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支部長失脚と、新しいバランス

「――これが、今回の調査と事故についての報告書です」


 カルナ市庁舎、大広間。


 長い机の上に、分厚い紙束が置かれた。


 王都から来た監察官が、それを一枚一枚めくっていく。


 灰色のローブに、王国の紋章。

 年齢は四十代半ばくらい。

 目つきは鋭いが、声は意外と穏やかだった。


「作成者は?」

「カルナ支部筆頭補佐官、シュテルン・ローゼン。それと、冒険者組合の実務担当であるユウトが、補助として」


 市長が答える。


 監察官の視線が、こちらに向いた。


「あなたが、例の『帳簿と条文の男』ですか」

「そんな呼び方が付いているとは知りませんでしたが」


 俺は苦笑して頭を下げた。


「書類づくりが本職みたいなものです」


(二つの世界を通算すると、事務と契約書ばかり触っている気がする)


 監察官は、淡々と紙を読み進めていく。


 ・深層調査の目的と経緯

 ・結界異常の事前報告

 ・危険度再評価の結果

 ・緊急時の指揮条項の発動

 ・撤退の経過と負傷者の数


「死亡者ゼロ」


 監察官が、その行に指を置いた。


「これは立派な成果だ」


 その言葉に、広間の空気が少し和らいだ。


 冒険者たちがざわめき、リナが小さく拳を握る。

 ミーナは、安堵のあまりほっとした顔をしていた。


「しかし」


 監察官は、次のページをめくる。


「ここから先は、別の話ですな」


 ---


「過去五年分の事故報告書も拝見しました」


 監察官は、別の紙束に目を落とした。


「『失踪』『追跡不能』と処理されている案件が、深層周辺に集中している」


 市長の顔色がわずかに曇る。


「本来なら、『死亡』として処理すべき案件が、ですな」


 商人ギルド代表が小さく頷いた。


「遺族からの話と突き合わせたところ、そういう案件がいくつも見つかりました」


 監察官は、淡々と続ける。


「『補償対象とすると支払いが発生する』ために、『失踪』扱いにした事例もある」


 広間の片隅で、ざわつきが起きた。


「そんなことが……」

「やっぱりか」


 冒険者たちの低い声が重なる。


「今回の結界異常についても、過去の報告書には『異常なし』と記されているケースがあった」


 監察官が、指で紙を叩いた。


「現場の結界術師からは、『一部に歪みあり』という口頭報告があったと聞いていますが」


 シュテルンが、小さく息を吐いた。


「……当時の支部長と私の判断で、『軽微なもの』として扱いました」


 静かな告白。


「報告書に書けば、王都が騒ぎ出す。そう考えたのは事実です」


(そこまで言うのか)


 俺は内心で驚いた。


 監察官は、シュテルンをじっと見つめた。


「あなたの判断は、結果として今回の事態を招いた一因となった」


 シュテルンは、何も言わない。


「しかし、それをこうして自ら認め、報告書に記したことも事実です」


 監察官の目が、今度はバロスに向いた。


「一方で」


 机の上に、別の紙束が置かれる。


「こちらは、カルナ支部長から提出された第一次報告書」


 バロスの顔が、目に見えてこわばった。


「『結界に異常はなく、魔物の群れは予想外の乱入であった』」


 監察官が読み上げる。


「『撤退判断は適切であり、負傷者多数は不運な偶然である』」


「事実だ」


 バロスが、低く唸るように言った。


「結界の異常は軽微だった。魔物の数も、報告書の範囲内だ」


「ではなぜ、第二次報告書では表現が変わっているのですか」


 監察官が、別の紙を持ち上げる。


「『結界の弱体化を事前に把握していたが、支部長の判断で前進を続行した』」


 バロスの視線が、シュテルンに刺さった。


「お前……」


 シュテルンは、真正面からその視線を受け止めた。


「第一次報告書は、事実の一部しか記していませんでした」


 淡々とした声だった。


「王都の監査に耐えうるものではないと判断し、二人で相談のうえ修正しました」


「相談、だと?」


 バロスの声が震える。


「俺は、そんな紙に同意した覚えは――」


「支部長」


 監察官が静かに遮った。


「署名と印は、あなたご自身の手によるものです」


 机の上の紙には、確かにバロスの印が押されていた。


「『細かい文言は補佐官に任せる』とおっしゃったと、シュテルン殿は証言していますが」


 バロスの顔が真っ赤になる。


「……シュテルン、お前は俺を売るつもりか」

「事実を書いただけです」


 シュテルンは、少しだけ目を伏せた。


「私の責任も含めて」


(この人なりの「落とし前」なのかもしれない)


 俺は、そんなことを思った。


 ---


「結論を申し上げます」


 監察官が、席を立った。


「カルナ支部における過去数年の事故報告と深層管理には、明らかな問題がありました」


 広間の空気が、ぴんと張り詰める。


「特に、支部長が『支払いを抑えるために死傷事故を過小評価してきた』事実は、ギルド本部としても看過できないものです」


 商人ギルド代表が、静かにうなずいた。


「王都ギルド本部との協議の結果」


 監察官は、淡々と告げる。


「バロス・ヘルマン支部長を、カルナ支部長の任から罷免することに決まりました」


 ざわ、と大きなざわめきが広間に広がった。


 バロスの顔から血の気が引く。


「俺がいなくなったら、支部は――」


「支部は存続します」


 監察官が言う。


「カルナ支部は、王都本部直属の『再建対象支部』として、しばらくの間、本部からの特別監督を受けることになります」


 市長が、小さく息を吐いた。


「支部長の座は一時的に空席とし、本部から再建担当官が赴任する予定です」


(バロスごと切り捨てて、支部を守るつもりか)


 ギルド本部らしい判断だ。


「シュテルン・ローゼンについては――」


 監察官の視線が、筆頭補佐官に向く。


「過去の報告書作成における責任を問われ、本部の監査部門への異動が決まりました」


「左遷、というやつですな」


 商人ギルド代表が、皮肉っぽく笑った。


「現場からは遠ざかるが、完全には切り捨てない」


 シュテルンは、静かに一礼した。


「異動命令は真摯に受け止めます」


 その声には、悔しさよりも、どこか安堵のようなものが混じっているように聞こえた。


 ---


「次に、カルナ市としての方針です」


 市長が席を立ち、広間を見渡した。


「ギルドの管理と報告に問題があったことは、今、ここで明らかになりました」


 冒険者たちがざわめく。

 市民代表も、不安そうに顔を見合わせる。


「しかし同時に」


 市長は続けた。


「未払い報酬の回収や、深層調査での撤退判断の場面などで、冒険者組合が一定の役割を果たしたことも事実です」


 リナが、少しだけ背筋を伸ばした。

 ミーナは、緊張で手を握りしめている。


「カルナ市としては、今後、ギルドと組合を『対立する者同士』ではなく、『異なる役割を持つパートナー』として扱います」


 市長の言葉に、広間の空気が変わった。


「ギルドには、依頼の斡旋と等級管理、安全対策の実行を求める」


 市長は、一つ一つ指を折るように言う。


「組合には、記録と相談窓口としての役割、共済や契約のチェックを求める」


 商人ギルド代表が、ふっと笑った。


「仕事が増えますな、ユウト殿」


「仕事が増えるのは、慣れています」


 俺は苦笑した。


(ただし、今回は『死ぬまで働け』って話じゃない)


「今後、カルナ市は、ギルドからの定期的な報告に加え、組合からの活動報告も受け取ります」


 市長が続ける。


「その両方を見比べることで、『誰か一人の都合で現場が歪められないように』する」


 それは、小さな街なりのチェック&バランスだった。


 ---


 庁舎を出た後。


 バロスの姿はなかった。


「先に支部に戻ったらしい」


 リナが、少し複雑そうな顔で言う。


「あの人にも、あの人なりの言い分はあるのかもしれねえが」

「『人を守る』って発想が、最後まで弱かった」


 俺は正直に言った。


「数字と肩書きばかり見ていた」


 ガルドが肩をすくめる。


「どこの世界にもいるタイプだ」


 シュテルンが、庁舎の階段の上で待っていた。


「異動の件、聞きました」


 俺がそう言うと、シュテルンは苦笑した。


「現場を離れるのは、少し寂しいですが」


 彼は、空を見上げた。


「監査部門でも、やることはあまり変わらないでしょう。紙と数字を相手に、誰かの報告書を疑い続けるだけです」


「得意分野じゃないですか」


 俺が言うと、シュテルンは肩をすくめた。


「あなたにそう言われると、あまり反論できませんね」


 しばらく沈黙が続いた。


「ユウト」


 シュテルンが、ふいに名前を呼んだ。


「今回の件――」


 彼は、少しだけ真面目な顔になる。


「ギルドにとっては、痛手でした」

「知っています」


 俺は頷いた。


「でも、冒険者にとっても、街にとっても、このくらいの『痛み』は必要だったと思います」


 シュテルンは、ふっと笑った。


「あなたは、本当に『どっち側』にも甘くない」


 それは、褒め言葉として受け取っておく。


「いつか、どこか別の街で」


 シュテルンは、視線を遠くに向けた。


「また、紙と条文を挟んで向き合う日が来るかもしれません」

「そのときは、あっちの街の冒険者の味方として、遠慮なく噛みつきますよ」


 俺がそう言うと、シュテルンは小さく笑い、踵を返した。


 ---


 数日後。


 カルナ支部の入口には、新しい看板が掲げられていた。


『安全管理協議窓口 冒険者組合カルナ事務所』


 小さな文字だが、ギルドの正面玄関に、確かに組合の名前が並んでいる。


「派手な看板じゃねえけどな」


 リナが、腕を組んで看板をにらむ。


「それでも、『ここにいる』ってことははっきりした」


 ミーナが、その横で嬉しそうにメモを取っていた。


「共済の案内板も、支部の中に置いていいって言われました」

「本部の再建担当官が、意外と話の分かるやつで助かったな」


 ガルドがうなずく。


「『王都は、あんたらみたいな現場の声が欲しかった』って言ってた」


 ユウトは、看板を見上げながら、静かに息を吐いた。


(ギルドと組合と街)


 どれか一つが強すぎても、どれか一つが弱すぎても、現場は歪む。


 今は、ようやく「少しだけマシなバランス」に近づいたところだ。


 前の世界では、そんなバランスを作る場所に立てなかった。


 二度目の人生で、ようやくその一角に立てている。


「さあて」


 リナが、背伸びをした。


「支部長の首は飛んだ。次は、『街全体を少しマシにする』番だな」

「仕事がまた増えますね」


 俺が言うと、ミーナが苦笑した。


「でも、今度は、ちゃんと寝ていい仕事です」


 その一言に、みんなが笑った。


 カルナの空は、少しだけ高く見えた。


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