未払い報酬・一斉回収作戦(前編)
「ユウトさん、この『保留』って、いつまでが『保留』なんですか」
昼前の組合事務所で、ミーナが首をかしげていた。
机の上には、ギルドの支払い明細書が何枚も並んでいる。
その中に、赤いスタンプで「保留」と押された欄が、いくつもあった。
「いつまで、ね」
俺は一枚を手に取る。
「普通は、支払い期日が来るまでとか、問題が解決するまでとか、そういう『条件』とセットになってるはずなんだけど」
明細の隅を見ても、「期日」や「条件」の欄はない。
あるのは雑な赤い印だけだ。
「これ、どれぐらい前の?」
「ええと――」
ミーナは慌てて別の紙を引っ張り出した。
最近、彼女が作り始めた「相談案件一覧表」だ。
「このチームの分は、三か月前からです」
「三か月」
そこまで行くと、もう「保留」ではなく「未払い」だ。
(まあ、ギリギリのところで言葉を選んでるんだろうけど)
「他にもありますか」
「はい。ここと、ここ、それから――」
ミーナが指さすたびに、赤い「保留」印が増えていく。
「全部で、四つのパーティーから相談が来てます」
四件。
少なく見えるが、同じ支部内で「たまたま相談に来た件」が四つあるなら、相談に来ていない案件はその何倍もあると考えるべきだ。
「よし」
俺は、明細と一覧表をそろえた。
「とりあえず、今日の午後、まとめて話を聞きましょう」
---
午後。
組合事務所の中は、いつになく人でいっぱいだった。
椅子が足りず、床に座っている冒険者もいる。
顔ぶれはまちまちだ。
「深層前の偵察依頼で、『報酬は後払い』って言われたんだがよ」
「こっちも似たようなもんだ。魔石の買い取り額が『査定中』ってまま、ほったらかしで」
「俺たちのは、討伐自体は終わってるのに、『依頼主との精算が終わってない』って言われて」
それぞれの事情を、ミーナが必死でメモしていく。
「ゆ、ユウトさん、これどう整理すれば」
「一つずつ整理しましょう」
俺は、頭の中で分類していく。
(全部自分で抱え込むなよ、ってツクヨとガルドに釘を刺されたばかりだ)
「聞き取りはリナさんとガルドさんにも分担してもらいましょう。ミーナは、その場で表にまとめてください」
あえて口に出して、役割を振る。
一つ目。
報酬額が確定しているのに、「保留」のまま支払われていないケース。
二つ目。
報酬額は確定していないが、本来はもっと早く決めるべきものを、「査定中」「精算中」と言って伸ばしているケース。
「まず確認したいんですが」
俺は、全員を見渡した。
「ギルドと交わした契約書、もしくは依頼票に、『支払いは依頼終了後○日以内』みたいな文言はありましたか」
しばし沈黙。
「……ないな」
「『依頼完了後、速やかに支払う』って口では言われたけど」
「『速やかに』って、どのくらいだ?」
思っていた通りだ。
(『期日を決めていない支払い』。前の世界でも、よく揉めたパターンだ)
「俺が前にいた国では、一応、『相当の期間内』に支払われないと遅延と見なされる、みたいな考え方があったんですが」
(フリーランス向けの法律もできて、発注側には「報酬額と支払期日を契約書に書け」とか、「納品から〇日以内に払え」といったルールが一応は課されていた。守られないケースもあったが、少なくとも『期限なしの保留』は建前上アウト、という前提だけは共有されていた)
ここでは通用しない。
「この世界のギルド規程では、どうなってる?」
リナが、古びた冊子をめくる。
表紙にはギルド紋章の小さな刻印と、赤い誓約印が押されていて、薄く光っていた。
規程そのものも、王国に届け出た「約束の書」として扱われている。
「ええと、『依頼終了後、ギルドは冒険者に対し、報酬を支払わなければならない』」
「期日の記載は?」
「……ない」
リナが顔をしかめた。
後ろの方からも、不満げな声が飛ぶ。
「結局、『いつまでも保留でいられる』って意味じゃねえのか、それ」
「俺たちが何言っても、『規程には書いてない』で押し切られるんだろ」
その諦め混じりの空気を、ここでひっくり返したかった。
「これじゃ、『いつまで保留してもいい』って解釈されかねねえな」
「そこを突くのは、第十一条の方です」
俺は別のページをめくった。
「『ギルドは、依頼終了後、相当の期間内に報酬額を確定し、冒険者に説明する義務を負う』」
「そんな条文あったか?」
ガルドが驚いた顔をする。
「字が細かすぎて、普通は気づきません」
前の世界でも、約款の重要な部分ほど字が小さかった。
「要するに、『いつ払うか』は書いてないけど、『いつまでに説明するか』は書いてある」
俺は簡単にまとめた。
「説明もなく三か月以上放置しているなら、その義務違反を突ける可能性があります」
冒険者たちが顔を見合わせる。
「じゃあ、どうすりゃいいんだ」
「一人ずつ窓口で文句言っても、『規程上問題ありません』で片づけられるだけだろ」
その通りだ。
個別交渉では、どうしても押し切られる。
「だから」
俺は深呼吸をした。
「まとめてやりましょう」
数人の眉が動く。
「組合名義で、『未払い報酬の一覧』を作る」
俺は、ミーナのメモを指した。
「誰の、どの依頼の、どれだけの金が、いつから『保留』になっているか。全部一枚にまとめます」
「そんな紙、本当に効くのか」
前衛が半信半疑の顔をする。
「一人一人がバラバラに文句を言うより、『これだけの案件が一括で止まっている』と示した方が、さすがに無視しにくい」
前の世界で、未払い残業代の一斉請求をやったときも、個別では弱い声が、一覧になると数字として重くなった。
「それに、一覧があれば、あとで市長や商人ギルドに話を持っていくときの材料にもなります」
「市長や商人ギルドまで巻き込むつもりか」
「最終的には、です」
俺は肩をすくめた。
「まずは、ギルドと話してみる。その場で解決するならそれでいい。ダメなら、次の段階に進む」
リナがにやりと笑った。
「段階的にケンカ売るってわけか」
「あくまで、交渉です」
あくまで、だ。
やりすぎれば、組合側が「問題児」扱いされる。
「参加するかどうかは、各自で決めてください」
俺は、意識して声のトーンを落とした。
「『ギルドに目をつけられるのが怖い』って人は、無理に名前を出さなくていい。ただ、名前を出してもいい人が多いほど、交渉の力は強くなる」
沈黙。
「俺は出す」
最初に声を上げたのは、三か月保留組の戦士だった。
「どうせ、このままだといつまで経っても払われねえんだろ。だったら、賭けてみる価値はある」
続いて、魔法使い、弓手、と順に手が挙がっていく。
「……じゃあ、俺も」
「俺もだ」
最終的に、相談に来ていた四パーティーのうち、三パーティーが名前を出すことに同意した。
残る一パーティーのリーダーは、最後まで迷っていたが――。
「……悪い。俺は、やっぱり名前は出せない」
俯きながらそう言った。
「ギルドの受付のあの子、昔から世話になっててさ。あいつが板挟みになるのは見たくねえ」
その気持ちも、分からなくはない。
「分かりました」
俺はうなずいた。
「無理はしないでください」
彼が名前を出さない代わりに、「匿名の案件」として一覧の下に付記することにした。
それも、現状を示す一つの材料にはなる。
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