準備会議と契約案バトル②
「――で、結局ここだよな」
数日後の朝。
組合事務所の机の上には、「報酬配分案」と書かれた紙が何枚も並んでいた。
「ギルド四、冒険者六。向こうの案」
リナが、一枚目を指さす。
「こっちが出したのは、ギルド三、冒険者六、組合一」
「さすがに一割丸ごと組合が取るのは、多すぎるって顔してたな」
ガルドが苦笑した。
「支部長の顔、覚えてる」
「だから、案を一つ増やしました」
俺は、三枚目の紙を前に出した。
「ギルド三・五、冒険者五・五、組合一」
「真ん中を取っただけじゃねえか」
リナが眉をひそめる。
「一体どこに仕掛けがある」
俺は、紙の下部を指で叩いた。
「ここです」
『ただし、ギルドの取り分のうち銀貨〇・五相当は、「安全管理協力費」としてカルナ市と組合とで共同管理する基金に積み立てる』
「ギルド三・五のうち、半分は『安全のために使う金』として、すぐには動かせない」
俺は説明した。
「見た目の数字は向こうが有利。でも、事故があったときに、この基金が『誰のための金か』で、話を動かせる」
「おとり条文は?」
ガルドがニヤリとする。
「『王都での報告書の作成は、すべて組合が行う』って部分です」
俺は別の紙を持ち上げた。
「向こうが絶対に削りたがるところを作っておいて、その代わりに基金の条文を残す」
「相変わらず、性格悪いな」
リナが笑う。
「褒め言葉として受け取っておきます」
---
準備会議二回目。
前回と同じ市庁舎の会議室に、再び同じ顔ぶれがそろっていた。
「本日は、主に報酬配分と、緊急時の指揮条項の調整について話し合いたい」
市長の一声で、会議が始まる。
「まず、報酬配分から」
シュテルンが、自分たちの案をあらためて読み上げる。
「『ギルド四、冒険者六』。ギルドは、深層調査の準備と事後処理の責任を負います。その費用を考えれば、四割は妥当な水準です」
「冒険者の命のリスクを考えれば、高すぎる」
リナが即座に返す。
「あたしたちの案は、『ギルド三、冒険者六、組合一』」
「組合の取り分については、カルナ市としても議論の余地があると思います」
市長が慎重に口を挟んだ。
「組合の活動が安全と記録の面で役立っていることは認めるが、報酬から直接一割というのは、街全体の感覚からすると少々大きい」
「ですよね」
俺は素直に頷いた。
「なので、折衷案を用意しました」
俺は、新しい紙をテーブルの中央に滑らせた。
「ギルド三・五、冒険者五・五、組合一」
シュテルンが目を通す。
「ギルドの取り分が三・五。先ほどよりは、我々にとって受け入れやすい数字です」
バロスが、鼻で笑う。
「それでも『組合一』は変わらんじゃないか」
「一応、同じ『一』でも、中身を変えています」
俺は、下の方の小さな文字を指さした。
「ここです」
シュテルンが、その一文を読み上げる。
「『ギルドの取り分のうち銀貨〇・五相当は、「安全管理協力費」としてカルナ市および組合と共同管理する基金に積み立てる』」
シュテルンの眉が、わずかに動いた。
「つまり、ギルドの三・五のうち、〇・五はすぐには使えない金になる」
商人ギルド代表が、静かに言う。
「代わりに、その金は事故時の補填や、予備の安全設備の費用に充てることができる」
「王都が求めている『安全管理と報告の透明性』に対して、市としても一つの答えになります」
市長が補足する。
「ギルドが自己判断で削ったり流用したりしないよう、『街と組合の目』を入れる形だ」
バロスが、露骨に顔をしかめた。
「ギルドの金を、街と組合に握らせるつもりか」
「握るのではなく、『一緒に握る』です」
俺は淡々と返した。
「事故が起きたときに、『どこから金を出すか』で揉めないようにするための仕組みです」
シュテルンは、紙を指でとんとんと叩いた。
「その基金から支払う金の『優先順位』は、誰が決める想定ですか」
「王都の文書にある『事故時の報告と補償』を最優先に」
俺は答えた。
「そのうえで、市とギルドと組合で相談して決める。少なくとも、『組合員だから優先』『組合に入ってないから後回し』みたいな使い方はできないように」
商人ギルド代表が加える。
「基金の使い道については、年に一度、決算と一緒に市に報告させればよいでしょう」
市長がうなずく。
「そうすれば、王都に対しても説明がしやすい」
シュテルンはしばらく黙っていた。
やがて、小さく息を吐く。
「……ギルド本部との調整は必要ですが、原則としては、この案で検討しましょう」
バロスが、椅子の背にもたれながら舌打ちした。
「好きにしろ。ただし、現場の準備に回す金まで削られて、指揮に支障が出るようなら、責任は取ってもらうからな」
「そのためにこそ、『安全管理協力費』という名前にしているんです」
俺は答えた。
「そこから出す分は、『現場を守るための金』に限定する。そのルールを一緒に作りましょう」
(数字はギルドが一番多い。見た目は、あくまで『ギルドの勝ち』だ)
けれど、そのうちの一部は、すでに別の名前で縛られている。
後で、そこが効いてくる。
---
「次は、前回の指揮系統の条文に、少しだけ手を入れたい」
シュテルンが、自分の紙束から一枚を引き抜いた。
「こちらで修正案を用意しました」
『調査中の指揮権は、原則としてカルナ支部長が持つ。
ただし重大な危険が発生し、支部長が判断不能または不在の場合、市長またはカルナ支部が指名した者が、一時的に撤退等の緊急判断を行うことができる』
「『組合側の代表者』という表現は、少々直接的すぎると思いまして」
シュテルンが言う。
「『市長またはカルナ支部が指名した者』とすれば、緊急時の代替指揮権を認めつつ、誰がそれを担うかは柔軟に決められる」
「柔軟ってのは、こっちを外すこともできるって意味だな」
リナが露骨に言うと、商人ギルド代表が咳払いをした。
「わしが聞いた限りでは、市長とギルドは『当面、組合の誰かを想定している』ということだったが」
市長が、小さく頷く。
「現場に常駐するのはギルドと組合の人間ですからな」
「なら、最初からそう書けばいいだろ」
リナが食い下がる。
「『市長またはカルナ支部が指名した組合員』って」
「それだと、組合に義務だけを負わせることになる」
シュテルンが淡々と返した。
「指揮権を預ける以上、責任も生じる。その責任の所在を、市長側と分かち合うための表現です」
(言い方がうまいな)
俺は内心で舌を巻いた。
「現場で誰が実際に『撤退しよう』と言うかは、別途、『緊急時運用指針』の中で定めましょう」
商人ギルド代表が口を挟む。
「名前まで文書に書くと、差し替えのたびに契約を作り直す羽目になりますからな」
市長が、俺の方を見る。
「ユウト殿。この表現であれば、組合にとっても、そこまで不利ではないと考えますが、どうですかな」
俺は、少しだけ考えた。
(『市長またはカルナ支部が指名した者』)
誰を指名するかは、その時々の政治と関係の問題だ。
だが、少なくとも、「支部長が倒れたときに、誰かが代わりに撤退を決めてもいい」という道筋が、紙の上に乗る。
これは、深層調査のあとで効いてくる。
「この条文に、もう一行だけ足させてください」
俺は、ペンを持ち上げた。
「『その者は、撤退の判断を行った後、理由と状況を市長およびギルド本部に報告する義務を負う』」
シュテルンが、わずかに目を細める。
「責任を残す、ということですね」
「はい」
俺はうなずいた。
「逃げ道ではなく、『後で説明できる決断』にするための一行です」
市長が、満足げに微笑む。
「それなら、カルナ市としても受け入れやすい」
シュテルンは、短く息を吐いた。
「承知しました。その表現でまとめましょう」
(見た目には、『緊急時でもギルドと市長が主役』だ)
でも、その裏で、「誰かが撤退を決めたら、その理由を本部に説明しなければならない」仕組みを、俺たちは手に入れた。
誰か――たとえば、組合側の誰かが。
---
会議が終わって、夕暮れの庁舎前。
「見た目は、ほとんど向こうの言い分が通ってるようにしか見えねえな」
リナが、空を見上げながら言った。
「指揮権もギルド。報酬もギルドが一番多い」
「そうですね」
俺は素直に認めた。
「表だけ読めば、『カルナ支部が主導』『組合は端っこで記録係』に見える」
「それでいいのか」
ガルドが不満そうに言う。
「せっかくここまでやってきて」
「表だけ読めば、です」
俺は言い直した。
「紙の端っこに、小さな板を何枚か差し込んだつもりです」
安全管理の説明義務。
記録の共同管理。
安全管理協力費の基金。
緊急時の代替指揮権と、その後の報告義務。
「深層調査の本番で、どこまで機能するかは分かりません」
俺は、正直に言った。
「でも、『機能する余地』だけは、紙の上に残せた」
リナが、ふっと笑った。
「あたしが剣を振り回す代わりに、ユウトは紙を振り回すんだな」
「紙は軽いですから」
俺も笑う。
「ただ、一度火がつくと、意外とよく燃えます」
ガルドが、肩をすくめた。
「まあ、本番で燃え上がらねえことを祈るけどな」
深層調査の契約案は、こうして形になった。
見た目には、ギルド主導。
その裏に、いくつかの小さな伏線を仕込んだ紙束。
それが、後の大騒動の火種になることを、この時点で知っていたのは、ツクヨくらいのものだったかもしれない。
【作者からのお願い】
もし、「おもしろい」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマーク登録をしていただけるとうれしいです。また「いいね」や感想もお待ちしています!
また、☆で評価していただければ大変うれしいです。
皆様の応援を励みにして頑張りますので、よろしくお願い致します!




