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組合にもルールがいる(後編)

「ユウトさん、これ、どこまで難しい字にします?」


 夕方。


 ミーナが、草案を清書しながら首をかしげた。


「『義務』とか『権利』は、字の形はきれいですけど、読みづらい人も多いかなって」

「もっとやさしい言い方にしてもいいですね」


 俺は頷く。


「『しなければならない』の代わりに、『すること』『しないこと』って書き方もあります」

「その方が分かりやすいです」


 ミーナは、目を輝かせた。


「私でも、すぐに読めますから」


 彼女にとって読みやすいなら、多くの組合員にとっても読みやすいはずだ。


(ギルドの規程みたいに、『第何条第何項』だらけにはしない。番号が増えるたびに、現場の頭からルールがこぼれていくのは、前の職場で嫌というほど見た)


「あと、『除名』って言葉も、ちょっと怖い気がして」

「ですね」


 俺も同感だ。


「『どうしても話が合わないときは、組合から出ていってもらうことがある』くらいの書き方にしましょう」

「優しい」


 ミーナがくすっと笑う。


「でも、そこまでしてもらって『出ていけ』って言われる人は、本当にひどい人なんだなって分かります」


 彼女なりの感覚だが、あながち間違いではない。


「議事録の書き方も、教えてください」


 ミーナが、別の紙を持ってくる。


「今度、組合員さんを集めて、この規約の説明をするんですよね。そのときに、『誰が来て』『何を決めたか』を書き残したくて」

「いい心がけです」


 俺は、紙に簡単な枠を描いた。


「日にち、場所、出席者の名前」

「はい」

「それと、決めたことを箇条書きで」

「『決めなかったこと』は?」


 ミーナが首をかしげる。


「それも書いておきましょう。『今日はここまで話して、結論は次回に持ち越し』とか」

「なるほど」


 ミーナは、覚えたことを一生懸命書き写していく。


 彼女の字はまだ少し覚束ないが、前よりずいぶんと整ってきている。


 ---


「それじゃあ、始めるぞー!」


 数日後。


 組合事務所に、組合員たちがぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。


 椅子が足りず、立っている者も多い。


「今日は、『組合の中の約束』を決める日だ」


 リナが前に立ち、大声で言う。


「ギルドに文句を言う前に、あたしたち自身がどう動くかを決める。そういう話だ」


 ざわざわ、と小さな波。


「難しい話か?」

「どうせユウトがややこしいこと言うんだろ」


 そんな声も聞こえるが、誰も帰ろうとはしない。


 ミーナは、入り口のそばで出席者の名前を一人ずつ確認し、紙に書き込んでいた。


「すみません、お名前、もう一度」

「だから、ハンスだって」

「『す』が『し』に見えないように、気をつけますね」


 小さなやりとりに、少し笑いが起きる。


「じゃあ、まずはこれを」


 俺は、「組合規約(案)」と書かれた紙を掲げた。


「難しい言葉はできるだけ減らしました。一つの約束は、二行までにしました。ギルドの規程みたいに、途中で息が切れる文はありません」


 一通り読み上げると、あちこちから手が挙がった。


「掛け金を払えない月が続いたら、どうなるんだ?」

「共済にだけ入りたいってのは、ありか?」

「組合の名前を使っちゃいけない場面って、具体的にどんなときだ?」


 質問は尽きない。

 そのたびに、リナやガルドが「現場の言葉」で補足してくれる。


「共済だけ入って、組合の手伝いは一切しねえってのは、さすがに虫が良すぎるだろ」

「名前の使い方は、『自分一人で勝手に約束しない』ってことだ。何か大きなことをギルドと話すときは、一度ここに持ってこい」


 ミーナは、そのやりとりを黙々と紙に記録していく。


「今日、ここで決めたいのは、三つです」


 質問が一段落したところで、俺は言った。


「一つ。『組合費を三か月以上払っていない人は、相談を受ける前に、何らかの形で事情を聞く』」

「いきなり切らないのか」

「事情を聞いて、『本当に払えない』なら、共済の給付で一部補う方法も考えます。ただ、『払えるのに払わない』人は、さすがに例外にします」


 ざわ、と小さな笑いが起きた。


「二つ。『組合の名前で勝手に交渉したり、約束したりしない』」

「これは大事だな」


 ガルドがうなずく。


「組合の名を出すときは、誰か一人じゃなくて、ここにいる何人かが一緒に責任を持つ」


「三つ目」


 俺は、少しだけ息を吸った。


「『暴力や脅しで仲間から金や仕事を奪った者は、場合によっては組合から出ていってもらう』」


 部屋の空気が、少しだけ引き締まる。


「そんなやつ、うちにはいねえよ」


 誰かが笑い飛ばす。


「いないといいですけどね」


 俺は、真面目に返した。


「でも、いざというときに『どうするか決めてなかった』では遅い。だからこそ、先に線を引いておきたい」


 しばらく沈黙が続いた。


 やがて、一人の中年冒険者が手を挙げる。


「……賛成だ」


 低い声だった。


「昔、別の街で、組合が内部から壊れたのを見たことがある。ルールを決めるのが遅すぎた」


 別の場所からも「賛成」の声が上がる。


「俺も」

「三つくらいなら覚えられる」


 リナが、大きく頷いた。


「じゃあ、この三つを――『組合の約束』として、今日ここで決める」


 彼女は、ミーナの方を見る。


「ミーナ、頼んだ」


 ミーナは、緊張した顔で立ち上がった。


「き、今日の決まったことを、読み上げます」


 手元の紙を見ながら、一つずつ。

 声は少し震えていたが、最後まで噛まずに読み切った。


 読み終わった瞬間、小さな拍手が起きる。


「上出来だ」


 リナが笑う。


「これで、組合にも『内側のルール』ができた」


 俺は、胸のあたりが少し温かくなるのを感じていた。


 外に向けて戦うためには、内側がバラバラではいけない。


(こうやって、少しずつ『組織』になっていくんだな)


 前の世界では、完成済みのルールに文句を言うだけだった。

 今世では、そのルールを一から作る側にいる。


 それは面倒だが、悪くない仕事だと、心から思えた。


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