二度目の人生でもブラックだった件
はじめまして。作者です。
この作品は、ブラックな冒険者ギルドでこき使われて一度目の人生を終えた主人公が、二度目の人生では「ホワイトな冒険者組合」を立て直そうとするお話です。
ド派手なチートや最強魔法はありませんが、法律知識と段取り力を武器に、理不尽な搾取やパワハラと向き合っていきます。
本日中に第3話まで公開予定で、その後はしばらくのあいだ「毎日お昼12時ごろ更新」を目指します。少しでも面白そうだと思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。
全26話を予定しております。よろしければ、最後までお付き合いください。
「水瀬、まだ帰ってねえのか。明日の朝イチまでに、この契約書全部チェックしとけよ」
上司の怒鳴り声が、蛍光灯のうなる音を上書きする。
壁の時計は、午前二時を少し回っていた。
(明日の朝って、あと四時間しかないんだが)
机の上には、納期今日中の契約書が束になって積まれている。
パソコンの画面の右下には、真っ赤な「残業時間」のグラフ。
「若いんだから根性見せろよ、水瀬。うちの会社で通用したら、どこ行ってもやっていけるからさ」
「……はい」
反射的に返事をしながら、俺は心の中でため息をついた。
前世の俺――水瀬悠人は、中小企業の法務寄り総合職だった。
契約書のチェック、トラブルの火消し、クレーム対応。
表向きは「会社と取引先を守る大事な仕事」だが、実態は「面倒ごとの全部押しつけ先」だ。
「終わったら電話しろよ。俺はこれから接待だから」
「承知しました」
上司はネクタイをゆるめながら笑って出ていく。
残されたのは、紙の山と沈黙と、空になったエナジードリンクの缶だけだった。
(辞めたいな)
何百回目かも分からないその言葉が、頭の中をよぎる。
けれど口には出せない。
転職サイトを開いては閉じ、履歴書を書いては破り捨ててきた。
「ここでしか使えないスキル」を身につけてしまった俺には、外の世界がやけに遠く見えた。
――ぎゅ、と胸の奥がつかまれたように痛んだ。
「……ん」
最初は、いつもの胃痛かと思った。
コーヒーとコンビニ飯で荒れた胃が悲鳴を上げているだけだと。
だが痛みは、すぐに胸全体へと広がっていく。
左腕がしびれ、キーボードを打つ指先に力が入らない。
「……やば」
立ち上がろうとした瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。
蛍光灯の白い光が滲み、音が遠ざかる。
(ああ、これ……本気で、まずいやつだ)
床が近づいてきて、そのまま真っ黒に塗りつぶされた。
最後に頭をよぎったのは、仕事でも上司でもなく。
(次の人生があるなら――ブラックでは働きたくない)
そんな、ささやかな願いだけだった。
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「お疲れさまでしたー。前世でのご勤務、誠にお疲れさまでございました」
軽い声が、どこからともなく響いた。
目を開けると、真っ白な空間の真ん中にカウンターがあり、その向こう側に、どこかで見たような安っぽい魔法使いコスプレの青年が座っている。
中性的な顔立ちに、サイズの合っていないとんがり帽子と星柄マント。金色の糸で「MAGIC」と刺繍された安物っぽい杖を片手に持ち、目の下には、うっすらとクマができていた。
「……ここは?」
「転生窓口です。当窓口担当、転生神ツクヨと申します」
青年――ツクヨは、慣れた動作でペコリと頭を下げた。
(神様まで窓口業務なのか。世知辛いな)
「えーと、水瀬悠人さんですね。死亡原因は過労に伴う心筋梗塞。ブラック企業勤続年数は……うわ、十年以上。これは派閥内でも話題になるやつですね」
「話題にしないでくれ」
「いえいえ、長年お疲れさまでしたポイントが貯まっておりまして。ノルマ査定的にも、私としては非常に助かる案件です」
ツクヨは、どこからか分厚いファイルを取り出し、パラパラとめくっていく。
背表紙には「転生案件管理台帳」とそれっぽいタイトルが刻まれていた。
「希望はありますか? チート能力、ハーレム、スローライフ、無双、ざまぁ……この辺りが今期の推奨パッケージになりますが」
「そんな大それたもんはいりません」
俺は即答した。
「次の人生があるなら、普通でいい。ちゃんと寝られて、ちゃんと休めて、ちゃんと給料が出る職場で働きたい」
「ほう、労働条件重視タイプですね。個人的に、たいへん共感します」
「あと、できればブラックじゃないところで」
そこだけは、どうしても譲れなかった。
ツクヨは「ふむふむ」とメモを取りながら、少しだけ肩をすくめる。
「正直に申し上げますと、完全ホワイト確約プランというのは、予算と派閥の都合上ですね」
「派閥とかいらないから」
「世界観や政治状況までは上層部の管轄でして……。ただ、前世よりは確実にマシな環境に送る、というレベルなら、私の裁量で通せます」
「前よりマシ、か」
それでも、何もしないよりはずっといい。
「分かった。それで頼む」
「承りました。それと、職種の希望は?」
「戦うのはごめんだ。できればデスクワークで。……でも、今度は、逃げられない職場じゃないところがいい」
ツクヨは、そこで初めて少し真面目な表情になった。
「逃げ道のある職場、ですね。了解しました。では、こちらで一件、よさそうな世界を調整しておきます」
「そんな簡単に決めていいのか」
「簡単ではないんですが、ノルマがありますので。お互い、社畜はつらいですね」
苦笑しながら、ツクヨはスタンプをぽん、と書類に押す。
「それでは、水瀬悠人さん――いえ、次の世界でのあなたは『ユウト』になる予定です」
「予定って言うな」
「二度目の人生を、どうぞそれなりに満喫してください。あ、たまに夢の中でフォローに入るかもしれませんが、そのときは思い出していただければ」
何か言い返す前に、視界が今度は真っ白に塗りつぶされた。
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――転生から一年。
二度目の人生で、俺は冒険者ギルドの事務員として働いている。
――そして、ここもまた見事にブラックだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
このあとすぐに第2話・第3話も投稿しますので、よろしければ続けて読んでいただけると嬉しいです。
第4話以降は、しばらくのあいだ「毎日お昼12時ごろに1話ずつ更新」していく予定です。
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