がいてね」


 老婆は、ゆっくりと話し出した。


「何年か前に、ダンジョンで死んじまった。ギルドからは、『失踪』って言われたけど」


 その言葉に、俺は胸の奥がざわつくのを感じた。


「最近になって、市長さんから『補償が出ることになった』って紙が来てね」


 老婆は、布袋の中から折りたたまれた紙を取り出した。


「難しい字が多くて、よく分からないんだけど……」


 ミーナが、紙を受け取って目を通す。


「これは、王都とギルド本部からの、『過去の事故に対する追加補償』のお知らせです」


 震える声だった。


「お孫さんの名前も、ここに」


 老婆の目に、涙が浮かんだ。


「そうかい。死んじまったあの子にも、ようやく何かが届いたのかい」


 俺は、そっと老婆の前に座った。


「お金で全部が戻ってくるわけではありません」


 そう前置きしたうえで、続ける。


「でも、『何もなかった』ことにされていた事故が、『あった』と認められた。それだけは、変わったと思います」


 老婆は、しばらく黙って紙を見つめていた。

 やがて、小さくうなずく。


「あの子の命日の日に、この金で、好きだった肉を買ってやるよ」


 そう言って笑った顔は、どこか晴れ晴れとしていた。


 ---


 深層調査のあとも、ダンジョンは相変わらず危険だった。


 新しい事故が完全になくなるわけではない。


 それでも、以前と違うのは。


「ユウト、共済の支払い申請、もう書類が揃ってる」


 ミーナが、きちんと整えられた紙束を持ってくること。


「ギルドからの事故報告も、あの再建担当官がちゃんと説明してくれる」


 リナが、ため息混じりにそう言いながらも、どこか安心した顔をしていること。


「街の商人たちも、『共済に入ってる冒険者の方が安心してツケができる』とか言い始めてる」


 ガルドが、酒場でそんな話を聞いてきて、苦笑していること。


 少しずつだが、「安全」と「記録」が、冒険者の日常の一部になってきていた。


 ---


 夜。


 仕事を終えたあと、俺は新しい事務所の窓際に座って、カルナの街を眺めていた。


「前よりマシになった、と思いますか」


 いつの間にか隣に座っていたミーナが、そう尋ねてきた。


「なりましたよ」


 俺は、迷わずに答えた。


「前は、事故が起きても、『運が悪かった』で終わっていた」

「今は、記録が残る」


 ミーナが、小さく続ける。


「誰が、どこで、どうして怪我をしたか。どう助かったか」

「それを見て、『次は同じ失敗をしないように』って考えられる」


 俺は笑った。


「それに、一番変わったのは――」


 一度言葉を切ってから、続ける。


「『相談していい場所がある』って、みんなが知っていることだと思います」


 前の世界では、多くの人が、どこに相談していいか分からなかった。

 相談先があっても、「どうせ無駄だ」と諦めていた。


 今世のカルナには、少なくともギルド、市役所、組合という三つの窓口がある。


 完璧ではない。

 それでも、「一人きりで抱え込まなくていい」と思える人が少しでも増えたなら、それは確かに街一つぶんの働き方を変え始めている。


「ユウトさんは、まだ働きすぎですけどね」


 ミーナが、ちょっとだけ怒った顔で言った。


「寝てますよ。前よりは」

「前より、は」


 ミーナは、じとっとした目で見てきた。


「今度、本当に倒れたら、神様に文句言いに行きますから」


 胡散臭い魔法使いコスプレの神様の顔が頭に浮かび、思わず笑ってしまった。


「そのときは、一緒に行きましょうか」


 そう言うと、ミーナも笑った。


 カルナの夜風は、少しだけ優しくなっていた。


【作者からのお願い】

もし、「おもしろい」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマーク登録をしていただけるとうれしいです。また「いいね」や感想もお待ちしています!

また、☆で評価していただければ大変うれしいです。

皆様の応援を励みにして頑張りますので、よろしくお願い致します!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ