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組合にもルールがいる(前編)

「最近、やたらと人が増えたな」


 昼下がりの組合事務所で、ガルドが感心とも不安ともつかない声を出した。


 窓から見える路地には、順番待ちの冒険者が数人。

 中では、リナが誰かと話し込み、ミーナが慌ててお茶を配っている。


「あ、あの、熱いので気をつけてください……わっ」


 どさどさと人が出入りする中、マグカップの一つが軽くぶつかり、縁からお茶が飛び跳ねた。

 机の端に置いてあった古いメモの隅が、じわりと濡れる。


「ご、ごめんなさい!」

「このくらいなら平気だ」


 ガルドが、濡れた紙をひょいと持ち上げて乾いた場所に移す。


「事務所が狭くて人が多いと、こういうのはよくある」


 リナが苦笑し、ユウトも肩をすくめる。


(だからこそ、『紙と飲み物は離して置く』って話になるわけだ)


「例の未払い騒ぎのあとからですよね」


 俺は帳簿に目を落としたまま答えた。


「『組合に相談したら払ってもらえた』って噂が、一気に広がったらしいです」

「嬉しいけど、ちょっと怖い」


 ミーナが、小声でつぶやく。


「名簿、足りなくなりそうで」


 机の端には、新しい組合員の名前がぎっしり書かれた紙束。

 先月の二倍近い人数が登録されていた。


「いいことじゃねえか」


 リナは笑う。


「仲間は多い方が心強い」

「そうですね」


 俺も否定はしない。


 ただ――。


「ユウトさん、これ見てください」


 ミーナが、おずおずと別の紙を差し出してきた。


「組合費の支払い状況の表なんですけど」


 そこには、名前の横に「○」「△」「×」の印が並んでいた。


「○は支払い済み、△は遅れ気味、×は……」

「全然払ってない人」


 ミーナは申し訳なさそうに言う。


「最近入った人に多くて。その人たち、相談には来てくれるんですけど、組合費の話をすると話をそらして」


 リナが、面倒くさそうに頭をかいた。


「まあ、最初はそういうもんだろ。こっちも『払え』って言いづらいし」


 ガルドが腕を組む。


「ただ、『払ってるやつ』と『払ってないやつ』が混ざったままってのは、いつか問題になるな」


 その通りだ。


(外とのケンカだけじゃなく、中のルールも整えないと、いずれ足元から崩れる)


 前の世界でも、ルールのない組織は長く持たなかった。


「それだけじゃありません」


 ミーナが、別の紙を取り出す。


「この人たち、最近、酒場で『組合のおかげで未払いが戻った』って吹いてるらしくて」

「いいことじゃねえか」


 リナが笑う。


「名前を出してくれるのは嬉しい」

「それ自体は、ありがたいんですけど……」


 ミーナは紙を指でたたいた。


「『組合員になれば絶対にギルドに勝てる』って、勝手に約束みたいに言ってるみたいで」


 リナの笑顔が、少し曇る。


「それは困る」

「約束してないことを『約束した』って言われるのが一番危ないですね」


 俺はため息をついた。


「あと、こんな相談もありました」


 ミーナが、さらに紙を一枚。


「組合員同士のケンカです」


 内容を一読して、頭痛がしてきた。


「依頼の取り合い」「共済の掛け金を誰が立て替えたか」「噂話がどうの」――。


「……増えましたね、家庭内トラブルみたいな案件」

「組合にも、家族にも、人数が増えると『揉め事』が増えるのは同じだ」


 ガルドがぼそりと言う。


 リナが、椅子の背にもたれ、天井を見上げた。


「こりゃあ、そろそろかもしれねえな」

「そろそろ?」

「組合にも、『ルール』がいるってことだ」


 リナは身を起こし、俺を見た。


「前に言ってたろ。『ギルドに文句言うなら、こっちも自分たちの中身を整えないと』って」

「言いましたね」


 覚悟していた言葉だ。


「じゃあ、やるか」


 リナの目が、いつになく真剣だった。


「組合規約、だっけか。あれを作る」


 ---


「まずは、『決めたいこと』を全部書き出しましょう」

 

 事務所の机の上に、白紙を何枚も並べる。

 

 その瞬間、ガルドが眉をひそめた。

 

「なあユウト。本気でそんなにルール増やすのか? ギルドの規程みたいに、字だらけの紙になったら、結局誰も読まねえぞ」

 

 ミーナも、不安そうに紙束を見つめる。

 

「あの……『これもダメ、それもダメ』って紙になったら、ギルドと同じだって言われませんか」

 

(そこを分けておかないと、確かに『ただの縛り』に見える)

 

「だからこそ、『増やす』んじゃなくて『まとめる』つもりです」

 

 俺は二人を見て、ゆっくりと言った。

 

「今バラバラに転がってる決まりごとを、三つの箱に分ける。箱の名前さえ覚えてもらえれば、中身はあとから一緒に思い出せるように」


「えーと」


 リナが腕を組んで考え込む。


「組合費をちゃんと払うこと」

「はい、一つ」


 ミーナが書き留める。


「共済の掛け金を誤魔化さないこと」

「二つ」

「他の組合員を勝手に名乗って、変な交渉をしないこと」

「三つ」


 ガルドが口を挟む。


「酒場で『組合が保証する』とか、『組合の名前で値切る』とか言ってるやつがいたら、止めたい」

「それは、規約として明文化しましょう」


 俺は頷いた。


「あとは――」


 話が進むにつれ、紙の枚数は増えていく。


「会議のときは、途中で勝手に帰らない」

「ミーナが書いた紙を、机の上で濡らさない」

「それ、規約にするほどですか」


 思わずツッコむ。


「でも、ミーナの紙を濡らすのは禁止でいい」


 ガルドが真顔で言うので、少し笑ってしまった。


 一通り出し終えたところで、紙を並べ替える。


「大事なのは、三つに分けることです」


 俺はペンで見出しを書いた。


「一つ。『加入と脱退』の話」

「入るとき、出るときのルールか」

「はい。誰でも入れるのか、最低限の条件をつけるのか。辞めるときに共済の掛け金をどう扱うか」


 ミーナが真剣な顔で頷く。


「二つ目。『お金の話』」


 組合費、共済の掛け金、未払いが続いたときの扱い。

 払えない事情がある人への猶予の仕方。


「三つ目。『お互いの守り方』」


 組合の名前の使い方。

 組合員同士のトラブルの処理。

 暴力や脅しを使った場合の対処。


「この三つを、できるだけ分かりやすく書く」

「分かりやすく、ってのが一番難しいんだよな」


 リナが、頭をかく。


「ギルドの規程みたいに、字が細かくて長いやつは勘弁してくれ」

「そこは約束します」


 俺は笑った。


「『規程』じゃなくて『約束』の文書にしたいので」


 厚くて細かい字だらけのギルド規程。

 一行を読むだけでため息が出る、前の世界の就業規則。

 ああいう「上から押しつける紙」は、もう十分だ。


(こっちは、一枚でいい。十個も書かない。一つの約束は、一文か二文で終わらせる)


 冒険者が、仕事帰りの酒場で読めるくらいの長さに。

 それくらいシンプルじゃないと、誰も守れない。


 前の世界で見てきた就業規則の中には、「守らせるため」だけに作られたものが多かった。

 今回は、「守り合うため」の約束にしたい。


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